第28話 制覇動画の違和感――横浜ダンジョンに残った空白
あれから三日。
その三日のあいだ、俺たちは少しだけ戦いを休んでいた。
フィーネをこの世界に慣れさせるためだ。
いきなり全部を理解しろと言っても無理がある。
店、食べ物、家電、テレビ、ネット。
この世界は情報量が多すぎる。
だからまずは、知ってもらうことから始めた。
◆
意外だったのは――というか、想像以上だったのは、ノエルがやたら面倒見がよかったことだ。
「いい? これがテレビ。こっちはネット。現代人は、この二つでかなりのことを済ませるのよ!」
「……てれび……は、動く少し厚めの板で……ねっと……は、見えない情報の道……でしょうか……?」
「だいたい合ってるわ!」
リビングでは、ノエル先生の現代講座が毎日のように開かれていた。
テレビ番組を見ながら、ニュースの仕組みを教える。
動画サイトを見ながら、検索の仕方を教える。
冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機、ドライヤー、掃除機――ひとつひとつ使い方を見せて、フィーネが恐る恐る触る。
「ほら、このボタンで温めるの!」
「……あ、あたたかくなりました……!」
「こっちは洗濯機。服を洗ってくれる偉大な箱よ」
「……箱が……服を……?」
「現代はそういう世界なのよ」
ノエルは終始、嬉しそうだった。
教えることそのものが楽しいらしい。
しかも意外と説明がうまい。
フィーネもフィーネで、真面目に聞く。
分からないことはすぐ聞く。
覚えたことはきちんと繰り返す。
「……この世界は……便利です……でも、少しだけ……忙しいです……」
「それは正しい感想ね!」
ノエルが満足げに頷く。
正直、助かった。
俺一人じゃこうはいかなかったと思う。
◆
そのあいだ、俺は次の行動をどうするか考えていた。
ソファに座って、他のグループのダンジョン配信を見たり、まとめサイトを回ったりする。
攻略情報、戦術、罠、ドロップ、最近の相場。
色々見ているうちに、ふと思った。
――そういえば、あの横浜ダンジョン、結局どうなったんだ?
数日前、俺たちが入った新ダンジョン。
途中でフィーネを保護して、そのまま離脱したあそこだ。
検索してみる。
すると、すぐに出てきた。
【横浜ダンジョン制覇! 最速攻略配信まとめ】
「お」
サムネイルには、見覚えのない配信パーティ。
タイトルも強い。再生数もかなり回ってる。
俺は動画を開いて、早送りしながら要所を追った。
どうやら八階らしい。
画面には、大きな両開きの扉。
その前で、リーダーらしき男がカメラに向かって説明していた。
『ここが最後の部屋、ボス部屋です!』
テンションが高い。
まあ、分かる。そこまで来たら上がるよな。
扉の前で陣形確認。
後衛が準備を始める。
前衛三人は中央、左右に散って立つ。
いい形だ。
後衛を守りつつ、包囲気味に圧をかけるつもりなんだろう。
リーダーが合図する。
『行きます!』
扉が開く。
部屋の奥にいたのは、巨大な牛頭のモンスターだった。
黒い顔。
鋭い角。
分厚い上半身。
二本の脚で立ち、大きな斧を手にしている。
「ミノタウロス」
いや、違うな。
「アステリオスか」
ミノタウロスより、明らかに格上だ。
部屋に入った瞬間、後衛が一斉にバフ魔法を飛ばす。
前衛三人が予定通り、中央と左右から距離を詰める。
戦いは十分ほど続いた。
さすがに強い。
斧の一撃が重い。
何度か前衛がまともに食らって、体勢を崩す場面もある。
でも、連携は取れていた。
正面で引きつける。
側面から削る。
後衛が回復と補助を回す。
焦らず、崩れず、少しずつ削っていく。
最後は、左右からの連携攻撃でアステリオスが膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
『やったあああああ!!』
画面の向こうで、パーティ全員が歓声を上げる。
「分かるよ」
思わず小さく呟く。
あれは嬉しい。
間違いなく嬉しいやつだ。
◆
討伐後、部屋の奥に台座が現れた。
その上には宝箱がひとつ。
おお、と思った次の瞬間。
前に出たのは、シーフかレンジャーらしき男だった。
そいつが宝箱の前でしゃがみ込み、慎重に調べ始める。
『罠ありますね』
やっぱりあるか。
蓋をほんの数ミリだけ開ける。
そこから細い器具を差し込み、箱の中を探るように動かしていく。
手慣れてる。
ちゃんと分かってる動きだ。
しばらくして、男が額の汗を拭った。
『解除できました』
おおーっ、と周りが沸く。
リーダーが前に出る。
『それじゃ、いきます! 3、2、1――オープン!』
蓋が開く。
中に入っていたのは――金貨の袋。
リンゴサイズの魔石が三つ。
それと、短剣が一本。
『うおおおおお!!』
『でかい!』
『魔石やば!』
パーティは大喜びだ。
その場でアプリの簡易鑑定が始まる。
ひとつ結果が出るたびに、また歓声が上がる。
魔石、金貨、短剣。
合計で、七千万円ほど。
十分すぎる大金だ。
普通に考えれば、大当たりだろう。
パーティは大興奮のまま、感想や解説をしばらく話して、動画は終わった。
◆
でも――。
「なんか、引っかかるな」
俺は動画を止めたまま、少し考える。
七千万円。
それは大金だ。
間違いなく大金だし、あのパーティが喜ぶのも当然だ。
でも、最後にしては物足りなくないか?
