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クラリスの献身 ~私に死ねと言ったのは、あなたでしょう?~  作者: 紺青


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12. 王太子の本音

 魔法の演習場の外からは、マリー先生の鉄壁の結界のお陰でうすらぼんやりと霧がかっていて、中の様子は窺えない。お願いしたその日の内に決行してくれるとは、さすがだ。護衛の騎士達と共にイライラした様子で待ち構えているローレンスに話しかけた。


「クラリスか。こんなところまでなんの用だ?」

「瘴気や聖女召喚の真実をローレンス様はご存知ですか?」


 今頃、認識阻害の結界の中ではマリー先生が聖女様に瘴気を浄化する方法をレクチャーしているはずだ。あの聖女様相手にさすがのマリー先生も長時間は持たないだろう。いきなり本題から入ることにした。


「知っている。王族しか知らないはずだが、クラリスはなにを知っていると言うのだ? 巷に流れる噂話を真に受けるなよ」


「ああ、王太子をたぶらかして、一向に瘴気を浄化する旅に出る様子がないって噂ですか?」


「クラリス!!」


「真実を知ってなお、彼女を愛し娶ると覚悟を決めているのでしょうか?」

 怒鳴ってもひるまず凪のようなクラリスの目を見て、彼の目がわずかに泳いだ。


「この国にとって今一番大事なのは、瘴気を浄化すること。それをできるのはクミしかいない。すなわち召喚された聖女様が一番大事なのはわかるな? 瘴気を浄化した暁には、クミを正妃に迎えるのは決定事項だ。私の判断ではない」

「なるほど」


「クミは純真で、これまでの聖女様とは違うとだけ言っておこう。そして、彼女を愛してしまったのは事実だ」

「そうですか」


「大丈夫だ。クラリスに毒杯など授けない。君は側妃としてこれまでと変わらず努めてくれればいい」

「側妃?」


「王族の義務だ。父は母を愛するあまり放棄したけど、そんな愚かなことはしない。王族の妻となるなら、夫を他の者と分け合うことは仕方のないことだ。王太子妃教育でも習っただろう? 王の妃となる者の役割は魔力の多い子を生むことだと」

「なるほど」


「クラリス。嫉妬で判断を狂わせるな。聖女様に手を出したら、さすがの私も庇えない。きちんとクラリスのことも大事に思っている」

「そうですか」


 そこへバタバタと足音を響かせて聖女様がやってきた。解かれた結界の向こうであきれ顔のマリー先生が佇んでいる。クラリスに向かってお手上げのポーズをするので、お礼の気持ちを込めて頭を下げた。


「ローレンスさまぁっ!!」

 飛び込むように抱き着く聖女様をローレンスは危なげなく抱き留めた。


「ひどいんです! あのお婆ちゃん、わたしに瘴気を浄化しろって言うんです! 瘴気ってなんですか? 私にしか浄化できないってどういうことなの?」

 泣きながら震える声で彼に訴える。ローレンスの顔が苦し気に歪んだ。


「すまない、クミ……。でも、この世界に瘴気が広がっていて、クミにしか、聖女様にしか浄化できないのは事実なんだ……」

 クラリスが驚いたのは、聖女様が瘴気を浄化することを拒んだからじゃない。

 二カ月間べったりと張り付いていたのに、聖女様の役割や瘴気のことを彼女に一つも説明していないことが明らかになったからだ。


「そんな! 怖いよ! そんなことしたくないよ! だって私、平和な国に住んでたんだよ? 瘴気なんて知らない! 無理だよ! だって、クミ死んじゃうかもしれないんでしょ?」


「一人では行かせない。私も共に行く。それでも無理か?」


「酷い、酷い……こんなのただの誘拐じゃない……理不尽だわ……家族も恋人もいたのに……帰りたい……」

 ローレンスの胸でただぐずぐずと泣きじゃくる聖女様を見て、クラリスは肩をすくめてこの場を立ち去ることにした。


「元の世界に帰してよー!! ローレンスさまぁ!!」

 荒涼とした魔法の演習場に聖女様の悲痛な悲鳴が響き渡った。


「……クラリス」

 ローレンスが聞いたこともないくらい低い声で自分を呼んだ。足を止めて振り向くと、彼は聖女様をきつく抱きしめて決意を秘めた顔をしている。嫌な予感しかしない。


「クラリス。クミがこんな不安定な状態で瘴気の浄化の旅をさせることは酷な話だ。だから、君の考えた方法を取ろうと思う。陛下には私から話を通す」


「私の考えた方法?」


「この世界の異物をはじく結界を国を覆うように張る。魔法陣はできあがっていて、必要な魔力量の計算はできているのだろう? 準備に必要なのは、結界の魔法陣と媒体となる魔石。魔力供給できれば、その結界を維持することができるのだろう? それともこの話は私の気を引くための作り話か?」


 ――それは、いつの話ですか?

