第113話 王冠が襲ってきた――蓄魔晶を手に入れろ
俺が一歩前に出た、その直後。
広場中に散らばっていた宝飾品が、一斉に跳ねた。
指輪が床を弾む。
ブレスレットが回転しながら迫る。
ネックレスが鎖を蛇みたいにうねらせ、イヤリングが羽虫のように宙へ浮かぶ。
赤、青、緑、紫、金色。
宝石の光が広場いっぱいに散って、まるで舞踏会の照明みたいにきらめいた。
ただし、その輝きは俺たちを歓迎するためのものじゃない。
全部、こちらを狙っている。
「趣味が悪すぎるわよ!」
ノエルが叫びながら、即座に手をかざした。
「《多層聖界・プリズムウォール》!」
床から光の紋様が走り、俺たちの前に何層もの結界が重なる。
最初に飛び込んできた指輪型の魔物が、勢いそのまま光の壁へ激突した。
キィンッ!!
甲高い金属音。
指輪の内側にびっしり並んだ小さな牙が、結界越しにガチガチと鳴る。
「指輪に噛まれるって何なのよ!」
「珍しい経験だな」
「経験したくないわよ!」
ノエルが本気で嫌そうな顔をする。
その横を抜けるように、ブレスレット型の魔物が床を高速で転がってきた。円形の体を車輪みたいに回し、足元を刈るつもりらしい。
「セリナ!」
「承知いたしました」
セリナが一歩前へ出た。
二枚盾の片方を低く構え、転がってきたブレスレット型を正面から受ける。
ガァンッ、と火花が散った。
重い。
小型に見えて、突進力はある。
けれどセリナは退かない。盾を押し返すのではなく、わずかに角度を変え、ぶつかってきた勢いを横へ流す。ブレスレット型は床を滑り、回転を失って横倒しになった。
俺は踏み込み、剣を振り下ろす。
狙うのは宝石じゃない。
黒っぽい金具の根元。
宝石を支えている台座の部分。
ザンッ。
刃が通ると、ブレスレット型の魔物は青い光になって砕けた。
『宝石型モンスター、普通に厄介』
『綺麗なのに怖い』
『宝石の見た目で攻撃してくるの悪趣味すぎる』
「……右上、来ます……!」
フィーネの声が飛ぶ。
イヤリング型の魔物が二つ、宙を小さく旋回していた。
光を反射する宝石部分が、視界の端でちかちかと瞬く。
目くらましだ。
「クロエ、上!」
「見えてるよ♪」
クロエがロッドを軽く振った。
いつものような大きな炎ではない。
細く絞った火の矢が、二本。
宙を舞うイヤリング型へ向かって、まっすぐ走る。
イヤリング型は小さく身をひねり、光を散らして軌道をずらそうとした。
けれど、クロエの炎はそれを追うように曲がる。
一体目の台座に、火の矢が刺さる。
パチンッ。
宝石部分ではなく、裏側の金具が弾けた。
イヤリング型の魔物が青い光になって消える。
続いて二体目。
そちらは逃げるように高く跳ねたが、クロエがにやりと笑った。
「逃がさないよ♪」
もう一本の炎が、空中で小さく弧を描く。
宝石の光を避けるように回り込み、裏側の留め具へ直撃した。
パキンッ。
二つ目のイヤリング型も、青い光となって砕ける。
「クロエ、ナイス」
「でしょ♪ 宝石はなるべく燃やさないようにしたよ」
「助かる」
「じゃああとで褒めてね♪」
「今褒めただろ」
「もっと♪」
二つの青い光が消え、広場に小さな静寂が落ちる――はずもなかった。
壁から落ちてくる銀細工。
柱の飾りから伸びる鎖。
床を這うネックレス。
跳ねる指輪。
数が多い。
しかも、どれも硬い。宝石部分へまともに刃を入れると、弾かれる。見た目は綺麗でも、あれは外殻だ。壊すべき場所は、きらめく表面じゃない。
「フィーネ、核の位置を見てくれ!」
「……はい……! 宝石の奥ではなく……金具の付け根です……!」
「全員、宝石を狙うな。台座を狙う!」
ノエルが、結界を維持したまま叫ぶ。
「宝石を狙わない戦闘って、なんか変な感じね!」
「宝石だと思うからややこしい。あれは外殻だ」
