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クラリスの献身 ~私に死ねと言ったのは、あなたでしょう?~  作者: 紺青


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3. サボることをサボるな。

 クラリスに求められていたのは血筋と家の力だけではなかった。王妃の代理と膨大な魔力も求められている。王宮に囲われ、余分な情報を得られないクラリスでも、それはわかっていた。


 理解できるけど、心と体がついていけるかは別の話。クラリスは疲れ切っていた。


 終わりのない教育と視察や慰問などの外回りの公務。週に一度の魔石への魔力供給。

 ローレンスはそれに加えて鍛錬の時間もあるのに、体力の差なのか年々、クラリスの方がついていけなくなっていた。ローレンスの隣にいるためにと奮起していたが、気持ちだけではどうしようもない時もある。魔力制御の講師であるマリー先生がいなかったら、途中で気持ちが折れていたかもしれない。



「さ、今日はお茶でもするか」

 率直で口が悪く余分なことは話さないマリー先生の突然の提案に、クラリスは固まった。


 王宮の外れにある人気のない魔法の演習場。騎士団の演習場と違って、魔法師が魔法の鍛錬をする演習場はだだっ広い平地だ。


 なにもないはずの場所なのに、いつの間にか優雅なティーテーブルと椅子が出現している。ティーセットや茶菓子の載ったワゴンも。


「あの、魔力制御の演習は?」

 赤紫のお洒落なローブをまとった紫の髪に白いものが混じった魔法師を呆然として見つめる。今は魔力制御を習う時間で、いつもは魔法の演習を繰り返して魔力を制御できるよう厳しく叩きこまれていた。


 現在、王侯貴族は魔力を多く保持しているが、日常生活で魔法を使うことはほとんどない。

 魔法は発動させるために文字や図形を組み合わせた複雑な魔法陣を、魔力を注ぎながら描かなければならないので繊細なコントロールが必要となる。


 なんの手間もなく使える便利な魔道具があるから、魔法陣を覚えて使いこなせるように鍛錬する必要などないのだ。魔法は既に大昔の技術となっていた。使用するのは高価な魔道具や動力源となる魔法陣が描かれた魔法紙を買う事のできない平民くらいだ。平民でも少量は魔力があり、魔力量が少ないゆえに暴発のリスクもなく、単純な魔法陣を描けば起動できる火魔法や水魔法は今でも重宝されている。


 クラリスが魔法の演習をしているのは技術を身に付けるためではなくて、魔力制御を学ぶためである。 


「もう十分、魔力をコントロールできているじゃないか。それに魔力が制御できなかったことなんてないだろう?」

「ないですけど。じゃあ……」

 演習場から少し離れた位置に控えている騎士や侍女の方を見る。魔力制御が及第点なら、その時間を別の教育や公務に当てた方がいいかもしれない。


「あー、余分なことは言わなくていい。大丈夫。結界を張っていてこちらは見えていないし、なにも聞こえていない。あいつらには魔法が暴発した時用の結界だって言ってあるから大丈夫だ。座りな」

 穏やかで真面目そうなのに、その口から雰囲気とは真逆の提案をされて戸惑う。しかし彼女の言葉には人を従わせる力がある。クラリスは大人しく彼女の向かいに座った。


「結界魔法……?」

 魔法は廃れた技術で、火を起こす、水を出す、風を吹かせるなどの単純な魔法しか知らないクラリスは頭を傾げた。


「アタシの出身は魔法が盛んな国でね、この国では知られていないような魔法をいっぱい知ってるのさ。物を収納したり、結界を張ったり、物や人を移動したりね。たまに使わないと忘れちまうからね。この国では魔道具頼りだけど、使いこなせれば魔法ほど、便利なものはないのにね」

 慣れた手つきで紅茶を淹れて、猫の描かれたティーカップに湯気のたつ紅茶を注いだ。描かれた猫が妙に写実的でクラリスの気持が少し和む。


「興味があるなら教えてあげるけど、今あんたに必要なのは魔法の授業じゃない。ちょっと無骨だけどね、このクッキーは手作りだ。さぁ、遠慮せずお食べ」

「すごいですね……」

 クッキーの作り方など想像もできないクラリスは素直に感嘆の声をあげた。鮮やかな赤いジャムがのっている不揃いで小ぶりなクッキーに手をのばす。淹れてくれた紅茶は力強くて茶葉の味がストレートに伝わってきた。王宮で出される繊細で複雑なものとは真逆の味。


