第3話 初戦闘で伝説遭遇――キングはぐれミスリルスライムが逃げない
隠し通路の中は、思ったよりも狭かった。
大人一人がやっと通れる幅。
壁は荒削りの石。
ところどころに水滴が落ちて、ぴちゃん、ぴちゃん、と小さな音が響いている。
「……急にダンジョン感強くなったな」
さっきまでの観光地っぽさが嘘みたいだ。
浅草ダンジョンって、こんな裏エリアあったのか。
ヘッドライトの光を前方に向けながら、慎重に歩く。
金属バットを握る手に、じんわり汗がにじんできた。
(まあ、初心者向けだし……)
そう自分に言い聞かせる。
言い聞かせてる時点で怖いってことなんだけど。
スマホ画面の端を見る。
同時視聴者数:1
「……あ!一人いる!!」
なんかちょっと嬉しい。
「こんばんはー。見てくれてありがとうございます。はじめまして!」
返事は当然ない。
けど、誰かが“見てる”ってだけで、変な安心感がある。
「えーと……隠し通路、見つけちゃいました。たぶんレアエリアっぽいです」
実況っぽいこと言ってみる。
……なんか照れるなこれ。
その時だった。
ぬちゃ。
足元から、妙な音がした。
「……ん?」
ライトを下に向ける。
床の石の隙間。
そこに。
銀色に光る、ぷるん、とした物体がいた。
「……スライム?」
ゲームで見慣れすぎたフォルム。
ゼリーみたいな半透明の体。
ただし――色がおかしい。
メタリック。
ミスリルみたいな銀色。
しかも。
やたらデカい。
バスケットボールくらいある。
「え、なにコイツ」
ぴょこん、と跳ねる。
……速い。
「うおっ!?」
反射的にバットを振る。
ゴンッ!
鈍い音。
手応え、ほぼゼロ。
「……かってぇ!?」
HPバーも何も見えないけど、絶対ダメージ入ってない。
いや、入ってても1とかだろこれ。
(メタル系……?)
昔作ってたRPGの記憶がよみがえる。
・異様に硬い
・経験値がやたら高い
・そして、すぐ逃げる
「いやいやいや、待って待って」
スライムは、ぴょんぴょん跳ねて距離を取ろうとする。
逃げる気満々だ。
「ちょ、待て待て待て!」
慌てて追いかける。
ぬちゃ、ぬちゃ、と情けない音が響く。
バットを振る。
ゴンッ!
1発。
ゴンッ!
2発。
やっぱり硬い。
全然効いてる気がしない。
「逃げるな逃げるな逃げるな……!」
必死すぎて、実況どころじゃない。
完全に素の俺。
スライムは壁際まで追い詰められ、ぴょん、と跳ねる。
……あれ?
逃げない。
「……?」
もう一発。
ゴンッ。
逃げない。
「え?」
また振る。
ゴンッ。
まだいる。
(あれ……?)
普通こういう敵って、数秒で消えるだろ。
俺の知ってる“メタル系”はそうだ。
なのに。
目の前の銀色スライムは、なぜか居座っている。
「……もしかして、バグ?」
職業病が出る。
AIフラグ未設定?
逃走処理ミス?
いやいや現実だぞここ。
「……まあ、逃げないならラッキーか」
深く考えるのをやめた。
とにかく殴る。
ゴンッ!
ゴンッ!
ゴンッ!
地味。
とにかく地味。
派手さゼロ。
ただのおじさんが、スライムを必死にバットで叩いているだけ。
我ながら絵面が悲しい。
「はぁ……はぁ……」
10発。
まだいる。
15発。
まだいる。
「どんだけHPあんだよ……!」
汗が額を伝う。
腕がだるい。
けど。
なんか意地になってきた。
「逃げないなら……倒せるだろ!」
20発目。
振り抜いた瞬間。
――音が変わった。
キィンッ!!
金属同士がぶつかるような、高く澄んだ音。
「……っ!?」
銀色の体に、亀裂が走る。
ヒビが、走る。
走る。
一気に広がる。
「割れ――」
バキィィン!!!
光が弾けた。
スライムの体が、粉々に砕けて、
そのまま、光の粒になって消えた。
静寂。
「……え」
倒した?
今の、倒した?
その瞬間。
ぶわっ、と。
体の奥から熱が湧き上がった。
「……っ!?」
視界がぐらりと揺れる。
度数の高い酒を一気飲みしたみたいな、カッとした熱。
心臓が暴れる。
「な、なにこれ……」
膝をつく。
数秒。
やがて、すっと熱が引いていった。
「……はぁ……」
息が荒い。
でも。
妙に、体が軽い。
さっきまでの疲労が、嘘みたいに消えている。
「……?」
スマホが、ピコン、と鳴った。
画面を見る。
同時視聴者数:1
コメントがひとつ。
@にんとも
『初見です。まさかとは思いますが、さっきの敵キングはぐれミスリルスライムじゃないですか?』
「……キング?」
@にんとも
『かなりの高難度ダンジョンにしか出ませんし、遭遇報告も年に数回レベルです。討伐例は聞いたことないです』
「……え?」
俺は、さっきスライムがいた場所を見る。
そこには。
キラキラと、何かが光っていた。
「……ラッキー、だっただけなんだけどな」
思わず苦笑いが漏れる。
「俺、昔から運だけはいいんですよ」
そう言いながら。
俺はまだ、この偶然が。
人生をめちゃくちゃに変える“最初の一歩”だったことを。
まったく理解していなかった。
(つづく)
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