第23話 現代初体験ツアー――エルフ少女、現代の“光”に目を丸くする
例によって、タクシーで家まで帰ることにした。
後部座席で、フィーネがずっと窓の外を見ている。
街の灯りが、彼女の瞳の中で細かく揺れていた。
「……夜なのに、凄く明るいですね……」
声が小さい。けど、興味が抑えきれてない。
「それに、キラキラしてて……人も沢山います。今日は、お祭りか何かですか?」
少し間を置いて、首をかしげる。
「……それとも、ここは王都でしょうか?」
ノエルが、なぜか誇らしげに胸を張った。
「ふふん。もう! 可愛らしいわねぇ。これが現代なのよ♪」
ノエルは窓の外を指さしながら、やけに楽しそうに説明を始める。
「明るいのは“電気”のおかげ。現代のエネルギーね。
それにこの世界は、夜にモンスターも盗賊も出ない。だから人が普通に歩いてるのよ」
フィーネは、ぽかんとしたまま頷いた。
「すごいですね……夜でも明るくて、危険がないなんて……」
ノエルが、さらに張り切る。
「そう! 凄いけど、逆に気を付けないといけないこともあるのよ!
この天才天使ノエルが“先輩”として、色々と教えてあげるわね!」
「……はい。ありがとうございます……」
不安げなフィーネに、元気いっぱいで話しかけ続けるノエル。
……正直、これは天才天使だ。
俺だけだったら、タクシーの中は沈黙で気まずかったと思う。
◆
マンション前に着いた。
フィーネは降りた瞬間、首が止まったみたいに建物を見上げる。
高い。明るい。ガラスがピカピカで、夜の光を反射して建物そのものが輝いて見える。
「……王城ですか? それとも、劇場かなにか……?」
圧倒されて、声が掠れている。
ノエルが胸を張る。
「ふふん。これが“タワーマンション”というものよ! 中も凄いわよ!」
俺は小さく咳払いした。
「……落ち着け。ここ、俺の家な」
「は、はい……」
フィーネが慌てて姿勢を正す。律儀だ。
◆
入口の前に立つと、天井の小さなカメラがこちらを向いた。
赤い点が緑に変わり、目の前のパネルに俺の顔が映る。
枠が合う。
ピロン♪
【顔認証:OK】
ガラス扉が、音もなく開いた。
「ひぃ……!?」
フィーネが小さく跳ねる。
「……魔力を感じなかったのに、扉が勝手に開いたんですけど……」
ノエルが即座にドヤ顔。
「ふふん。これが現代の魔法“電気”よ!」
嬉しそうすぎる。説明してるだけなのに、勝ち誇ってる。
中に入ると、エントランスはホテルみたいだった。
天井が高い。床は磨かれていて、照明が柔らかい。
フィーネが声にならない息を漏らす。
「……ふぁぁ……」
そのまま、奥のゲートへ。
「フィーネ! こっちこっち!」
ノエルがゲートの手前で手招きする。
そして当たり前みたいに、自分の指をセンサーに当てた。
ピロン♪
ゲートが開き、機械音声が響く。
「お帰りなさいませ」
「ひぃっ……!?」
フィーネが反射で一歩下がる。
「……ただいま、です……! ……誰ですか? 気配がないのに、今、声が……!」
ノエルが満面の笑み。
「ふふん。声も電気の力よ! 色々と教えてあげるわね」
頼む、あんまり煽るな。フィーネの心臓がもたない。
奥へ進み、エレベーターを呼ぶ。
「1Fです」
その音声に、フィーネがビクッ!と肩を跳ねさせた。
ノエルが先に乗り込み、フィーネを招き入れる。
「大丈夫よ。食べないから」
「食べる食べないの問題じゃないと思う」
15Fのボタンを押す。
「15Fに到着しました」
扉が開いた瞬間、またフィーネがビクッ!となる。
そして――目の前に、フロアが広がった。
廊下がない。フロアに一室。
「……すごい」
ノエルが、当然の顔で言う。
「ふふん。ここがフィーネのおウチになるのよ! よろしくね!」
フィーネが、怯えたように俺を見る。
「……いいんですか? こんな王様みたいなお家で……」
「大丈夫。部屋も空いてるし、遠慮しなくていい」
「……ありがとうございます……。よろしくおねがいいたします……」
丁寧に頭を下げる。
