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第26話 銀座の特約店へ――億の鐘と、はじめての魔法

銀座の「特約店」へ向かうことにした。


前回の配信で拾った戦利品――リュックの中身が、もう俺の判断だけじゃ危なくなってきている。

価値を知らないまま抱えるのが、一番もったいない。


小指の先くらいの魔石×4。

みかんサイズの魔石×2。

金貨の袋。

黄金のベル。

そして、本。


タクシーで店の前に着いた。



入口は、回転扉だった。


フィーネが、入口の回転扉の手前でぴたりと止まる。


「……あの……いつ、入れば……」


中の人の動きと、扉の回る速度と、タイミング。

目が忙しくて、身体が固まってる。


俺は声を落として言った。


「大丈夫。俺がタイミング合わせるから、隣で一緒に入ろう」


「……はい……っ」


俺が一歩踏み出すと、フィーネが半歩遅れてついてくる。

回転扉がすっと道を作って、静かに店内へ流れ込んだ。


フィーネは一瞬だけ振り返って、扉を見上げる。


「……勝手に……回って……」


ノエルが、優しい声で補足する。


「最初はみんな戸惑うのよ。ゆっくり慣れれば大丈夫♪」


フィーネが小さく頷いた。


「……はい……ありがとうございます……」



受付へ向かうと、前回と同じ受付の人が気づいて立ち上がった。


「シンゴ様。ご来店ありがとうございます。ただいま、山崎をお呼び致します」


――この店は、やっぱり仕事が早い。


別室へ案内される。

静かで、香りが落ち着いていて、椅子がやたら柔らかい。


フィーネは座った瞬間、背筋を伸ばして固まった。

ノエルは当然の顔で脚を組みそうになって、俺に咳払いで止められた。


数分後。


ドアが開いて、山崎店長が入ってくる。


「シンゴさん。ご来店ありがとうございます」


いつも通り、低くて落ち着いた声。

俺は頭を下げる。


「今日も鑑定、お願いしたいです」


「承知致しました」



テーブルに、戦利品を並べる。

山崎店長が合図をすると、機材が運ばれてきた。


手袋。測定器。純度計。重量計。


ゴト、カチ、ピッ――。


店長が測定を開始する。

魔石の方は、純度は90.3%と少し低く、全部で六百八十万円

金貨は一枚五十八万円のセントダリス金貨で全部で十二枚。合計六百九十六万円


俺は全部売ることとした。


「承知致しました」


端末が鳴る。書類が進む。


少しして、山崎店長が言った。


「入金のご確認をお願い致します」


俺はスマホの銀行アプリを開いて、入金を確認した。

数字が増えている。


「……確かに。ありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとうございます」



「引き続き、ベルの鑑定を」


山崎店長が黄金のベル――小さな金色の鐘を測定器にかける。


ゴト、カチ、ピッ――。


「こちら、《王呼(おうこ)かね》ですね」


「おうこのかね……?」


山崎店長は鐘を手に取り、軽く揺らして見せた。

澄んだ音が、ほんの一瞬だけ部屋に転がる。


「これを鳴らしますと、その音を聞いた“聴覚を持つ知的生命体”が、反射的に使用者の方を向きます」


「……向く?」


「はい。敵味方の区別はありません。音が届いた者は、まず視線を向ける――そういう性質です」


鐘を指先で止め、続ける。


「効果範囲はおよそ半径二十メートル。持続は約二秒。いわば“強制的に注意を引く”道具です」

「ただし、耳を持たない存在や、音が遮断されている相手には効きません」


さらに淡々と補足する。


「また、連続で鳴らすことはできません。一度使用しますと、再び効果を発揮するまでにおよそ一時間ほど必要です」


一時間。

乱発はできない。だからこそ、切り札だ。


山崎店長が少しだけ微笑む。


「前に立つ者が使えば、敵の視線と意識をまとめて引き受けられます。後衛を守るための、非常に分かりやすく、そして危険な道具です。鳴らす者には、それ相応の覚悟が要りますよ」


