第24回 フィッシュ&チップスと天下一品
カウンターの香織の方へ行く。
「よ。久しぶり!」
「久しぶりちゃうわ!最近何してたんよ!全然どこにも現れんと!」
舞子は、珍しく空いたテーブルに座り、手持ちぶさたにテーブルを手でパタパタ叩きながら脚をブラブラさせている。
「あら?そちらお連れさん?こんばんわ」
香織が舞子に話しかける。
突然話しかけられた舞子は、タツヤに初めて会った時みたいにガチガチに緊張して立ち上がった。
「こ、こんばんは!」
声が震えている。
香織は舞子に近づくと、頭の天辺からつま先までをゆっくり眺めた。
値踏みするような、嫌な間があった。
それから僕に向き直って、
「ハルヒト、こんな可愛らしい子連れて……最近はこういう“子供”が好みなんやね?」
と言うと、カウンターのマサキに
「アホらし!テキーラショットで!」
と言ってコインを投げ、慌ててマサキが出したショットグラスを一気にあおるとカウンターにカン!とたたき付けて
「ごゆっくり!このロリコン!」
と言い捨てて、香織は店を出ていった。
一瞬、追いかけようかと思った。
けれど、すぐにやめた。
今見るべきなのは、香織の背中ではなく、目の前で固まっている舞子の方だった。
◇ ◇ ◇ ◇
香織が出ていったあと、舞子はしばらく呆然としていた。
「ま、舞子?大丈夫?怖かった?」
と声を掛けると、やっと我に返って
「お姉さん…怖かった…すごかった…あのヒト…ハルくんの何?」
と言った。
「うん、まあ、昔仲良かった友達、やな」
言ってから、自分でもずいぶん雑な説明だと思った。
でも、ここで正確に説明できるような関係でもなかった。
「ふ~ん、なんであんなに怒ってたの?」
「何でやろな……あ、それより舞子、お腹空いてへん?結局お好み食べんと出てきたし、ここで軽くなんか食べていこや」
強引なことは重々承知で無理やり話題を変える。
「うん!お腹すいた!」
舞子が顔を上げて大きな目をキラキラさせて僕を見上げた。
良かった。上手くいった。
「こういうお店って、何があるの?」
「えっとね、この店は割と色んなもの置いてるけど、ブリティッシュパブやから、やっぱりフィッシュ&チップス食べなあかんな」
「フィッシュアンド…?お魚?」
「うん。魚のフライ」
「へえ…」
一瞬舞子の顔が曇った気がしたが、すぐに笑顔で
「じゃ、それ食べてみる!ハルくんと半分こする!」
と言ってくれたので、ホッとしてマサキに注文をする。
料理と、舞子のオレンジジュース、そして僕のジンジャーエール。
一瞬だけエールを頼みかけたが、今日は舞子を連れている。
それに、自転車で来ている。
……まあ、こういう日くらい、素面でいいか。
会計を済ませて舞子の待つテーブルへ運んだ。
舞子が不思議そうな顔で皿を見る。
「どうしたん?」
「ポテチ、どこに乗ってるのかなあと思って。」
「ああ、イギリスでは、日本で言うフライドポテトのことをチップスって言うねん。ちなみにアメリカではフレンチフライな」
「え?じゃあ、イギリスの人はポテチ食べたい時どうするの?」
「その時は、クリスプスやな」
「へー!」
「ま、ええから食べてみいや。あ、ちょっと待って。」
そう言って僕はカウンターからモルトヴィネガーとリー&ペリンのウスターソースを持ってきた。
「イギリスの料理はな、基本的にあんまり味付けされてへん。自分で、塩とか、この酢とかソースとかかけて好みの味付けで食べるのがイギリス流やねん」
「こっちがお酢?」
舞子は僕に確認して『SARSONS』の赤いラベルの瓶からヴィネガーを何滴かフライにかけた。
フォークで端を切って、口に運ぶ。
僕も、反対側にリー&ペリンを数滴振りかけて、同じ様にフォークで切り取って食べた。
「わ!美味しい!え?これお魚のフライ?」
不思議な反応をする。
「どしたん?フィッシュ・アンド・チップスって言うくらいやから、もちろん魚やで。白身魚のフライ」
「私の嫌いだったお魚フライと全然違う!衣がカリッとして全然グジュグジュしてないし、変な油出てこないし、何よりお魚が臭くない!」
やれやれ、今までどんな酷いフィッシュフライを食べてきたんだこいつは。
「それに、私酸っぱいの好きだから、このお酢がまた爽やかで!もっと貰ってもいい?」
「もちろん。あ、今度はこっちのウスターソースかけてみ?こっちも美味しいから」
「ウスターって、あのシャバシャバの、ピリピリ辛いのに、なんか甘いソースだよね?私、とんかつソースの方が好きで、あんまり使ったこと無い」
「いや、これは日本のウスターと違って、発酵させた塩漬けイワシに、玉ねぎとかニンニクとか、色んな野菜と果物混ぜて作ってる、元祖のやつで、全然味違うから、試してみ?」
舞子は素直にリー&ペリンをかけてまた一口。
「わ!これも美味しい!なんか大人の味っていうか、急に高級感が!」
「フライドポテトもどうぞ」
フォークでチップを突き刺して口に運ぶ。
「わー!これも周りカリカリなのに中はホクホク!マクドナルドのと全然違う!美味しい!」