肩がカチコチだ。緊張してるんだろう。
◆
「もう! かたいわね!」
ノエルが手を叩いた。
「さっそく! 乾杯よ! 乾杯! 新しい仲間に乾杯よ!」
言いながら、冷蔵庫を開ける。
慣れすぎだろ。そういえば、ノエルは初日からこんなだったか。
……俺はふと気になって聞いた。
「フィーネって、何歳なんだ? 酒は飲めるのか?」
フィーネが小さく指を揃えて答える。
「……百五十才になります」
「……え」
言葉が一瞬、喉に引っかかった。
エルフ、やっぱりエルフだ。
改めて、フィーネをまじまじ見る。
細身で華奢。身長は俺の肩少し上あたり――たぶん145くらい。見た目はどう見ても十三歳前後。
少し緑がかった銀の髪が肩下まですらりと伸びていて、耳が尖っている。
顔立ちは、驚くほど整っている。
目が大きめで、どこか儚い。なのに、目尻にほんの少しだけ意思がある。
ただ……恥ずかしいのか、視線は下がりがちで、よく俯く。
ノエルが勝手にまとめる。
「じゃあ! お酒飲めるわね! お酒は二十歳以上からオッケーだし!」
「……あの……お酒は、あまり……」
フィーネが申し訳なさそうに言う。
「無理に勧めるなよ」
俺が釘を刺すと、ノエルはすぐ切り替えた。
「じゃあ! これはどう?」
赤い缶を一本取り出す。
「現代代表のジュース“コーラ”よ!」
いつ代表になったんだ。
でも、異世界人がコーラ飲む感想はちょっと気になる。
「アルコールは入ってない。試してみる? シュワシュワするけど」
「……シュワシュワ……?」
「……はい。おねがいします……」
◆
例によって、レンジで温めるだけの料理を適当に数点選んで温めた。
テーブルに並べると、匂いだけでフィーネの目が少し丸くなる。
俺とノエルはビール。フィーネはコーラ。
「それじゃあ……新しい仲間に」
俺が音頭を取る。
「かんぱーい!」
三人の声が揃った。
ノエルが、んぐ、んぐ、んぐ、と飲む。
「ぷはーーー! やっぱり配信後のビールは最高ね!」
俺も一口飲んで――自然に、フィーネを見る。
フィーネはおずおずと、赤い缶を持ち上げ、口をつけた。
次の瞬間。
カッ!と目を見開いた。
缶をテーブルに置いて、口に両手を当て、ふるふるふるふると首を横に振る。
しばらくして、飲み込んでから必死に言う。
「く、口が……口がビリビリします……!」
舌を出して、「ひぃ……」みたいな顔。
ノエルが上機嫌に言い切る。
「これが現代の味よ! フィーネ!」
現代、怖い。
「ごめんごめん。合わなかったか」
俺は麦茶のペットボトルを開けて渡す。
「こっちはどうかな。こっちの世界のお茶だ」
「……すいません……」
いや、こっちがすいませんだ。
フィーネはおずおずと飲んで――
ぱぁ、と表情が明るくなる。
「美味しいです……! とてもすっきりしていて、優しい味がします」
「それは、良かった」
少しホッとした。
ノエルが、テンション高く叫ぶ。
「じゃあ改めて! かんぱーーーい!」
「かんぱーい」
俺とフィーネが続く。
料理も、気に入ったらしい。
フィーネは小さく「……おいしい……」と呟きながら、ひと口ごとに大事そうに噛む。
ノエルは逆に、食べるたびに解説を挟む。
「これ、塩の使い方が上手いわ」
「こっちは甘いのに重くない。ふふん」
「フィーネ、もっと食べていいのよ。徳は食卓にあるわ」
どんな徳だ。
フィーネが遠慮して箸を止めると、ノエルがすぐ皿を寄せる。
フィーネが「……ありがとうございます」と小さく言って、また食べる。
そのやり取りが、妙にあったかい。
俺はビールを置いて、息をついた。
さっきまでダンジョンで命のやり取りをしてたのに、今は台所の明かりの下で、飯を食ってる。
――こういう落差が、現代なんだろう。
フィーネの肩が、さっきより少しだけ下がっている。
怖がってるのは消えてない。けど、“ここにいていい”って思えた顔になってきた。
――それだけで、今日は十分だ。
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