俺は自然に、ダンジョンの通路が浮かんだ。

背後にノエルとフィーネ。

横から飛び込んでくる一撃。


――その瞬間、この鐘を鳴らせば。


敵の視線が、意識が、一斉にこっちへ向く。

「今だ、逃げろ」「今だ、結界を張れ」「今だ、回復を」

そういう“隙”を、力ずくで作れる。


「……これは強いな」


ノエルが嬉しそうに目を輝かせた。


「ふふん! “前に立つ人の道具”って、かっこいいじゃない!」


山崎店長が、さらっと言う。


「ちなみに、引き取り価格は一億円となります」


「一億……」


ノエルが、なぜか満足そうに頷く。


「うんうん。響きがいいわね、一億」


フィーネは金額には反応せず、ベルを見つめたまま小さく呟いた。


「……守るための……鐘……」


俺は決めた。


「こちらは……売却ではなく、手元に置かせてください」


山崎店長が頷く。


「承知致しました」


そして続ける。


「宜しければ携帯するポシェット的なものをご準備できますが。如何でしょうか?」


「本当ですか!ぜひお願いしたいです」


確かに、緊急の時にリュックの中から出すだけの時間はない。

鳴らすなら、一瞬が勝負だ。


「おいくらでしょうか?」


山崎店長が、少しだけ柔らかく笑う。


「こちら、宜しければサービスさせて頂きます。今後ともどうぞごひいきに頂きたいと思いまして」


「ありがとうございます!もう他の店には行けませんね」


俺が言うと、店長は軽く頷いてスタッフを呼び、短く指示を出した。


「採寸もありますので、少しお借り致しますね」


「お願いします」


スタッフに案内され、簡単にサイズを取られて、ベル用の携帯具の段取りが進んでいく。

店の“手厚さ”が、怖いくらいだ。



「最後に、この本も……」


山崎店長が本を取り、測定器にかける。


ゴト、カチ、ピッ――。


「これは……魔導書ですね」


「魔導書?」


「この本に一つの魔法が込められており、使用すると“その魔法を習得”できます。非常に貴重な品です」


魔法が使えるようになるのか!?

