第33回 青空の下
「え!?ユリカも来るって!?」
タツヤが素っ頓狂な声を上げた。
「いや、ユリカ“も”っていうか、そもそもユリカが合コンセッティングしろって言うて来たんや。ほんで、元カノがいてる合コンなんか、僕、全然おもんないやん?ほやから、バーベキューってことにしたら、僕も楽しめるかなあと思てな」
「えー。そんなん俺知らんから、舞子ちゃん誘てしもたやんけ。大丈夫かな?」
「うーん、ちょっと怖いかも」
「自分より若くて、しかも結構可愛い子とか居たら、絶対ヤバいやろ」
「祇園祭の時偶然会うたけど、『お子さん』とか『お嬢ちゃん』とか呼んで、思いっきり自分が上の立場アピールしてたからなー」
「ていうかハルヒト、なんでそんなユリカの合コンの取り次ぎする事になってん?ほんで、なんでそれ言わんかってん?」
「いや、なんかユリカ絡みやとか言うたら、お前追及してきそうやし、めんどくさいなー思てな」
「隠してても、どうせ当日いるんやから一緒やんけ!ほんで何?追及されたらマズいような事になってんか?」
相変わらずタツヤは、こういう事には勘が鋭い。
誤魔化しても、たぶんバレる。
それに、当日いちばん上手く動いてくれるのも、たぶんこいつだ。
仕方ない。
ここは白状しておくしかない。
「実はこの前な…」
僕は一部始終をタツヤに伝えた。
「うーわー!お前それアカンやつや!絶対ヤバいって!知らんぞー!」
と言いつつ、タツヤはこういう時、最後にはちゃんとこちら側に立ってくれる。
茶化す。
脅す。
でも、見捨てない。
長年の付き合いで、それだけは分かっている。
ユリカに会ったことがあるのはタツヤだけだ。マサキやヒロくんやタカトモは、名前は知ってても「ハルヒトが付き合ってた女」ということしか知らない。
合コンバーベキューという名目だからユリカの友達も来るし、マサキ達も新しい出会いのチャンスに盛り上がってたし、何とか無難にやり過ごせるだろう。
「ま、当日上手いこと頼むわ。ほんでな、場所やねんけど、第2渚でやろうと思てて、バーベキューの合間に久しぶりにウィンドどうや?」
「お。ええな。ハルヒト、ずっと課題や言うてたジャイブ上手いことできるようになったんか?」
「んー、ダガー出してアウトレイル踏んでならいけるんやけど、タツヤみたいなインレイルで鋭くターンするのはまだ無理やなー」
「ほないっちょ揉んだろか!楽しみやー!」
ユリカのことはともかく、功一叔父さんから貰ったあの道具でみんなの度肝を抜くバーベキュー料理と、久しぶりのウィンドサーフィン、僕もワクワクしてきた。
ほっぺたをパンパンに膨らませた舞子の顔が浮かんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
次の日曜日は、盛大に晴れた。
僕と舞子は朝六時にアパートを出発して、琵琶湖に向かった。
「なんか最近この道よく通るねー」
舞子が言う。
もう慣れたのか、今回は大原の歌も歌わなかった。
僕としてはちょっと寂しいけれど。
堅田に降りると、今回はびわ湖タワーの交差点を曲がらずに直進して琵琶湖大橋を渡る。
「舞子、そこのコインホルダーから二百円出しといて」
まずは琵琶湖大橋の接続道路、通称「取付」を東に向かってずっと進み、実家に預けてあるウィンドサーフィンのセットを取りに行った。
「お茶くらい飲んでいったらええのに。あら、そちらのお嬢さんは?ハルヒトの彼女さん?えらい若い子やねえ」
話しだしたら止まらない上に無自覚にいらん事まで言う母親を何とか振り切って、再び琵琶湖方面へ。
琵琶湖大橋の手前で右折して湖岸道路に入ると、すぐに渚公園、続いて第2渚公園に到着する。
駐車場に車を入れる前に、道路脇に車を停めて荷物を先に下ろした。
ウィンドサーフィンのボードとポールとセイルを屋根から下ろす。
さらにリアゲートを開け、バーベキューグリル、ダッチオーブン、トライポッドを順に下ろす。
鋳物の鍋は、持ち上げるたびに腰へ来た。
スチールベルトクーラーも、クーラーボックスのくせに相当重い。
「舞子ー、そっち持ってー!」
