第26話 銀座の特約店へ――億の鐘と、はじめての魔法
銀座の「特約店」へ向かうことにした。
前回の配信で拾った戦利品――リュックの中身が、もう俺の判断だけじゃ危なくなってきている。
価値を知らないまま抱えるのが、一番もったいない。
小指の先くらいの魔石×4。
みかんサイズの魔石×2。
金貨の袋。
黄金のベル。
そして、本。
タクシーで店の前に着いた。
◆
入口は、回転扉だった。
フィーネが、入口の回転扉の手前でぴたりと止まる。
「……あの……いつ、入れば……」
中の人の動きと、扉の回る速度と、タイミング。
目が忙しくて、身体が固まってる。
俺は声を落として言った。
「大丈夫。俺がタイミング合わせるから、隣で一緒に入ろう」
「……はい……っ」
俺が一歩踏み出すと、フィーネが半歩遅れてついてくる。
回転扉がすっと道を作って、静かに店内へ流れ込んだ。
フィーネは一瞬だけ振り返って、扉を見上げる。
「……勝手に……回って……」
ノエルが、優しい声で補足する。
「最初はみんな戸惑うのよ。ゆっくり慣れれば大丈夫♪」
フィーネが小さく頷いた。
「……はい……ありがとうございます……」
◆
受付へ向かうと、前回と同じ受付の人が気づいて立ち上がった。
「シンゴ様。ご来店ありがとうございます。ただいま、山崎をお呼び致します」
――この店は、やっぱり仕事が早い。
別室へ案内される。
静かで、香りが落ち着いていて、椅子がやたら柔らかい。
フィーネは座った瞬間、背筋を伸ばして固まった。
ノエルは当然の顔で脚を組みそうになって、俺に咳払いで止められた。
数分後。
ドアが開いて、山崎店長が入ってくる。
「シンゴさん。ご来店ありがとうございます」
いつも通り、低くて落ち着いた声。
俺は頭を下げる。
「今日も鑑定、お願いしたいです」
「承知致しました」
◆
テーブルに、戦利品を並べる。
山崎店長が合図をすると、機材が運ばれてきた。
手袋。測定器。純度計。重量計。
ゴト、カチ、ピッ――。
店長が測定を開始する。
魔石の方は、純度は90.3%と少し低く、全部で六百八十万円
金貨は一枚五十八万円のセントダリス金貨で全部で十二枚。合計六百九十六万円
俺は全部売ることとした。
「承知致しました」
端末が鳴る。書類が進む。
少しして、山崎店長が言った。
「入金のご確認をお願い致します」
俺はスマホの銀行アプリを開いて、入金を確認した。
数字が増えている。
「……確かに。ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
◆
「引き続き、ベルの鑑定を」
山崎店長が黄金のベル――小さな金色の鐘を測定器にかける。
ゴト、カチ、ピッ――。
「こちら、《王呼の鐘》ですね」
「おうこのかね……?」
山崎店長は鐘を手に取り、軽く揺らして見せた。
澄んだ音が、ほんの一瞬だけ部屋に転がる。
「これを鳴らしますと、その音を聞いた“聴覚を持つ知的生命体”が、反射的に使用者の方を向きます」
「……向く?」
「はい。敵味方の区別はありません。音が届いた者は、まず視線を向ける――そういう性質です」
鐘を指先で止め、続ける。
「効果範囲はおよそ半径二十メートル。持続は約二秒。いわば“強制的に注意を引く”道具です」
「ただし、耳を持たない存在や、音が遮断されている相手には効きません」
さらに淡々と補足する。
「また、連続で鳴らすことはできません。一度使用しますと、再び効果を発揮するまでにおよそ一時間ほど必要です」
一時間。
乱発はできない。だからこそ、切り札だ。
山崎店長が少しだけ微笑む。
「前に立つ者が使えば、敵の視線と意識をまとめて引き受けられます。後衛を守るための、非常に分かりやすく、そして危険な道具です。鳴らす者には、それ相応の覚悟が要りますよ」
俺は自然に、ダンジョンの通路が浮かんだ。
背後にノエルとフィーネ。
横から飛び込んでくる一撃。
――その瞬間、この鐘を鳴らせば。