「外殻が綺麗すぎるのよ!」
『宝石を壊さない戦闘w』
『素材狙いだ』
『外殻が高そう』
『ノエルまだ宝石に未練あるだろ』
ノエルがコメント欄を見て、ほんの少しだけ視線をそらした。
「未練なんて、ほんの少ししかないわよ」
「あるんだな」
「あるわよ!」
言い切った。
宝石の群れは派手だが、対応の形ができてくれば対処できる。
問題は――中央にいるあいつだ。
◆
小型を何体か処理したところで、広場の空気が変わった。
中央。
王冠型の魔物が、ゆっくりと動き出す。
周囲の小型たちが、左右へ分かれた。
まるで王のために道を開ける従者みたいに。
王冠型は、蜘蛛のような金色の脚を広げる。赤い宝石の目が、ぎらりと光った。
その視線が向いた先は、俺でもノエルでもクロエでもない。
セリナだった。
正確には、セリナの首元。
五階で手に入れた《力の加護のネックレス》を見ている感じがする。
セリナは表情を変えず、二枚盾を構え直した。
「わたくしの装飾品を狙っているようです」
「やっぱりか」
宝飾品型の魔物。
その中心にいる王冠型。
装飾品に反応するというのは、見た目通りと言えば見た目通りだ。
だが、仲間の装備を狙われているとなれば話は別だ。
王冠型が脚を伸ばす。
金色の鎖みたいな脚が、一本、二本、三本。
セリナの盾ごと絡め取ろうと、蛇のようにうねりながら迫ってくる。
「セリナ、受けられるか?」
「お任せください」
「ノエル、セリナの背後に結界。クロエ炎の準備。フィーネ、弱点の確認をたのむ!」
「任せて!」
「はいはい♪」
「……見ます……!」
俺は剣を握り直した。
王冠型の正面から斬っても、おそらく通らない。
外側の宝石と金細工は、見るからに硬い。狙うなら内側。王冠の裏側にある、魔力の集まる部分。
フィーネが目を細める。
「……宝石ではありません……。内側の黒い留め具に、魔力が集まっています……」
「やっぱり台座か」
「……はい。王冠の内側です……」
なら、正面突破は無理だ。
上か、横。
王冠の内側へ、剣を入れる必要がある。
王冠型が動いた。
速い。
見た目は飾り物なのに、動きは完全に魔物だ。金色の脚がしなり、空気を切ってセリナへ伸びる。
セリナが二枚盾を広げ、すべてを受けた。
ギィンッ!
ガァンッ!
キィンッ!
金属同士がぶつかる音が、広場に響く。
王冠型の脚は、ただ叩くだけじゃない。盾に絡みつき、引き寄せようとしてくる。
セリナの首元で、ネックレスがまた小さく震えた。
「セリナ!」
「問題ございません」
セリナは、絡みつく力に正面から逆らわなかった。
ほんのわずかに、前へ出る。
自分から距離を詰めたのかと思った次の瞬間、盾をひねった。
絡みついた脚を内側ではなく外側へ流し、王冠型の体勢を崩す。
「今です」
「クロエ!」
「オッケー♪」
クロエの炎が、王冠型の左側に走る。
燃やすためではなく、逃げ道を塞ぐための炎だ。
王冠型は炎を避け、わずかに右へ寄る。
そこへノエルの結界が張られた。
「こっちは通行止めよ!」
王冠型の動きが、一瞬だけ止まる。
それで十分だった。
俺は《跳空のブーツ》で跳ぶ。
低く。
速く。
王冠型の斜め上へ。
「宝石じゃなくて、台座を斬る!」
王冠の輪の内側。
黒い留め具。
そこへ剣を差し込んだ。
硬い。
刃を押し返すような手応えが腕に伝わる。
けれど、《キングはぐれミスリルドラゴンの剣》は止まらない。
火花が散る。
黒い留め具へ、刃が食い込む。
王冠型が暴れた。
金色の脚が跳ね上がり、空中にいる俺の横腹を狙って振り抜かれる。
避けようにも、今は剣を差し込んだ姿勢だ。
無理に引けば、せっかく入った刃が外れる。
「シンゴさん!」
ノエルの声と同時に、俺の横に光の壁が展開された。
脚が結界にぶつかる。
ガァンッ!!
