第八話 屋上
――翌日。
「ふあぁ、眠……」
ユイは大きなあくびをしながら登校していた。
目を擦りながら、昨晩のことを思い出していた。
サホリは家に着くまで、しがみついたまま離れないし、あいつらはビビって先帰るし。
あと寝巻きはぐっしょり濡れてるし。
けど、なんだろう。このモヤモヤは。
何か見落としているような、何か大事なことを忘れているような。
……まぁ、いっか。
いつもより早く学校に着く。
教室に入ると、ユイは廊下側の席に目を向ける。
――そこにサホリの姿はない。
あいつ、いつも来るの早いと思ったけど。
自分の席に着き、ユイは頬杖をつく。
窓の外から校門を眺める。
教室の時計と校門を交互に見つめる。
ダッ、ダッ、ダッ、ダッ。
ユイは無意識に貧乏ゆすりをしていた。
誰かが袖を引っ張った。
「……ん」
ユイが振り向くと、そこにはサホリがいた。
「……お、おはよう……ユイちゃん」
「……おぅ。ってかなんでそんなに顔真っ赤なの?」
サホリが口ごもる。
「ユイちゃんにどんな顔で会えばいいか分からなくて」
「…………」
「プッ」
「笑わないでよーもう!」
なんだよ。案外元気そうじゃん。
「あのね、今日の放課後予定ある?」
「……別に。ないけど」
「ユイちゃんに聞きたいことがあって」
変なの。今ここで聞けばよくね?
まぁいいけど。
――放課後。
ユイがカバンに教科書を詰めていると、
サホリが駆け寄ってくる。
「んで、どこ行くの?」
「……えっと、実は決めてなくて」
なんだよ。歯切れ悪いな。
「んなら、屋上行くか」
「屋上?」
「そっ、ウチの憩いの場」
二人は四階への階段を登る。
ギイィィィ。
錆びついた扉を開けると、校舎に勢いよく風が吹き込む。
「ここなら、誰にも邪魔されねーし」
……まぁ浮遊霊はいるけど。
ユイは屋上の柵にもたれかかる。
スカートのポケットから棒付きキャンディをおもむろに取り出すと、咥えながらサホリに言った。
「んで……何が聞きたいん?」
「昨日のトンネルでのことなんだけど」
「ユイちゃんは……ユイちゃんはどうしてあんなことが出来るの?」
……あんなこと?
「…………」
しばしの沈黙が流れる。
「ハッ……!」
ユイは咥えていたキャンディを地面に落とす。
今朝のモヤモヤの正体はこれか。
なんで昨日は気づかなかったんだろう。
サホリは幽世にいた。
現世と幽世は表と裏。
つまり、そういうことだ。
「全部見てたんか」
サホリはコクリと頷いた。
ユイはあえてゆっくりと、深く息を吸い込んだ。胸の奥で何かを固めるような沈黙のあと、重い扉を開けるようにして、話し始めた。
「ウチさ、実家が神社なんだよね」
「神社?」
ユイは屋上から北の方角を指差す。
「あそこに見えてる山の稲荷神社」
「実家、霊媒師の家系でさ、小さい頃からいろいろ叩き込まれてた」
「霊媒師?」
「霊を祓うってこと」
「そんで、実家継げとか、毎日修行しろとか、散々言われて。うるさいから、めんどくなって飛び出してやった」
「ユイちゃんらしいね」
「なんかウチが生まれた時の産声で、病院にいた浮遊霊が全部成仏したんだって。マジウケる」
「ユイちゃんは幽霊が視えるのに怖くないの?」
「全然。私からしたら霊も人もおんなじ。区別なんてほとんどつかないよ」
ユイはサホリに視線を移す。
「どう? 引いたっしょ?」
どうせこの子もみんなと一緒さ。気味悪がって、すぐ私から離れていくんだ。
「引くなんて。恩人に対して失礼だよ」
「…………」
「保健室でも、私を助けてくれたんでしょ?」
「……なんだよ、気づいてたのかよ」
別に感謝されたくてやってるわけじゃない。
ただ、人に危害を加えるアイツらは許せない。
それでも、初めて自分の行いを感謝されたユイは、少しだけ温かい気持ちになった。
「……冷えてきたな」
「……うん」
二人は屋上を後にする。
ユイが階段を先に降りていく。
サホリはふと、屋上を振り返る。
サホリの目には、屋上でゆらめく白い毛並みが映っていた――