敵の視線が、意識が、一斉にこっちへ向く。
「今だ、逃げろ」「今だ、結界を張れ」「今だ、回復を」
そういう“隙”を、力ずくで作れる。
「……これは強いな」
ノエルが嬉しそうに目を輝かせた。
「ふふん! “前に立つ人の道具”って、かっこいいじゃない!」
山崎店長が、さらっと言う。
「ちなみに、引き取り価格は一億円となります」
「一億……」
ノエルが、なぜか満足そうに頷く。
「うんうん。響きがいいわね、一億」
フィーネは金額には反応せず、ベルを見つめたまま小さく呟いた。
「……守るための……鐘……」
俺は決めた。
「こちらは……売却ではなく、手元に置かせてください」
山崎店長が頷く。
「承知致しました」
そして続ける。
「宜しければ携帯するポシェット的なものをご準備できますが。如何でしょうか?」
「本当ですか!ぜひお願いしたいです」
確かに、緊急の時にリュックの中から出すだけの時間はない。
鳴らすなら、一瞬が勝負だ。
「おいくらでしょうか?」
山崎店長が、少しだけ柔らかく笑う。
「こちら、宜しければサービスさせて頂きます。今後ともどうぞごひいきに頂きたいと思いまして」
「ありがとうございます!もう他の店には行けませんね」
俺が言うと、店長は軽く頷いてスタッフを呼び、短く指示を出した。
「採寸もありますので、少しお借り致しますね」
「お願いします」
スタッフに案内され、簡単にサイズを取られて、ベル用の携帯具の段取りが進んでいく。
店の“手厚さ”が、怖いくらいだ。
◆
「最後に、この本も……」
山崎店長が本を取り、測定器にかける。
ゴト、カチ、ピッ――。
「これは……魔導書ですね」
「魔導書?」
「この本に一つの魔法が込められており、使用すると“その魔法を習得”できます。非常に貴重な品です」
魔法が使えるようになるのか!?
心臓が、勝手に速くなる。
「どんな魔法ですか」
声が前のめりになった。
山崎店長が測定器で鑑定を進める。
ゴト、カチ、ピッ――。
そして、口にした。
「こちら、《衣透視》ですね」
「ん?なんですか?」
山崎店長は本を閉じ、軽く咳払いをした。
「これは、対象の衣服や外装を一枚だけ透過して見ることができる魔法です」
……俺の中のテンションが、急降下した。
山崎店長は落ち着いて続けた。
「魔法を唱えて十秒ほど、視界に入った生物が対象となります。ご婦人が周りにいる場合、注意が必要ですね」
注意どころの話じゃない。
ノエルが、にやっと笑って言ってくる。
「シンゴさーん。もー見たいなら見たいって言ってくれれば、いつでもオッケーよ♪」
「冗談はやめろ」
フィーネは顔を真っ赤にして、うつむいて固まった。
耳まで赤い。
頼む、空気が死ぬ。
山崎店長が咳払いをして、きちんと“用途”を差し出してくれた。
「主な用途は――隠し持った武器や小型装備の確認です。暗器、隠し短剣などの発見に向いています」
「擬装や偽装装備の看破にも使えますね」
……なるほど。
ふざけた見た目のわりに、やたら実用的だ。
なるほど。
相手の“隠し札”を先に見抜ける。武器も、装備も、場合によっては罠も。
そして、さらっと追い打ち。
「ちなみに、引き取り価格は二億円となります」
「二億……」
金額だけが、どんどん現実離れしていく。
ノエルが、少し柔らかい声で言った。
「必要なら、好きに使ってもらっていいわよ。ちゃんと“守るため”に使うんでしょ?」
フィーネも、真っ赤になりながらこくこく頷く。
「……わ、わたしも……その……安全確認なら……」
……ありがとう。
俺は息を吐いて、決める。
「じゃあ……俺が習得して使わせてもらいます」
◆
山崎店長が頷いた。
「習得方法は、本に手を当てて、最初のページの“魔法語”を読むことです」
フィーネが小さく手を挙げた。
「あの……読めます……たぶん……」
本を開いて、文字を追う。
「……これ……古い言い回しです……でも……読めます……」
フィーネが訳してくれる。
俺は本に手を当てて、その言葉をなぞるように口にした。