俺が四階までで見つけたもの。
《王呼の鐘》と《衣透視》の魔導書。
あの二つだけで、三億の価値があった。
もちろん、道中に良いアイテムが隠されていることも多い。
それでも、どうしても違和感が残る。
“制覇報酬”としては、妙に地味だ。
何かが抜けてる気がする。
◆
俺は、そのままダンジョンのマップを探した。
攻略済みダンジョンの情報は、すぐに市場に出る。
動画、記事、配信切り抜き、そして地図。
見つけたのはこれだった。
【横浜ダンジョン1~8Fコンプ】50万円
「五十万か」
攻略済み扱いになったせいか、値段は下がっているらしい。
いや、下がって五十万って感覚もだいぶおかしいんだけどな。
三日前までなら高いと思ったはずなのに、今は“安いかも”って思ってしまう。
価値観がバグりそうだ。
でも、買う価値はある。
俺は迷わず購入した。
◆
表示されたマップを、ひと通り確認する。
一階。
二階。
三階。
ここまでは普通だ。
探索済みの区画が埋まっている。
そして四階。
「おかしい」
画面を拡大する。
東側の区画。
四分の一くらいが、ぽっかり空白になっていた。
不自然に、そこだけ情報がない。
ちょうど、俺が毒のトラップにかかった宝箱のある部屋――あの部屋の東側だ。
一階から三階までは、ちゃんと対応する位置に通路や部屋がある。
なのに、四階以降その区域だけ何もない。
「隠し区画か?」
そう考えるのが自然だった。
俺はそのまま、関連動画も漁った。
案の定、同じように考えたパーティは何組かいたらしい。
『ここ、絶対あるだろ』
『四階変なんだよな』
『宝箱部屋の壁、怪しくね?』
例の毒罠の宝箱がある部屋を調べている動画もあった。
壁を調べる。
壁を叩く。
床を調べる。
でも、見つけられていない。
「なるほどな」
見つけ方が、普通じゃないのかもしれない。
あるいは、罠解除や回路解析が必要なのか。
その瞬間、頭の中でフィーネの顔が浮かんだ。
『……罠感知と、罠解除、魔力回路の解析も……少し』
「行ってみるか」
独り言みたいに呟いたところで、背後から明るい声が飛んできた。
「何に行くの?」
振り向くと、ノエルとフィーネがリビングの入口に立っていた。
ノエルは当然のようにこちらへ歩いてきて、ソファの背に身を乗り出す。
フィーネはその少し後ろで、おずおずと画面を見た。
「横浜ダンジョンだ」
俺が画面を指す。
「攻略動画は出た。でも、四階以降に空白区画が残ってる」
ノエルの目が、すっと輝いた。
「オッケー。何かありそうなのね!」
早いな、話が。
フィーネも画面を見てから、小さく頷いた。
「……はい。頑張ります……」
快諾だった。
頼もしい。
◆
その夜も、フィーネは特等席で寝た。
俺の横が落ち着くと言われると、普通に嬉しい。
俺は天井を見ながら、明日の動きを頭の中で整理した。
攻略済みのダンジョン。
空白の四階。
見つかっていない隠し区画。
そして、うちにはノエルとフィーネがいる。
――今なら、見つけられるかもしれない。
◆
次の日。
俺たちはタクシーで、再び横浜ダンジョンへ向かった。
現地は前よりずっと落ち着いていた。
人はいる。けど、“新ダンジョン祭り”みたいな熱狂はもうない。
受付に進む。
係員が事務的に言った。
「入ダン料金は、お一人五万円です」
「安っ」
思わず声が出た。
数日前は三十万だった。
もちろん五万だって十分高い。
高いんだけど――三十万を見たあとだと、安く感じてしまう。
「攻略済みとなりましたので、料金を改定しております。現在はモンスターの発生頻度も低下しております」
なるほど。
だからか。
ノエルが横で肩を揺らす。
「感覚が壊れてるわね」
「自覚はある」
三人分を払う。
ゲートの向こうに、見慣れたダンジョンの入口が口を開けていた。
「よし。行くか」
「もちろんよ!」
「……はい……」
俺たちは、もう一度横浜ダンジョンへ足を踏み入れた。
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