11 補給
あれから数日、移動しているが荒野は続く。
フィアも俺も旅に慣れ、導きの先へ行く。しかし、今の所、町はおろか村すら無い…。“転移者狩り”が言っていた辺境というのは何もないから辺境なのか? 哲学的だ…。
進んでいくうちに草木がちらほら見えてきた。ひょっとしたら新鮮な肉にありつけるかも、だ。
ちょうど日が傾いた頃に野営をすることにした。マクレイが周辺を調べに出て、その間に野営の支度をする。支度と言っても、焚き火と寝床の用意ぐらいのものだ。荷物はロックが背負っているので、たぶん普通の旅よりは快適に過ごしている。そのロックは今、定位置の見張りに立っている。
フィアは自宅から持ってきた機械か装置のような物をいじっている…。やることがないので作業を見ているフィアが俺に気がついて話しかけてきた。
「この機械に興味があるのでスか?」
「興味というか、それって何?」
フィアの手に持っている部品を目で示す。
「これはワタシのスペアパーツになりマす。足の部分に着ける衝撃を吸収するものデす」
「へー。家から持ってきたのはスペアって事かな?」
「ほとんどがそうでスね。一応、護身用にお父様が作った魔導銃もありまスが…」
「え、銃もあるの? 見せてもらっていいかな?」
“転移者狩り”も使っていたがフィアも持っていたのか。興味出てきた!
「どうぞ。こちらデす」
短い筒に握りを付けたような物を渡された。手に取って眺める。装飾が施され無骨というより美術品のような感じだ。
「手持ちの魔石が少ないノで、試し打ちはご遠慮くだサい」
「魔石が必要なんだ? どんな構造になってんの?」
フィアが言うには、この魔導銃は弾を込め魔石を装着してから発射するタイプで、魔石から弾を飛ばすエネルギーに変える装置が握りの中に入っているとのこと。
それからフィアのお父様の話になった。なんでも、都市で魔導工学なるものを生業にしていたが、研究所と意見が衝突して出て行ったそうだ。何年も放浪して、あの荒野に家を建てフィアを創造したとの事だった。
あの居間にあった肖像画をぼんやり思い出す。何年も一人でフィアも辛かったろうに…。いかん! 泣けてきた。
「でも、今は知らないことばかりで楽しいデす。本に書いてある事は頭に入っても、実際に触れるとまた違う感じがしてワクワクしマす」
な、なんだと! 今、重要な事をさらっと言ったぞ。
「ちょっとまて!」
「はイ?」
いきなりの俺の食いつきにフィアがビックリしている。
「フィアって文字が書けるの?」
「はい、書けマす。お父様に教えていただきまシた」
「じゃあ、さ、俺に文字を教えてほしいんだけど。いいかな?」
「大丈夫ですケど、マクレイさンではダメなんでスか?」
顔を傾け聞いてくる。フィアは女の子だね。決定だ。
「マクレイってスパルタな感じだし。それに、あんまり近くにいるとイタズラしたくなるんだよなぁ」
「へ~、どんなイタズラかい?」
突然の声に慌てて後ろを振り向くと獲物を持ったマクレイがいた…。美人さんなのに怖い顔!
「ち、違うんだ! そ、そうだ! 何か動物は狩れたかな?」
いきなりの話題変更に呆れ顔のマクレイ。
「へったくそな誤魔化しだねぇ。今日は獲物がいたよ! 久々に新鮮な肉が食えるね!」
「おおー!! さすがマクレイ!」
「調子良すぎだろ! ナオは!」
何の肉かわからなかったが、久しぶりの焼いた肉は美味かった。
食後は早速、フィアに文字を教えてもらっている。マクレイは横で剣の手入れをしながら時折チラチラと視線を向けてくる。どうも気になるようで、ウズウズ、イライラしてる感じだ。やっぱりフィアにして良かった。
それから数日後、野営の準備をしている時に起こった。
フィアが寝床用に敷く布を運んでいる時、つまづいた様に倒れた。
「フィア! 大丈夫かい?」
近くにいたマクレイが慌てて介抱する。俺とロックも彼女達の元へ向かった。
動きが鈍いフィアがマクレイに頭を向ける。
「あ…れ? マクレイさん…。体が変デす……」
「どうしたんだい? 動きが堅いよ…。少し横になってな」
俺が慌てて寝床を作って、マクレイがフィアを運んで寝かせた。
「どうなったんだ?」
「わかんないよ。何がなんだか…」
聞くとマクレイもわからないようだ。フィアを挟んで両側から見守る。苦しそうにしないので余計心配になる。目線もわからなく真上を見ている様で、つい覗き込んでしまう。
「このままじゃ…マクレイに文字を教わらなければならないじゃないか……」
「はあ? もっと違う心配をしろ! そんなにアタシじゃ嫌なのかい?」
俺の言葉に呆れたマクレイが怒ってきた。
「いや、マクレイは好きだけど、それとこれとは違うんだ!」
「さらっと何言ってるんだ! あ、あんたなんか……」
マクレイの顔がみるみる赤くなってきた。耳がピクピクしている。
ヤバイ! 本音ダダ漏れだし。なんとか誤魔化さないと!
「違うって! そういう好きじゃなくて!」
「じゃ、どういう事なんだ?」
「ヴ! ヴ!」
ロックに二人とも怒られた。
マクレイはヘソを曲げて俺達に背中を向け剣の手入れを始めた。フィア……このままでは、ダメだ。なんとか治さないと!