心臓が、勝手に速くなる。


「どんな魔法ですか」


声が前のめりになった。


山崎店長が測定器で鑑定を進める。


ゴト、カチ、ピッ――。


そして、口にした。


「こちら、《衣透視クロス・スルー》ですね」


「ん?なんですか?」


山崎店長は本を閉じ、軽く咳払いをした。


「これは、対象の衣服や外装を一枚だけ透過して見ることができる魔法です」


……俺の中のテンションが、急降下した。


山崎店長は落ち着いて続けた。


「魔法を唱えて十秒ほど、視界に入った生物が対象となります。ご婦人が周りにいる場合、注意が必要ですね」


注意どころの話じゃない。


ノエルが、にやっと笑って言ってくる。


「シンゴさーん。もー見たいなら見たいって言ってくれれば、いつでもオッケーよ♪」


「冗談はやめろ」


フィーネは顔を真っ赤にして、うつむいて固まった。

耳まで赤い。


頼む、空気が死ぬ。


山崎店長が咳払いをして、きちんと“用途”を差し出してくれた。


「主な用途は――隠し持った武器や小型装備の確認です。暗器、隠し短剣などの発見に向いています」

「擬装や偽装装備の看破にも使えますね」


……なるほど。

ふざけた見た目のわりに、やたら実用的だ。


なるほど。

相手の“隠し札”を先に見抜ける。武器も、装備も、場合によっては罠も。


そして、さらっと追い打ち。


「ちなみに、引き取り価格は二億円となります」


「二億……」


金額だけが、どんどん現実離れしていく。


ノエルが、少し柔らかい声で言った。


「必要なら、好きに使ってもらっていいわよ。ちゃんと“守るため”に使うんでしょ?」


フィーネも、真っ赤になりながらこくこく頷く。


「……わ、わたしも……その……安全確認なら……」


……ありがとう。


俺は息を吐いて、決める。


「じゃあ……俺が習得して使わせてもらいます」



山崎店長が頷いた。


「習得方法は、本に手を当てて、最初のページの“魔法語”を読むことです」


フィーネが小さく手を挙げた。


「あの……読めます……たぶん……」


本を開いて、文字を追う。


「……これ……古い言い回しです……でも……読めます……」


フィーネが訳してくれる。

俺は本に手を当てて、その言葉をなぞるように口にした。


次の瞬間。


本が、淡い閃光を放った。

広がった光が収束して――胸へ吸い込まれるみたいに消える。


喉の奥が熱い。

頭の奥が、ひとつ“繋がった”感覚。


……理解した。


できる。唱えられる。


――こうして俺は、はじめての魔法《衣透視クロス・スルー》を習得した。



山崎店長が、落ち着いた声で言った。


「お試しになられますか?」


「……もし可能でしたら、お願いします」


言ってから、少しだけ恥ずかしくなる。

誰に試すのか、って話になるし。


でも店長はいつも通り平然としていた。


「こちらで構いません」


……覚悟を決めた。


俺は緊張しながら、詠唱する。


衣透視クロス・スルー》。


視界が、ほんの一瞬だけ“ズレる”。


次の瞬間――

山崎店長のスーツが、一枚だけ透けた。


ワイシャツと――下はトランクス。


「…………」


俺の脳が停止した。


ノエルが一拍置いて爆笑しそうになり、慌てて口を押さえる。


フィーネは真っ赤になって、両手で顔を覆った。


「……っ、ひぃ……!」


山崎店長は何事もなかったように、静かに言った。


「どうやら、問題なく使えたようですね」


「ありがとうございます!」


俺は深く頭を下げた。ありがたい。

ありがたい、んだけど――初魔法の初体験がこれでいいのか、っていう感情もある。


山崎店長は咳払いを一つして、さらりとまとめる。


「初回の確認としては十分ですね。仕様る場合は、対象と状況を選んでお使いください」


「……はい」


ノエルが、やっと吹き出しそうな声で言う。


「ふふっ……シンゴさん、初魔法……すごい記念になったわね」


やめろ。言わないでくれ。



しばらくして、ノックの音がして、スタッフが入室した。

両手には、小さな箱と――黒革のポシェット。


「お待たせいたしました。こちら、《王呼の鐘》と携帯用のポシェットでございます」


箱が開かれ、金色の鐘が布の上に置かれる。

続いて差し出されたポシェットは、手のひらサイズなのに作りがしっかりしていた。縫い目が細かく、留め具も頑丈そうだ。


スタッフは丁寧に説明を続ける。


「普段はこちらのポシェットに入れていただければ、内部の固定具で中央の金属部――クラッパーが押さえられます。歩いたり走ったりしても、意図せず鳴ることはございません」


なるほど。

“危険な道具”を、日常動作の中で暴発させない仕組みってわけだ。


「鳴らしたいときは、こちらのスナップボタンを外していただくと――」


パチン、と軽い音。

上蓋が開き、鐘がすぐ掴める位置に露出する。


「このように、即座に取り出せます。片手でも操作できるようにしております」


「……ありがとうございます!」


思わず声が出た。

なんと感謝を言ったらいいか分からないまま、俺は何度も頷きながら受け取った。


スタッフは最後に付け足す。


「普段はベルトに通して固定するのがよろしいかと存じます」


「……なるほど」


いたれり尽くせりで、逆に恐縮してしまう。


俺はさっそくベルトを少し緩めて、ポシェットのループを通した。

左腰の後ろあたりに固定される位置。邪魔にならず、でも手が届く。


軽く足踏みしてみる。

走る真似で腰をひねっても、鐘は鳴らない。ボタンも外れない。


試しに、スナップを――パチリ。


上蓋が開いて、鐘がすぐに取り出せる。

動線が完璧だ。迷いがゼロになる。


「……最高だ……ありがたい」


俺はもう一度、深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます」



店を出ると、銀座の光がやけに眩しかった。

左腰には一億の鐘。頭の中には、たった一つの魔法。


――守るための“引き寄せ”と、危険を先に見る“視線”。


これ、使う羽目にならないのが一番いい。

でも――持ってるだけで、次の一歩は少しだけ楽になる。

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