「はーい!……わっ、ちょ、ちょっと待って!これ、絶対私の体重より重いよ!」
と言いながら、よたよたとクーラーの持ち手を引きずっている。
そんなことをしていると、あっという間に汗が噴き出した。
◇ ◇ ◇ ◇
「ええか、ハルヒト。日本人がバーベキューって呼んでるアレは、ただ『外で焼肉』してるだけや。あんなんバーベキューやない。」
叔父さんの言葉が頭の中に響く。
舞子と2人で辞書を引きながら調べた今日のメニューは、スペアリブのバーベキューソース焼きと、1羽まるまる一羽まるまるのローストチキン、そして、叔父さんが「ブラジルでは『ピッカーニャ』言うて、一番人気の部位や」と言っていた、ランプ肉の先っぽの部分のステーキ。
「おー!その辺やったら近江八幡から八日市あたりの、韓国人の人らがいっぱい住んでるあたりで手に入るわ。バーベキューは日曜日に第2渚やな?任せとけ。俺が買うて持って行ったる!ただ、ニンニクとかの野菜類の買い出しと、あと、トマトと玉ねぎのビネガーソースはお前が前の日に作って持って行けよ!」
と言う叔父さんの言葉に甘えて、食材の調達はお願いしておいた。
朝早く出発した甲斐あって、あたりにはまだ人影はない。
この場所に一つだけある、テーブルとベンチ付きの東屋を確保できた。
荷物を路肩に下ろして車を駐車場に入れて戻ってくると、ソアラの屋根には不似合いなルーフキャリアにウィンドのボードを積んだタツヤがやってきた。
ソアラ用のルーフキャリアなんてものも世の中にはあるんだ。すごいぞTERZO。
タツヤに手伝ってもらって、荷物を東屋に運ぶ。
まずは持ってきたスコップで東屋の近くの地面に穴を掘った。
「舞子、できるだけ平たくて大きい石見つけて持ってきてー」
「はーい!」
「こんなんでいいのかな?」
「それそれ!そんなのをたくさん見つけて、この穴のとこ持ってきて」
舞子が集めてきて来てくれた石を、穴の底に並べて、更に穴の縁に沿って積み上げる。
指を咥えてから空中に立てて風向きを調べ、風上側は少し隙間が必要だ。
ここで火をくべると、石が蓄熱して効率の良いカマドになるのだ。
「おーい!ハルヒト!いたいた!」
叔父さんの声がした。
道路には巨大なランドクルーザーが停まっていて、大きな発泡スチロールの箱を持った叔父さんがこちらに歩いて来るところだった。
「あ、功一さん、お久しぶりです!」
「おータツヤくん、久しぶりやな。えーっと、こっちは舞子ちゃんやったな。」
「はい。この前はお邪魔しました。色々ありがとうございます」
舞子はにこやかに挨拶をした。
「あれ?舞子ちゃん、初対面の時はガチガチに緊張するんやなかったん?」
「はい…そうなんですけど、叔父さんはこの前お会いしてて、それになんか、最初っから緊張しなかったんです」
「そうなんや。あ、そういえば俺とも普通に顔見て話ししてくれるようになってるやん」
「はい。やっと慣れました」
「慣れたって、俺はお化けか何かか?」
似たようなもんだ。
「あ、それで、前からお礼言おうと思ってたんですけど」
舞子がタツヤに言う。
「お礼?何かしたか俺?」
「あの、四国の地図、ありがとうございました。助かりました」
「四国の地図…?」
あ、まずい。
「そんなもん俺は……あ!あーあー!あれな!四国の地図な!貸した貸した!」
一瞬で理解した顔だった。
ナイスだ、タツヤ。
「ハルヒト、ちょっと一服しよか」
そう言ってタツヤは僕を琵琶湖の方に誘った。
タバコに火を点けながらタツヤが小さな声で囁く。
「四国の地図ってあれやろ、ユリカのやんけ。」
「うん。この前舞子とうどんツアー行って、そん時になんで四国の地図積んでるんかって舞子にきかれて、とっさにお前が女と四国旅行行った時に買うたん借りてきたって言うてしもたんや」
「そうかなと思って話し合わせといたけど、あれで良かったか?」
「おう。ありがとう。バッチリや」
つくづくナイスガイだ、タツヤ。今日はその調子で頼む。
白いタバコの煙が風で流れ、空と琵琶湖の青に溶けていった。
空はひたすら青かった。
けれど、このあと焼き上がるものが肉だけではないことを、その時の僕たちはまだ知らなかった。