フィアの荷物をロックに持ってきてもらう。中を開けて見ると機械や装置類がそれぞれ箱の中に納められており、整然と並んでいた。が、全然わからん。わかるのは前に見た魔導銃ぐらいだ。寝ているフィアの近くに荷物を移動する。
「フィア聞こえるかい?」
「はイ。聞こえますし、見えまスよ…」
しっかりした返事をする。少し安心した。
「あ、そうなんだ! って事は、さっきのも見てたわけ?」
「それは目の前でしてましたカら…」
めっちゃ恥ずかし! ちらりと後ろ姿のマクレイを見ると耳がピクピクしてる…。顔真っ赤だ、これ。
「ただ、体が思うように動きまセん」
「そうか…。ここにフィアの荷物を持ってきたんだけど、役に立つものはあるかな?」
「わざわざありがとうございマす。でスが、原因がわかりませんので対処できまセん」
一体フィアってどういう構造しているのだろうか? 俺のいた世界のロボットとは違う感じだし。
「原因か……。そう言えばフィアって食事っていうか燃料? ってどうしてるの?」
「ワタシは作られてカら一回も補給していまセん…。!! 燃料切れと思われてまスか?」
「ああ、その可能性もあるし、なんとも…」
燃料を補給していないとすると、謎の永久機関しかないが…。いくらファンタジーでもその可能性は低いと思う。何か燃料的な物は…
「魔石で何とかならないかな?」
ぎこちなくフィアが顔を動かすが、微かに動いただけった。
「……燃料かもしれまセ…ん。……各…機能の出力が…急激に低下して……きまシた…」
なんかヤバイ! フィアの目の光彩が曇ってきている!
「マクレイ! フィアが!」
「フィア!!」
マクレイがすっ飛んできた。俺はフィアの手を両手で握るとマクレイが反対側の手を取った。ロックも察して近づいてくる。
「まだ会ってほんの一時じゃないか! がんばりなよ!」
マクレイが眉を下げて励ます。
「………ワタシ、こんなに人と……話したのはあなた達が初めテで……とても…楽しかった…お…父様も……こんな気持チで……」
「お、おい! だめだ、まだまだ世界を見てないぞ! 今だ荒野なのに! 勘弁してくれ!!」
握っていた手が固くなった。き、機能が停止したのか? 嘘だろ……何かできないのか?
「……」
固くなったフィアを見て泣きそうな顔のマクレイが顔を上げる。
「ナオ……」
「……俺は諦めねぇ! ソイルーー!! アクアーーー!!」
手を固く握り締め叫ぶ! すると手元から光が溢れ出し、周囲から黄色と水色の輝きの玉が集まりだした。
マクレイが輝きを見渡しながら呟く。
「精霊達が集まってる……ナオ?」
輝きの玉は俺の手元に集まり吸収されていった……。
よくわからないが手を握り続ける。
マクレイが必死に励ます。
「がんばりなよ! フィア!!」
「……」
「……あ……こコは?」
「フィア?」
驚いて見ているとゆっくり頭を上げ、両方の手を握られたままフィアが体を起こす。
「ワタシは眠っていまシ…」
言い終わる前に抱きしめていた。マクレイも抱きついてくる。
「ナオ? どうやったんだい? これは奇跡かい?」
「わからない。ソイルとアクアのおかげだ」
「二人とも泣いていまスよ。ワタシの為にありがとうございマす…」
マクレイが急に離れて後ろを向く。いや、もう遅いし……。
「な、泣いてないし、ナオの泣き虫が移っただけだから!」
「それって、一緒じゃん?」
涙目でギロって睨まれた。マクレイは立ち上がってロックの肩を叩いて寝床へ向かう。
「あー、もう寝る! なんだか疲れた!」
と言いながら横になった。なんだこの意地っ張りは。まあ、俺も疲れたから寝よう……。
そのままフィアの横で寝ることにした。
翌日、フィアは前のように復活していて、活力が戻ったみたいでキビキビ動いていた。
前の晩、寝た後に夢の中でソイルとアクアからフィアについて説明があった。
どうやらフィアは魔石では無く、精霊の力をエネルギーに変えて動力としていたようだ。何故とは聞かない。聞いてもチンプンカンプンだ。それで、臨時に精霊を集め、俺を仲介として力を注いだそうだ。普段は俺一人でも精霊の力を分け与える事ができるみたいだ。おお、凄いね! 取り敢えずはこれでフィアの燃料問題は解決したかな?
「ナオ! 荷物をまとめな!」
マクレイが何故か急かす。ま、いいか。ロックの背負いにまとめて括り付ける。
「それじゃ、行くよ! こんな荒野はさっさと抜けるよ!」
待ちきれないようにマクレイが先を指さす。
フィアは頭を傾け、
「ワタシはのんびりでもイイでスよ」
「俺もー」
「あー、うっさい! アタシが嫌なんだよ! とっとと行くよ!」
マクレイが先頭に立ち進み始めた。遅れまいと俺達も後からついて行く。
しばらく進んでいるとマクレイが俺の隣に並んで聞いてきた。
「あんた達、ずっと手をつないでるけど、どうしてだい?」
「ああ、ソイルとアクアが言うにはフィアの動力って精霊の力らしいから、こうやって俺から力を流しているんだ」
するとフィアが遠慮がちに言ってきた。
「もう大丈夫ですケど…」
あれ? フィアは最初嬉しそうだったのに…。急に恥ずかしくなったのかな? 女の子だし。
「ふーん。大丈夫だって言ってるよ」
「……ほら」
俺がマクレイに手を出す。
「え!? 何で?」
「マクレイもほら? 握ればいいじゃん?」
「……ば、ばっか!」
とか言って手をつないできた。耳がピクピクしてるぞ。なんだこれ?
「ヴ」
ロックもお前もか! ロックはフィアの手を取っている。
四人並んで広い荒野を楽しく進んで行く。