「おいしいです」

「当たり前だろ。クラリス、どんなに忙しくても、サボることをサボるんじゃないよ」

「え?」

「ちゃんと休憩を取っているか?」

「……」

 元々みっちりと教育や公務が詰め込まれているし、その合間にローレンスと休憩を取っているけど、結局、話題は習ったことや予定の確認ばかりで気が抜けない。幼い頃とは違って、お互い素直に愚痴や不満をこぼすことはなくなった。


「真面目過ぎるのも考えものだね。これからは、魔力制御を学ぶ時間は強制的な休憩時間だ。休憩することをサボるのはアタシが許さないから」

「はぁ……」

 これまでも今も、休憩しろとかサボれなどという大人は周りにいなかった。一見、真面目な雰囲気の老婆をクラリスは二度見した。


「これからあんたはもっと忙しくなる。ダチュラの花みたいな王妃のせいで。だから、これは当然の権利だ」

「ダチュラ……」

 漏斗状に空を向き咲く、白くて繊細な雰囲気の花が頭をよぎる。


「儚くて繊細で美しくて……毒がある。あの女みたいじゃないか。まぁ、そんな女にそそのかされた王が一番愚かなんだけどね」

「毒……」

「そうだよ。毒花に魅了されるから、子の世代に色々押し付けることになるんだ。実際には毒もなんにも持たない、見かけだけで中身が空っぽの女だよ。周りにとっては毒以外の何物でもないけどね。中堅どころの伯爵令嬢だったのに、王妃教育どころか王太子妃教育も進まなかった。そんなんで王妃の役目が務まるわけがないだろう?」

 クラリスの脳裏に王の隣で嫋やかにほほえんでいるローレンスそっくりの美貌の主が浮かぶ。


「王がただ愛でられるだけの存在であることを許すもんだから、開き直ってただ着飾って、王の隣でほほえんで自分の家族や友人と豪華な茶会を開くのみ。王妃の執務は王の側近や女官や文官がフォローしている始末。もうね、周りも限界なんだよ……」

 そこで一旦言葉を切った彼女の声色が一段低くなる。


「だから、早急に育てないといけないんだろ。王妃の代わりをする優秀な次期王太子妃をね」

 クラリスは無言で頷いた。それは口には出さないけど、常に思っていることだから。


 今は王妃が認める手紙や書状の書き方や、パーティーの采配や外国からの賓客のもてなし方などを王妃付きの女官から叩き込まれている。王妃の執務が課される日は近いだろう。


 王と王妃が担う外回りの公務も押し付けられていた。先代の王の崩御が突然で、若くして王位につき結婚した伴侶がお飾りであるせいで、今代の王に代わってから国内の視察や神殿の慰問などは行われていない。


 配下の者が顔を出すのと王族が顔を出すのでは印象が変わる。いずれ貴族や民の心が離れてしまうだろう。焦れていた王宮の上層部は成人していない二人に本来、国王と王妃が行う外回りの公務を課した。完全に親の尻ぬぐいだ。


「まったく魔石への魔力補給もできないし、なにができるんだろうね? まだ成人していない子供に色んなものを背負わせて。だからさ、魔力制御の時間くらいサボったってどうってことないよ。これから忙しくなる。この時間くらい休憩にあてなきゃ、やってられないさ。アタシだって仕事をサボれてラッキーだし」

 シャリシャリと音を立てて、おいしそうにクッキーを頬張っている。


「ハズレクジを引いちまったね」

 紅茶を口にしながら、突然言われた言葉に驚く。

 この講師役がマリー先生にとって、不本意ということだろうか?

 彼女にとって、クラリスは厄介なお荷物ということだろうか?


