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第34回 BBQ紅鯨団

「おーい!ハルヒト!できたぞー!」


叔父さんの声に振り向くと、バーベキューグリルはもう組み上がり、トライポッドにはダッチオーブンが吊り下げられていた。

さっきまでただの穴だったカマドでは、薪が勢いよく燃え盛っている。


「あー!ありがとうございます!」


本当は僕がみんなの前で手早く火を熾していいところを見せる予定だったのだが、叔父さんの方が遥かに素早かった。


「早めに炭にも火ぃ移して、熾火にしとかんとあかんからな」


そう。昔習った叔父さんの教えだ。


「あ、あと肉やけど、昨日の内に買うてきて、下味までは仕込んどいたぞ」


叔父さんが順番に発泡スチロールの箱から取り出して、説明してくれた。


「まず鶏。すりおろしニンニクと塩コショウ、オリーブオイルを擦り込んで、ビニール袋に密封してきた。あとは腹の中に、皮剥いたニンニクをいっぱい詰め込んだらええ」


「こっちも、スパイスとハーブと塩コショウ擦り込んで密封してきた。ソースは作って来てるんやんな?」


そう言って、アメリカ製らしい分厚い密封袋に入ったスペアリブを出す。

実は材料が揃わなくてソースは作ってこられなかったと言うと、


「そんな事やろうと思って、これ持ってきた。ちょっとケチャップっぽいけど、沖縄でステーキソース言うたらこれや。出張で行った時に買うてきた。美味いぞ」


そう言って、白地に赤で「A1」と書かれたラベルの、四角い瓶を投げた。


「ほんで、これがピッカーニャ。これも、塩コショウ擦り込んで密封してある」


でっかい牛肉の塊も出てきた。


「あ、あとこれもやるわ。」


そう言って、取っ手のついた半球の金属の蓋のようなものを2つ出す。

実際には見たことはないけれど、ドラマなんかで高級レストランでこれをかぶせた皿を執事が持ってきて、開けるとでっかいステーキが出てくるやつだ。

こんなものどこに売ってるんだ?


「これな、アヤハディオで大きいボウルと、修理用の鍋の蓋の取っ手だけ買うてきて、ボウルに穴開けてくっつけたやつやねん。あと、これとこれな。」


そう言って、執事の金属蓋2つの他に、長い金属の串と、プシュプシュするスプレーボトルも渡してくれた。

ボトルの中は空だ。


「ありがとう。けどこれ、どう使うん?」


「教えたるわ。ブラジル式バーベキューや。」


そう言って叔父さんが教えてくれたのは、いかにも大陸的な焼き方だった。


ランプ肉の塊は、焼く前に切らない。

塊のまま長い串に刺す。

スプレーボトルに水と岩塩を入れてよく振り、串に刺した肉へまんべんなく吹きつける。


十分に熾った炭火の上に肉を置き、半球の金属蓋をかぶせる。

時々串を回しながら焼き、表面がこんがりしたところで、皿の上に立てるように置いて、焼けた部分だけをナイフで薄く削ぐ。


その肉に、前の日に作っておいたトマトと玉ねぎのビネガーソースをのせて食べる。

赤い面が出たら、また塩水を吹きつけ、焼き、削ぐ。

それを何度も繰り返す。


「これはな、ブラジル駐在してた時に現地で仲良くなったファミリーに教えてもろた『シュハスコ』っちゅう食べ方や。ブラジルでは、こうやって肉焼きながら、飲んだり歌ったり踊ったりしながら、何時間も食べ続けるんや。」


「鶏は、分かるな?」


「はい。内側に油を塗ったダッチオーブンをトライポッドに吊るして、下からの火で予熱してから、玉ねぎとじゃがいもと人参を敷き詰めて、お腹にニンニクを詰めた丸鶏を置いて、隙間にもまた野菜詰めて、蓋をしたら蓋の上にも炭を乗せて、時々様子を見ながら1時間、ですよね?」


「そうや。ちゃんと勉強してきたみたいやな。炭火は、上が七、下が三。焼き加減見る時は蓋開けて、鶏のももと胴体のくっついてる一番分厚いとこに串刺して、抜いた時に出てきた汁が透明になってたら焼き上がりのサインや」