 もう残っていないと思っていた感情が揺れる。腹の奥でゆらゆらと怒りの炎が燃え始めた。


 聖女召喚を防ぐためにした話だったのですが?

 聖女様のためなら、おざなりに聞きながした話を引っ張り出してくるのですね? 


「また、魔法師の方を犠牲にするのですか? 魔法師団も黙ってはいないと思いますよ?」


 聖女召喚の魔法を行使した時に、五人の優秀な魔術師が一気に限界まで魔力を放出したため、再起不能となった。一命は取り留めたが魔力器官が壊れ、もう二度と魔力を貯めることも魔法を使うこともできなくなったという。未だに意識の戻らない者もいる。


 そこまで犠牲を払って召喚した聖女様が瘴気を浄化するのを拒んだので、結界を張りますと聞いて、協力してくれる人間などいるだろうか?


「そちらについては当てがあるから大丈夫だ。聖女様の身柄は神殿のもの。あまり知られていないが、上級神官は魔力量が多くないとなれない。彼らに協力を要請する。魔法師と違って魔力がなくなっても彼らなら問題がない。聖女様の不安を説明すれば協力を得られるだろう」


「そうですか」


「クラリスは、魔法師団と協力して結界の魔法陣の準備と魔石の準備を頼む」


「ローレンス様、私、瘴気を浄化しなくても、ここにいていいんですか?」

「大丈夫だ。クミを一人になんかしない。いるだけでいいんだ」

 存在を忘れていた聖女様がローレンスを見上げる。彼女はここ最近、異世界の服を手離したがドレスを嫌がり、軽い生地の膝丈のワンピースを愛用している。密着する二人をこれ以上、視界に入れたくなくて返事もせずに背を向けた。



 その日、クラリスの中のローレンスへの思いは全て消えた。

 愛情もどこかに残っていた縋るような気持ちも、家族のような幼馴染としての情も。蝋燭の火がふっと消えるように。ひっそりと音もなく。


 ああ、おかしい。

 彼は可愛いと何度も言ってくれたけど、好きだとも愛してるとも言ったことなんてない。案外正直な人なのかもしれない。思い返せば、クラリスも愛の言葉を告げたことはなかった。それが二人の関係をあらわしている気がした。


 それに、彼のお願いはたくさん聞いたのに、私の話もお願いも聞いてくれたことなんてないじゃない。本当に愚かで哀れな女。


 もう、クラリスの目から涙がこぼれることはなかった。


「魔法って便利ね」

 火の魔法を発動させると、彼と初めて会った日にもらったアネモネを押し花にして作ったしおりと花束を束ねていた青いリボンを燃やす。魔法の炎の調整は完璧で高い火力により灰すら残らず一瞬で燃やし尽くせた。


 クラリスはその日、青の宮に設えらえた自分の部屋を綺麗に片付けて、元々使用していた黒の宮の客間へ移った。部屋に備え付けられた机に彼から贈られた薔薇の香水だけを残して。



 ◇◇



 聖女召喚から三カ月の月日が経っていた。ローレンスがあの日言ったことは本気だったようで、聖女様が瘴気を浄化する旅に出る気配は一切なかった。


 ローレンスの指示通り、魔法師団でクラリスの考えた結界魔法について話すと、やはり魔法陣と魔石の準備には協力するが、魔力供給は一切しないと言われた。しばらくはクラリスも一緒に準備に奔走していたが、ある日突然来なくていいと言われた。なにもかもがどうでもよくなっていたクラリスは、それを気にも留めなかった。


 これまでのように、通常業務を淡々とこなした。

 王妃教育、自分や王妃の仕事、王太子の通常業務。

 聖女様がいつまで経っても、瘴気を浄化する旅に出ない上に瘴気が増殖していて、再び地方からの嘆願や要望の書類が山のように積まれるようになった。

 

 クラリスは最低限の食事と睡眠を取る以外は、仕事に没頭した。ローレンスが放り出した瘴気対策のために、文官たちと国中を走り回った。もう、マリー先生とお茶をすることも、アンブロワーズの部屋へ足を運ぶこともない。


 そんな毎日を繰り返して、早く自分の感情が擦り切れてしまうことだけを願っていた。

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