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第32話 石像ボス部屋の正解手順――起動前の十五分が勝負だった

フィーネに、まず扉を調べてもらった。


巨大な両開きの門の前に立つと、その大きさだけで妙な圧がある。

目の前にあるだけで「この先は別格だ」と分かる類の扉だ。


フィーネはそっと手をかざし、目を細めた。


「……魔法回路が仕掛けられていますね……」


「扉なら、閉じ込め系か」


「……おそらくそうですね……」


やっぱりな。


こういう部屋で、親切に退路を残してくれるダンジョンは少ない。

むしろ、入ったら閉まる前提で考えるべきだ。


「よし。慎重に開けるぞ」


「オッケー」


「……はい……」


俺はゆっくりと扉に手をかけた。


重い。


だが、少しずつ押し開いていくと、その先の空間が見えてくる。


「広っ」


思わず口から漏れた。


ちょっとした体育館くらいはある。

天井も高い。三十メートル近くはありそうだ。


俺たちは扉の外に身を置いたまま、まずは中の様子を探る。


最初に目についたのは――壁に並んだ巨大な石像だった。


ローマやギリシャ時代の神殿に置かれていそうな、荘厳な雰囲気をまとっている。

筋肉質な人型で、肩から腰にかけては石の布を巻いたような彫刻。

胸板は厚く、腕は丸太みたいに太い。

顔立ちは整っているのに、目は空洞めいていて、生き物っぽさがまるでない。


指先まで妙に精巧で、今にも握り拳を作って殴りかかってきそうな不気味さがあった。


それが、一番奥の壁に沿って五体、横一列に並んでいた。


大きさは十五メートルくらいか。

近くで動かれたら、それだけで地獄だ。


「動きそうだな」


「見るからに怪しいわね!」


石像の並び方も、部屋の作りも、いかにもボス部屋って感じだ。


そしてもう一つ。


部屋の中央には、例によって宝箱があった。


「罠だな」


「絶対あるわね!」


俺たちは一度、そっと扉を閉じた。


ゴン、と静かな音がして、門が元の位置に戻る。


「よし。作戦会議だ」



「どう考えても、あの巨大な石像が動く」


「そうね」


「考えられる起動条件は四つだな」


俺は指を折って数える。


「一つ、誰かが部屋に入った時」

「二つ、全員が部屋に入った時」

「三つ、部屋に入って一定時間が経過した時」

「四つ、宝箱に触れた場合」


ノエルがふむふむと頷き、フィーネも真剣な顔で聞いている。


「……はい……」


「あとは扉だ。俺の経験上、確実に閉まって開かなくなる」


「ふむふむ」


「なので、まずやるのは退路の確保だ」


俺はそう言って、ノエルを見る。


「ノエル。上にあった宝箱、持って降りるから手伝ってくれ」


「オッケー」


「フィーネ、少し待っててくれ」


「……はい……」


五階で回収した宝箱は、まだ使い道があった。



俺とノエルで宝箱を抱えて、八階まで運び下ろす。


「これでどうするの?」


ノエルが聞いてくる。


俺は扉の中央、左右の門が閉まるとちょうどぶつかりそうな位置を見た。


「これを左右の扉が当たる場所に置く。閉まろうとしても、つっかえて閉まりきらないと思う」


ノエルがぱちんと指を鳴らした。


「なるほどねー」


コメント欄がすぐに反応する。


『頭いいな』

『退路確保大事』

『宝箱そんな使い方あるのかw』

『シンゴこういうの上手いよな』

『ゲーム脳がちゃんと活きてる』


「閉じ込められないだけで、だいぶ違う」


最悪、撤退できる。

それだけで難易度はかなり下がる。


問題はその先だ。


「まず俺が一人で入る。二人は扉の外にいて、中には入ってこないように」


「オッケー」


「……わかりました……」


「援護できる準備だけはしておいてくれ」


「もちろんよ」


「……はい……」


よし。


俺は《破甲のメイス》を肩に担ぎ、ゆっくりと扉を開いた。



そろり、そろりと中へ入る。


足音がやけに響く。


まだ、動きはない。


中央の宝箱は避ける。

視界の端に入れながら、奥の石像へ近づいていく。


大きい。


遠くから見ても分かっていたが、近づくと圧が段違いだ。

すねだけで、俺の身長より高い。

握られた拳なんて、岩の塊そのものにしか見えない。


石肌には細かなひびや削れがあり、長い時間ここに立ち続けてきたことが分かる。

それでも、今にも動き出しそうな不気味さは消えない。


「……」


意を決して、右手でぺたりと石像に触れてみる。


冷たい。

固い。

そして――反応はない。


「シンゴさんー! 大丈夫?」


扉の向こうからノエルの声。


「……大丈夫ですか……?」


フィーネの心配そうな声も聞こえる。


「大丈夫」


俺は石像を見上げたまま答える。


「ここまでしても石像が動かないということは、起動フラグは宝箱だな」


「……フラグ……?」


フィーネが不思議そうに聞き返した。


その前にノエルが説明に入る。


「特定の条件判定を“フラグ”って言うのよ。コンピューターとかゲーム用語ね」


「……ありがとうございます! 頑張って覚えます!」


律儀だな。


俺はその場で考えをまとめる。


おそらく、宝箱に触れたら奥の巨像が動き出す。

なら、逆に言えば――宝箱に触れるまでは、まだ準備時間だ。


その準備時間を使わない手はない。


