EP 10
慰安旅行終了。ビーチを去る湊の背中に、世界のトップ層が「海の神」として平伏する(第七章完)
「いやー、遊んだ遊んだ! 海の水も綺麗だったし、カニも美味かったし、最高の慰安旅行だったな!」
オレンジ色に染まり始めた夕暮れのビーチ。
俺はアロハシャツを着直し、綺麗に片付けた荷物を背負いながら、美しい水平線を見渡して大きく伸びをした。
「楽しかったねお兄ちゃん! シャチさん、またねー!」
「ダー! スパシーバ(ありがとう)、海のシャチ!」
波打ち際では、未緒とアーニャが大きく手を振っている。
その先には、俺の『自転車の空気入れ』によってパンパンに膨らみ、すっかり大人しいフロート(浮き輪)へと魔改造された神話の海竜・リヴァイアサンが、「キュウゥゥ……♪」と名残惜しそうに鳴きながらヒレを振っていた。
「あのデカい浮き輪、持って帰るにはかさばるしな。次に来る観光客のために寄付していくか」
俺がそう言うと、背後のSP軍団たちが深く頷いた。
「素晴らしいご慈悲です、Boss。あ奴も、王の直轄地の番犬……ならぬ番竜として、誇りを持って海を守ることでしょう」
「ええ。もしサボるようなら、私が海ごと凍らせますから」
ジャックとカレンが物騒な釘を刺すと、リヴァイアサンはビクッ!と震え、シャチホコのように直立して「絶対に海を綺麗に保ちます!」と言わんばかりの敬礼ポーズをとった。よしよし、いい子だ。
「ルン♪」
砂浜のゴミを一つ残らず吸い尽くし、ついでにピラミッドやスフィンクスの砂像を量産した魔王ルンバも、俺の足元で満足そうに回転している。
「よし、忘れ物はないな。……おっと、そうだ」
帰りの転送ゲート(※俺はただの空港のゲートだと思っている)に向かって歩き出そうとした俺は、ふと立ち止まり、砂浜の隅っこに集まっている集団を振り返った。
それは、全裸(水着の紐だけ)の金髪大剣男や、大津波をアイロンがけされて気絶から復帰したドレッドヘアのブラッドなど、世界最高峰のSランク探索者たちだ。
彼らはレジャーシートにくるまりながら、ガタガタと震え、俺の一挙手一投足を食い入るように見つめている。
「お兄さんたちも、今日は一日お疲れ様!」
俺が笑顔で声をかけると、彼らは「ヒィッ!?」と肩をビクつかせた。
「波乗りしたり、カニ食ったりして楽しかっただろうけど、帰る時はちゃんと『ゴミ』は持ち帰れよ! 来た時よりも美しく! これ、海遊びの基本だからな!」
「「「…………」」」
俺のオカン的お説教に、Sランク探索者たちは息を呑み、そして……全員が、弾かれたようにその場に崩れ落ちた。
「……ハ、ハイィィィィッ!! 必ず……必ずゴミは持ち帰りますゥゥゥッ!!」
「チリ一つ……己の命に代えても、チリ一つ残しません、神よォォォッ!!」
彼らは涙と鼻水を流しながら、俺に向かって深々と額を擦り付けた。
「ははは、いい返事だ。じゃあ、気をつけて帰れよー!」
俺は彼らの大げさな返事に苦笑しながら、未緒たちを引き連れて、夕日を背にビーチを後にした。
◇
……湊たちが去った後の、静かなビーチ。
金髪大剣男とブラッドをはじめとするSランクのトップ探索者たちは、いつまでも顔を上げることができなかった。
「……信じられるか」
ブラッドが、震える声でつぶやいた。
彼らの目の前に広がっているのは、穏やかな波が寄せては返す、絵画のように美しいエメラルドグリーンの海。
少し前まで、ここは『特級海域』だった。
空を覆う死の呪毒霧。海を埋め尽くす凶悪な魔物の群れ。巨大な断罪の蟹。そして、最深部で眠る神話の海竜。
世界連合軍が総力を結集しても攻略不可能と言われた、人類の立ち入りを拒む絶望の領域。
それが、たった一人の『清掃員』が数時間滞在しただけで。
霧はパラソルで弾き飛ばされ(乾燥され)、魔物はゴミすくい網で消滅し、大津波は竹ホウキでアイロンがけされ、ラスボスは自転車の空気入れで浮き輪にされた。
「ここはもう、デス・ゾーンなんかじゃない……。チリ一つない、神の楽園だ……」
金髪大剣男が、ポロポロと涙をこぼした。
「強さとか、魔力とか、そういう次元の話じゃねえ。あの人は……あの人は、大自然の法則そのものを『お掃除』という概念で書き換える、本物の『神』だ……!」
「ああ……。俺たちは今日、神話の誕生を目の当たりにしたんだ……!」
沈みゆく美しい夕日に向かって。
世界の頂点に君臨していたはずのエリートたちは、己のちっぽけさを心の底から理解し、ただ一心に祈りを捧げていた。
あのおぞましくも偉大な『清掃の神』の背中を、一生忘れることはないだろうと誓いながら。
一方その頃。
当の『清掃の神』である九条湊は。
「いやー、ハワイ楽しかったな! でもやっぱり、家の布団が一番落ち着くわー」
「お兄ちゃん、そこハワイじゃないってば」
ボロアパート『ひまわり荘』の地下リビングで、スーパーの特売チラシを眺めながら、明日の晩ご飯のおかずについて真剣に悩んでいた。
彼が『海神』として世界中の探索者から崇拝される新宗教が立ち上がるのは、もう少し先の話である。