そう言って、次々にポテトを突き刺し、フィッシュフライを切り分け、気がつけばほとんどを舞子が食べてしまっていた。
「あー美味しかった!」
「良かった」
「あ、ごめん!ハルくんのも全部食べちゃった!」
「ええよ。舞子が美味しそうに食べてるの見てたら、それで満足したわ」
そういって2人で手を合わせてごちそうさまをし、グラスと皿をカウンターに持っていく。
「ありがとう。置いといてくれたらええのに」
「いやいや、迷惑かけたし」
「すごい美味しかったです!ありがとうございました!」
「どういたしまして。またハルヒトに連れてきてもらいー」
そう言ってマサキは手を振って見送ってくれた。
「さ、帰ろか」
そう言って、また2人で自転車にまたがり、来た道を戻っていく。
香織は勝手に帰って修羅場は収まったし、舞子はフィッシュ&チップスを気に入ってくれたし、マサキは相変わらず黒人ミュージシャンみたいだったし、タツヤはいいやつだし、万事これ太平だ。
…と思っていた。
しかし。
しばらく自転車を漕いで丸太町あたりに差し掛かったあたりで、猛烈にお腹が空いてきた。
そりゃそうだ。
お昼に北山でパウンドケーキを食べたきり、お好み焼きも食べそこね、三条まで自転車を漕ぎ、香織の毒に当てられ、おまけにフィッシュ&チップスはほとんど食べていない。
「舞子、ごめん。めっちゃお腹空いてきたんやけど、ラーメンとか、まだ入る?」
「え!ごめん!私が全部食べちゃったから!…うーんとね、もし私が食べきれなかったら、ハルくんが食べてくれる?それならラーメン行けるよ」
「オッケー。逆に嬉しいかも。じゃ、ちょっと回る上に家通り過ぎるけど、付き合って!」
そう言うと僕は丸太町を右折して、東に向かった。
白川通りをずーっと北に上る。
芸大の階段からキタバチを超えると、間もなく提灯の光が見えてくる。
赤い丸に白い「一」の描かれたロゴマーク、「天下一品」の力強い文字。
「着いた!」
「ここ?」
「うん。ここ。今の腹減り具合にはここしかない!」
「へー、楽しみ!」
店内に入り、カウンターに座る。
メニューを開こうとする舞子に
「ええか、ここはな、頼むもんは一択なんや。すんませーん!」
と言って店の人を呼ぶ。
「はい!」
「えっとね、こってりのニンニク抜き、麺硬め、ネギ多めで、二つ。あと僕は、そこにチャー定餃子で!」
「はい!少々お待ちください!」
舞子がきょとんと僕を見る。
「なんだか、香川のうどん屋さんの呪文みたいだね。ほらあの『ひやあつ』とかのさ」
「確かに。」
「で、今の注文何?」
「ここはな、とにかくどろっとして甘いこってりスープやねん。一応、普通の醤油ラーメンの『あっさり』ていうのもあるんやけど、あれ頼むのは邪道や。『あっさり』頼むくらいやったら、別にテンイチ来んでええ」
「へー。で、その後のチャー定餃子は?餃子は分かるけど。」
「チャーハン定食。ラーメンとセットにできるねん。半チャーハンみたいな中途半端なんちごて、がっつり一人前のチャーハンが来る。そこに餃子や。」
「すごいねーそれ!」
「ああ。これぞ男の食いもんや」
やがて「おまたせしました!」の声とともに、僕達の前に2杯の丼が置かれた。
今日もどろっどろだ。
「えー!なにこれすごい!ポタージュじゃん?!」
「せやろ、ここに、この胡椒をたっぷりかけるのが僕の流儀や。」
「じゃ、私もやってみる!」
「「いただきます!」」
「わ!ハルくんハルくん!お箸がスープに立つよ!」
「ええから食え」
今日は僕がハムスターモードだ。
時間差で出てきた炒飯と餃子も併せて、ラーメン、餃子、チャーハン、ラーメン、スープ、ラーメン、チャーハン。餃子…
箸が止まらない。
舞子も、ほっぺたを膨らませてふーふーずるずる食べている気配がする。
僕は普段、ラーメンのスープはしょっぱすぎて、「こんなん全部飲んだら血圧上がって死ぬ!」と思って残す方なのだが、テンイチだけは最後の一滴まで飲み干してしまう。
「明日もおまちしています」
という丼の文字に、敬意を表して大きな声で
「ごちそうさまでした!」
と手を合わせる。
と、なんと舞子もほぼ同じタイミングで隣で「ごちそうさまでした!」と手を合わせていた。
こちらもスープまできれいになくなっている。
何が「食べきれなかったら手伝ってね」だ。
完食じゃないか。
「ふ~!!!すごい!凄すぎる!私も大好きになったよ、テンイチ!」
良かった。また誘える。
会計をして自転車に乗り、帰りはゆっくりと白川通りを下る。
今出川通から百万遍を越えると間もなくアパートだ。
「ねえ、鴨川デルタ寄っていかない?」
舞子が言う。
「え、ええけど、もう11時やで?舞子明日も朝から仕事やろ?寝やんでええん?」
そういいながら、今日という日が終わってしまうのが惜しいのは僕も同じだ。
舞子も同じ気持ちなんだろう。
「ごめん…分かってるけど…ちょっと歩いて消化しないと、どうせ帰っても絶対寝られない…」
何のことはない。
舞子は食べすぎただけだった。