俺は扉のところまで戻った。



「おそらく、宝箱に触れると奥の巨像が動き出すと思う」


フィーネがこくこくと頷く。


「……はい……」


「逆を返せば、宝箱に触れなければ巨像は動かないってことだ」


「ふぅん?」


ノエルが、今ひとつ飲み込めていない顔をする。


「なので――今の、まだ動かない石像のうちに、できるだけ壊してしまえばいい」


ぱちん、とノエルが指を鳴らした。


「なるほど! さすが!」


「……そんな手が……!?」


二人とも、少し驚いたような、感心したような顔だ。


「まあ、あまりにデカすぎるからできるのは、五体全部の足を壊すことくらいだ」


俺はメイスを軽く振る。


「ああいうデカい敵は、足を取られると何もできなくなる」


「確かにね」


「……はい……」


「じゃあ、行ってくる」


「シンゴさん頑張って!」


「……頑張ってください……」


よし。

声援もばっちりだ。


やってやるか。



ただ、石像を攻撃した瞬間に反応してくるかもしれない。

そこだけは警戒が必要だ。


俺は周囲に注意しながら、一番左の石像の“すね”を狙った。


深呼吸。


そして、全力でメイスを振り下ろす。


ゴイィィン!!


甲高い金属音みたいな衝撃音が、広い部屋に響き渡った。


一発目は、すぐには追撃しない。

周囲を見る。


石像。

宝箱。

床。

天井。


ノエルとフィーネも、扉の外からこちらを警戒している。


だが――何も起こらない。


「よし」


やるしかない。


俺は周囲に注意を払いながら、石像のすねを殴り続けた。


ゴイン!

ゴイン!

ゴイン!


硬い。


だが、まったく効かないわけじゃない。

《破甲のメイス》の重さと防御無効が、確かに石へ通っている感触がある。


八発ほど叩き込んだところで、すね部分にひびが走った。


「もうちょっと!」


さらに振るう。


ゴイン!

ゴイン!


ついに、左右のすねがまとめて砕け飛んだ。


「よしっ!」


コメント欄も沸いた。


『足いったあああ!』

『マジで壊せるのかよ!』

『シンゴ脳筋攻略すぎるw』

『動く前に足折るの天才だろ』

『ゲーム脳つよい』

『合理的すぎて好き』


だが、石像たちは動かない。


なら遠慮はしない。


俺は次の石像の前へ移動し、同じようにすねを狙って《破甲のメイス》を振り下ろす。


ゴイン!

ゴイン!

ゴイン!


甲高い音が、また広い部屋に響く。


ひびが走るのを確認しながら、さらに叩く。

石片が飛び、足元に砕けた破片が散っていく。


周囲への警戒は切らさないまま、ひたすら足を潰していく。


俺は知らず知らずのうちに、鼻歌を口ずさんでいた。


「ヤッテヤンダ!」

ゴイン!


「シッテヤンダ!」

ゴイン!


「ナンテコッタ~♪」

ゴイン!


「カッテヤンダ!」

ゴイン!


「ドンテヤンダ!」

ゴイン!


「ナンテコッタ~♪」

ゴイン!


鼻歌の語尾に合わせるように、メイスが石像のすねを打ち据える。

歌って、殴る。歌って、殴る。

気づけば俺は、妙に小気味いいテンポで石像を解体していた。


二体目。

三体目。

四体目。

五体目。


同じように、すねを重点的に潰していく。


部屋の中には、ひたすら甲高い打撃音が響き続けた。



十五分くらい経っただろうか。


ようやく、五体すべての石像のすねを破壊し終えた。


「ふう……」


汗を拭いながら扉の方へ戻る。


フィーネがほっとした顔で迎えてくれた。


「……お疲れ様でした……」


ノエルは半笑いだ。


「お疲れー。でも、あの変な歌、何だったの?」


「え?」


一瞬、理解が遅れる。


「俺、歌ってた?」


「なんか、『ヤッテヤンダ』とかずっと繰り返してたわよ」


「……」


やっちまった。


俺は思わず顔を両手で隠す。


「癖なんだよ! 集中すると鼻歌歌ってしまうんだ。出ないように気をつけてたのに!」


恥ずかしい。


フィーネが慌ててフォローに入る。


「……だ、大丈夫ですっ……楽しそうで……画面の向こうの皆さんも喜んでくれています……」


コメント欄も追い打ちをかけてきた。


『そうそう』

『めっちゃ楽しかったぞ』

『集中すると歌うシンゴ草』

『今後も頼む』


ちょっと煽られてる気がする。


……まあ、やってしまったものは仕方ない。

次から気をつけよう。


俺は咳払いを一つして、気を取り直した。



「じゃあ、攻略の説明だ」


二人の顔を見る。


「ノエルとフィーネは、一旦扉の外で待機。俺が中央の宝箱に触れる」


「オッケー」


「……はい……」


「それで、扉が設置した宝箱につっかえて閉まらなかったら、中へ入ってきてくれ」


「了解」


「石像が動き出したら、ノエルは結界を自分中心に頼む」


「オッケー、まかせて!」


「フィーネは、起き上がろうとする石像の腕を《スネア》で転ばせてくれ」


「……わかりました……!」


準備は整った。


退路も作った。

巨像の足も砕いた。

役割分担も決めた。


ここからは――答え合わせだ。


俺は部屋の中央に置かれた宝箱を見た。


静かだ。

でも、その静けさが逆に不気味だった。


この部屋の本番は、まだ始まっていない。

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