次の瞬間。
本が、淡い閃光を放った。
広がった光が収束して――胸へ吸い込まれるみたいに消える。
喉の奥が熱い。
頭の奥が、ひとつ“繋がった”感覚。
……理解した。
できる。唱えられる。
――こうして俺は、はじめての魔法《衣透視》を習得した。
◆
山崎店長が、落ち着いた声で言った。
「お試しになられますか?」
「……もし可能でしたら、お願いします」
言ってから、少しだけ恥ずかしくなる。
誰に試すのか、って話になるし。
でも店長はいつも通り平然としていた。
「こちらで構いません」
……覚悟を決めた。
俺は緊張しながら、詠唱する。
《衣透視》。
視界が、ほんの一瞬だけ“ズレる”。
次の瞬間――
山崎店長のスーツが、一枚だけ透けた。
ワイシャツと――下はトランクス。
「…………」
俺の脳が停止した。
ノエルが一拍置いて爆笑しそうになり、慌てて口を押さえる。
フィーネは真っ赤になって、両手で顔を覆った。
「……っ、ひぃ……!」
山崎店長は何事もなかったように、静かに言った。
「どうやら、問題なく使えたようですね」
「ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げた。ありがたい。
ありがたい、んだけど――初魔法の初体験がこれでいいのか、っていう感情もある。
山崎店長は咳払いを一つして、さらりとまとめる。
「初回の確認としては十分ですね。仕様る場合は、対象と状況を選んでお使いください」
「……はい」
ノエルが、やっと吹き出しそうな声で言う。
「ふふっ……シンゴさん、初魔法……すごい記念になったわね」
やめろ。言わないでくれ。
◆
しばらくして、ノックの音がして、スタッフが入室した。
両手には、小さな箱と――黒革のポシェット。
「お待たせいたしました。こちら、《王呼の鐘》と携帯用のポシェットでございます」
箱が開かれ、金色の鐘が布の上に置かれる。
続いて差し出されたポシェットは、手のひらサイズなのに作りがしっかりしていた。縫い目が細かく、留め具も頑丈そうだ。
スタッフは丁寧に説明を続ける。
「普段はこちらのポシェットに入れていただければ、内部の固定具で中央の金属部――クラッパーが押さえられます。歩いたり走ったりしても、意図せず鳴ることはございません」
なるほど。
“危険な道具”を、日常動作の中で暴発させない仕組みってわけだ。
「鳴らしたいときは、こちらのスナップボタンを外していただくと――」
パチン、と軽い音。
上蓋が開き、鐘がすぐ掴める位置に露出する。
「このように、即座に取り出せます。片手でも操作できるようにしております」
「……ありがとうございます!」
思わず声が出た。
なんと感謝を言ったらいいか分からないまま、俺は何度も頷きながら受け取った。
スタッフは最後に付け足す。
「普段はベルトに通して固定するのがよろしいかと存じます」
「……なるほど」
いたれり尽くせりで、逆に恐縮してしまう。
俺はさっそくベルトを少し緩めて、ポシェットのループを通した。
左腰の後ろあたりに固定される位置。邪魔にならず、でも手が届く。
軽く足踏みしてみる。
走る真似で腰をひねっても、鐘は鳴らない。ボタンも外れない。
試しに、スナップを――パチリ。
上蓋が開いて、鐘がすぐに取り出せる。
動線が完璧だ。迷いがゼロになる。
「……最高だ……ありがたい」
俺はもう一度、深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます」
◆
店を出ると、銀座の光がやけに眩しかった。
左腰には一億の鐘。頭の中には、たった一つの魔法。
――守るための“引き寄せ”と、危険を先に見る“視線”。
これ、使う羽目にならないのが一番いい。
でも――持ってるだけで、次の一歩は少しだけ楽になる。
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