直撃するはずだった金色の脚が、結界に弾かれて横へ逸れた。
衝撃だけが腕に響く。
それでも、剣は抜けていない。
「助かる!」
俺は歯を食いしばり、剣をさらに押し込んだ。
ここで止めない。
一気に切る。
ギャリッ、と嫌な音がした。
黒い留め具が、刃に裂かれる。
王冠の内側で魔力の光が弾ける。
そのまま俺は、剣を奥まで押し切った。
「これで――終わりだ!」
刃が王冠の中心を貫く。
王冠型の体が、びくりと震えた。
赤い宝石の目が消える。
金色の脚がほどける。
輪の部分が崩れ、宝石がばらばらと床へ落ちていく。
そして、魔物の本体だけが青い光となって消えた。
同時に、周囲にいた小型の宝飾魔物たちも動きを止める。
カチャリ。
指輪が落ちる。
ネックレスが床に伏せる。
ブレスレットが転がったまま動かなくなる。
やがて、それらも青い光となって消えていった。
静寂。
さっきまで広場を満たしていた派手な金属音が、嘘みたいになくなっていた。
「……終わりか」
俺は剣を下ろす。
フィーネが周囲を確認し、小さく頷いた。
「……はい。動く魔力反応はありません……」
ノエルが、大きく息を吐く。
「宝石だと思ったら、噛むわ絡むわ蜘蛛になるわ……十階、趣味が悪すぎるわよ」
クロエも頷いた。
「クロエのときめきを返してほしいよね」
「二人とも、最初に飛び込まなくて本当によかったな」
「それは本当にそう」
「うん、それは本当にそう♪」
妙に素直だった。
『王冠型撃破!』
『宝石型モンスター厄介だったな』
『ノエルとクロエ、拾いに行かなくて本当に良かった』
『セリナのネックレス狙われたの普通に怖い』
◆
王冠型が消えた場所に、一つだけ何かが残っていた。
それは、さっきまでの宝石とは違っていた。
赤でもない。
青でもない。
緑でもない。
淡く、青白い結晶。
透明感があり、内側にゆっくりと魔力が渦巻いている。宝石にも見えるが、もっと鉱石に近い重さがある。
フィーネが慎重に近づき、手をかざした。
「……《蓄魔晶》(ちくましょう)です」
「知っているのか?」
「……はい。これは、魔力を内部に蓄えておける魔鉱石です……」
フィーネは青白い結晶を見つめながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「……外から魔力を注ぐと、中に溜め込むことができます。必要な時に、その魔力を少しずつ引き出すこともできるはずです……。加工できれば、魔法道具の補助部品や、結界を支える装置……それから、魔力を溜める装飾品にも使えるかもしれません……」
「魔力を溜める装飾品……」
クロエが、青白い結晶を覗き込む。
「これアクセサリーにしたら絶対綺麗だよね♪」
「加工できればな」
フィーネは結晶を見つめたまま、小さく呟いた。
「……すごい素材です。爆発鉱石とは違いますけど、応用できるかもしれません……」
ノエルが即座に反応する。
「今、不穏な単語が聞こえたわよ」
「……安全に使えば、大丈夫です……たぶん……」
「たぶんって言った!」
セリナは穏やかに微笑む。
「皆様のお役に立つ品となるなら、素晴らしい戦利品でございますね」
俺は、結晶を慎重に手に取った。
見た目より重い。
ただ綺麗なだけじゃない。内側に、確かに魔力が溜まっている。
装飾品にも使えるかもしれない素材。
五階で《力の加護のネックレス》を手に入れた時、探索が終わったらみんなで宝飾店へ行く約束をしたばかりだ。まさかダンジョン内で、そこに繋がりそうな素材が手に入るとは思わなかった。
俺は《蓄魔晶》を慎重にリュックに入れた。
その時、ノエルが床に落ちていた小さな金色の破片をちらりと見た。
「……ちなみに、あれは?」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないわよ!?」
「顔が全部言ってる」
クロエが楽しそうに笑う。
「ノエル、また釣られてる♪」
「釣られてないわよ! 確認しようとしただけよ!」
フィーネが小さく首を横に振る。
「……魔力は残っていませんけど……触らない方がいいと思います……」
「ほらな」
「ぐぬぬ……」
◆
俺たちは、広場の中央を抜けて奥へ向かった。
床にはまだ、宝石に似た破片がいくつか残っている。
だが、もう誰も軽々しく手を伸ばさなかった。
ノエルも。
クロエも。
……少し名残惜しそうではあったけど。
通路の奥には、さらに深い闇が続いている。
十階は、九階のような盤面ではない。道が動くわけでもない。
けれど、分かりやすい誘惑で探索者を誘う。
別の意味で、厄介な階層だった。
「進もう。次に宝石が落ちてても、まず疑うからな」
ノエルが小さく咳払いする。
「もちろんよ。天才天使は同じ罠に二度も引っかからないわ」
クロエが、にこにこしながら言う。
「じゃあ、次にもっと綺麗なのが落ちてたら?」
「……確認してから見るわ」
「見るんだ」
「見るくらいはいいじゃない!」
俺は苦笑しながら、十階の奥へ足を進めた。
宝石に見えるものほど、信用しない。
十階の教訓は、かなり分かりやすかった。
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