「スペアリブは、さっきのA1ソースをたっぷり塗って炭火でじっくり焼く。これも、あの金属の蓋で蒸し焼きにすると表面こんがり中はしっとりに仕上がる」


叔父さんの説明は、簡潔で、それでいて大事なことはしっかりと詳しくて、とてもわかり易い。

舞子が大きな目をキラキラさせて叔父さんの顔を見ている。

顔に大きく「尊敬」と書いてあった。



「あー!いたいた!」


「おー!お待たせー!」


叔父さんがランドクルーザーで走り去ったのと入れ違いで、男と女の声がして、マサキ、ヒロくん、タカトモ、そして、ユリカとその友達の一団が手を振りながらやってきた。


「え?あ、はじめまして」


お互いに挨拶しながらこちらにやってきた。


「こんにちは!」


舞子が挨拶する。


「お。ハルヒトの親戚の、えーっと…」


マサキが言う。


「舞子です。この前はお魚とじゃがいものフライごちそうさまでした。」


「あー、タツヤの言うてたハルヒトの親戚の子か。」


「可愛いねー。よろしくな」


ヒロくんやタカトモも舞子に笑顔を向ける。


「は、はい。よろしくお願いします…」


初対面のこの2人には舞子はまた固まってしまった。


「あれ?この前のお嬢ちゃんじゃない?」


甲高い声でユリカが言った。


「あ、祇園祭の…きれいなお姉さん…」


「今日もハルに連れて来て貰ったの?仲いいね。あ、そうか。滋賀県だって言ってたもんね」


僕は思わず、手に持っていたトングを握りしめた。

ユリカが何か余計なことを口走らないかと、喉の奥が少し乾く。


けれど、その心配はなさそうだった。

この前の夜のことを匂わせるような態度も言葉も、いまのところ出していない。


とりあえずホッとした僕は、皆が荷物をおろして落ち着いたのを見計らって、合コンをスタートさせた。


「オーケー! おめーらの気持ちはよーく分かった! おめーらを待ってるお嬢さん方はあちらにいる!」


「「「おー!」」」


男性陣がノリの良い返事を返す。


「しかーし! おめーらが見る前に、恒例の ハルさ~ん、チェック!」


男女双方から爆笑が起こった。

そのまま、ハルさんチェックはすっ飛ばしていきなりフリータイムに入る。

それぞれが思い思いに自己紹介を始めた。


「ほな、誰かニンニクとか玉ねぎとかじゃがいも、人参の皮剥いてー」


僕がそう言うと、さっきから皆の荷物をを整えたり紙コップを配って烏龍茶を注いで出回ったりとパタパタと立ち働いていた舞子がすぐに飛んできてくれた。

僕は、軽井沢の蕎麦屋でペンギンのようにパタパタと走り回っていた舞子を思い出して笑ってしまった。


「あ、私もやるよ、ハル」


そう言って、なんとユリカも手を上げた。


「ほな、2人にお願いしようかな。結構いっぱいあるけど、よろしくね」


僕は野菜の入った段ボールの箱を2人に渡すと、既に2人で話し込んでいるタカトモと女の子に


「おーっと!早くもこれはツーショットだー!」


と声をかけてから煙草に火を点けた。

朝早くから場所取りと準備をしてたんだから、これくらいの休憩は許してもらえるだろう。

マサキもヒロくんも、それぞれにお気に入りの相手を見つけたのか、楽しそうだ。


東屋から少し離れたところからふと見ると、舞子とユリカが楽しそうに何やら話しながら野菜の皮を剥いているのが見えた。


どうやらあのユリカも、心配していたよりずっと大人だったようだ。

あるいは、舞子のことは本当に「親戚の子ども」として、わざわざ自分の「上にいる」立場をアピールするまでもない相手だと認識したのかもしれない。


ふと、舞子とユリカの笑い声が同時に上がった。

内容は聞き取れない。


ただ、その笑い声の高さが、妙にそろって聞こえた。

それがなぜか、胸の奥をざわつかせた。


7月の日差しに琵琶湖はキラキラと輝き、比良山系から吹いてきた風が爽やかに湖岸の緑地を駆け抜けていった。

平和だった。

少なくとも、この時は。

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