「……申し訳ありません」

 直球の悪口が胸に刺さり、ほぐれかけていた心が冷える。

 

「なんに対する謝罪だ?」

「え?」

「あんたも王族になるんだ。理由もなく頭を下げるんじゃない」

「すみま……」

 彼女の勢いに呑まれて、再び謝罪しそうになって、慌てて言葉を呑み込む。マリー先生は子供相手でも容赦ないけど、間違ったことは言わない。


「まだ子供なんだ。わからなかったら、素直に聞くことだ。理解できてもいないのに、口先だけの謝罪をするのは大人のすることだ」

「はい。あの、ハズレクジとは……」

「あんたのことじゃない」

 皺のある手でクラリスの左手を取った。クラリスの手首でしゃらりと金と銀の輪が音を立てる。


「こっちの銀色は婚約した時のだね」

 黒いネイルを施した指先で銀の腕輪を検分する。

「はい」

 大人達が婚約の書類を交わした後に、二人の腕につけられたもの。大神官様が持っている時は大きく見えたのに、手首に通したとたんにサイズがピッタリになった。締め付けることもなく落ちることもない。


「王家に代々伝わるものだね。初めて見るけど……。まぁ、こんな細い腕輪だ。やっぱり魔法陣は単純だね」

 王家に代々引き継がれている秘宝だという腕輪には、内容がわからないくらい小さな魔法陣が刻まれているようだ。なにかの模様だと思っていたクラリスは驚いた。

「どんな内容なんですか?」

「まじないみたいなもんだ。二人が永遠に幸せになりますようにっていう、ね」

 マリー先生の言葉にほっと胸をなでおろす。


「こっちは……?」

 金の腕輪を黒いネイルが差し示す。よく見るとこちらにも銀の腕輪と同じように魔法陣が刻まれている。


「五歳の時、魔力測定の後に大神官様から授けられました」

 クラリスには膨大な魔力があり、魔力が暴走しないように制御するための腕輪だと言われ、それ以来ずっとつけている。不思議に思ったことはなかったが、腕輪がきつくなることはなかった。クラリスの成長に合わせて腕輪のサイズが変わっているのかもしれない。


「今、金の腕輪をしているのは、陛下とクラリスだけだね」

 そう言われてクラリス同様、王も左手首に金の腕輪をしていたことを思い出す。ローレンスの左手首にはない。


「そういうことだ。あんたの魔力量は陛下に匹敵するくらい膨大で、あんたの婚約者の魔力量もそこそこ多いけど、あんたほどじゃないってことだ。だから、アタシの生徒はあんただけだろ?」

「え?」

「魔法学は別の講師がついてるだろう? 共通する科目は婚約者と一緒に学んでいる」

「ああ……はい」

 彼女の言う通り基礎的なカリキュラムは共通するものが多く、交流を図るためにも二人一緒に学んでいる。

 

「アタシが呼ばれたのは、膨大な魔力を制御する方法を教えるためだよ。制御するほどの魔力量がないボンボンには不要だからね」

 そう言うとちょっと意地悪そうな顔で笑った。要はクラリスに比べて魔力量の少ないローレンスは魔力の制御を学ぶ必要はないということだろう。


「だから、ハズレクジを引いたのはあんただって言ったのさ。次期王太子の婚約者として求められるものが多すぎる。そうだろ? 真面目にやりすぎる必要はない。上手く手を抜くんだ」

 それに反論する言葉をクラリスは持っていなかった。

 

「だからさ、この時間くらい罪悪感なくサボったって罰は当たらないよ。人生は長いんだ。ちゃんと力を抜く時間は大事だ」

 その言葉に救われた気がした。


 クラリスは確かにローレンスに恋をして溺れていた。でも魔力制御を学ぶ時間にマリー先生と休憩していることを彼に告げることはなかったし、彼女との時間を死守した。


 マリー先生はクラリスについた講師の中で一番やる気がなくて、辛辣だった。そんな彼女といる時間が一番癒されるなんて皮肉なものだ。彼女の母国のものだという素朴で力強い茶葉を使って、淹れてくれる紅茶はとてもおいしい。マリー先生との時間がその後のクラリスを守る最後の砦となった。

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