第22話 多層結界で迎撃――横浜ダンジョンでエルフ少女を保護した
「逃げてください!!」
その声の直後。
背後――扉の向こう側が、連鎖的に崩れ始めた。
天井の亀裂が広がり、
岩塊が落ち、
柱が割れて、
通路そのものが雪崩みたいに押し寄せてくる。
つまり――この子は、事故で飛び出したんじゃない。
追われて、追い詰められて、ここまで押し込まれてきた。
そして。
崩落の奥から、赤い目がいくつも灯った。
羽音。
ガリガリと石を削る爪音。
中型のガーゴイルが――二十体ほど。
羽音が通路を埋める。
爪が石を削る音が、背中をぞわっとさせる。
落石の隙間を縫って飛び込み、
瓦礫を踏み越え、
壁も天井も使って、一斉に距離を詰めてくる。
「……群れかよ」
少女は肩を押さえながら、必死に立っている。
倒れそうなのに、それでも俺たちを巻き込まないように踏ん張っている。
「逃げて……ください……!」
健気だ。
有能だ。
だからここまで生き延びた。
でも――単独じゃもう無理だ。
俺は一瞬で判断した。
通路は狭い。
前を止めれば、群れは詰まる。
今、動けば間に合う。
俺は短く叫ぶ。
「こっちへ!」
少女が一瞬迷って、それでも走ってくる。
俺は同時にノエルへ。
「ノエル。結界頼む」
ノエルが即答する。
「任せて! 《多層聖界・プリズムウォール》!」
床・壁・天井に光の紋様が走り、
通路全体を塞ぐように、何層もの結界が展開される。
少女が滑り込むのとほぼ同時に、
最前列のガーゴイルが結界に激突した。
ドンッ!!
鈍い衝撃音。
弾き返され、後続が押し寄せ、密集して詰まる。
「……よし」
俺は振り向かずに叫ぶ。
「ノエル、その子の回復頼む!」
「了解!」
俺はそのまま、群れへ飛び込んだ。
◆
狭い通路。
結界前で詰まった群れ。
前から順に潰して、流れを断つ。
一体目。
横薙ぎで羽ごと落とす。
二体目。
爪の軌道を読んで半歩外し、喉元を断つ。
三体目。
盾代わりに前へ出てきたやつを、胸から縦に割る。
石に刃が当たって火花が散る。
羽音と金属音が重なって、耳が麻痺しそうになる。
腕が痺れる。
足が滑る。
でも止まれない。
四体目、五体目。
寄ってきたところをまとめて処理して、数を減らす。
気づけば、七体。
「……はぁ、はぁ……っ」
さすがに息が上がる。
その瞬間、背中に柔らかな光が落ちた。
「疲労回復・キュアエグゾーション!」
全身がキラキラと輝く。
重かった体が、ふっと軽くなる。
「サンキュー! ノエル!」
「天才天使におまかせよ!」
これは天才。ありがたい。
その直後。
死角から一体、飛び込んできた。
――背後!
俺が振り向くより早く、少女の声が響いた。
「スネア!」
地面から土の力が伸び、
ガーゴイルの足を絡め取る。
勢いを失って、派手に転倒。
俺は即座に首を落とす。
「ありがとう! 助かった!」
少女が、びくっとして――
視線が泳ぎ、もじもじと手を握りしめたまま、真っ赤になってこくこく頷く。
「……っ、い、いえ……っ」
そこからは早かった。
俺が前で削る。
ノエルが結界を維持して、回復を飛ばす。
少女が、敵の動きを止める。
拘束。
タイミングの声掛け。
敵の動きの読み。
即席なのに、噛み合う。
最後の一体が、青い塵になって消えた。
静寂。
俺は剣を下げて息を吐く。
「……終わりだ」
『神回すぎる』
『結界で通路封鎖えぐい』
『新ヒロイン有能』
『シンゴの判断早すぎ』
『ノエル普通に優秀w』
少女が、ようやく弓を下ろした。
緊張が抜けたのか、少しもじもじして――頭を下げる。
「……ありがとうございました。おかげで助かりました」
丁寧で、控えめな声。
俺は気負わずに言う。
「いや。気にしないで。……でも、君はなんでダンジョンに? これからどうするの?」
興味本位じゃない。
素直に気になった。
少女は一度唇を噛んで、ゆっくり言った。
「……フィーネ・エルセリアと申します」
それから、少しずつ話し出す。
森の奥の、小さな精霊工房。
罠解除と魔道具調整をする両親。
見習いとして学んでいたこと。
そして――夜襲。
工房が魔物に襲われ、
両親に地下へ押し込まれ、
扉の向こうの戦闘音を聞きながら、
震える手で転移装置を起動したこと。
暴走して、座標が歪んで、
気づけば――ダンジョンの中にいたこと。
「……両親の安否は、分かりません」
「……そうか」
フィーネは、小さく続けた。
「戻る手段も……分からなくて……。行き先も……なくて……」
それだけで、この子がずっと一人で踏ん張ってきたのが分かる。
そこへ、ノエルがぱっと明るい声を出した。
「じゃあ決まりね!」
フィーネがきょとん、とする。
「ウチにこない?」
「え……?」
「ウチねー大きくてまだまだ部屋空いてるのよ!」
俺は頭を抱えそうになりながら、訂正だけはする。
「“俺の家”だな。……でも、部屋が空いてるのは事実だ」
フィーネはうつむいて、遠慮がちに言う。
「でも……ご迷惑じゃ……」
俺は、少女が遠慮しないように少し大げさなくらい明るく言い切った。
「いや、全然大丈夫。遠慮しなくていい」
その瞬間だった。
フィーネの目から、ぽろっと涙が落ちた。
「……では……お願いします……」
震える声。
「ひとりで……くらくて……もう、どうしたらいいか……」
助かったから泣くんじゃない。
“もう一人で頑張らなくていい”って分かったから泣く。
俺は、変にかっこつけずに頷いた。
「……一緒に帰ろう」
◆
少し落ち着いたあと、フィーネは改めて自己紹介をした。
「森の精霊工房の見習いで……精霊魔法が使えます。あと、罠感知と、罠解除、魔力回路の解析も……少し」
最後に小さく。
「……お役に立てますか」
その言葉に、俺とノエルが同時に食いついた。
「罠感知に罠解除!マジで!? それは助かる!」
俺は、ニヤッとしてノエルを横目で見た。
「宝箱の罠で顔が真っ黒になる事故、減りそうだな」
「ちょっとシンゴさん!」
『罠解除神枠きた』
『フィーネちゃん可愛すぎ』
『泣いた』
『神回確定』
フィーネは褒められた瞬間、顔が真っ赤になって固まった。
「……っ、あの……」
言葉が出てこない。
こくこく頷くだけ。
守ってあげたくなるのに、
ちゃんと頼れる――そういう子だ。
◆
一連が落ち着いたところで、俺が言った。
「じゃあ今日はここまでだな」
ノエルがスマホのカメラに向かって明るく手を振る。
「そうね! ではではー、今日の配信はここまでね! 今回の配信が面白かった方、ぜひチャンネル登録、★評価、よろしくお願いしますー!」
フィーネがきょとんとする。
「……配信?」
ノエルが得意げに笑う。
「ふふん。帰ったら色々と教えてあげるわ! この天才天使ノエルがね」
戦闘の緊張感から一転、少し明るい空気で回が締まる。
俺はフィーネの肩を見た。
「無理するな。帰って、まず休もう」
フィーネは小さく頷いて、震える声で言った。
「……はい。よろしくお願いします……シンゴさん、ノエルさん」
守るべきものが、また一つ増えた気がした。
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