00-09 不測の事態
彼の横っ腹を狙い翔ぶ白い影。
「リック! 避けろぉ!!」
俺の叫びに呼応するかの如く、三番機後部の推力偏向ノズルが限界まで下を向く。加速しながら黒鳶は急上昇していく。追い縋ろうと先端を上げた追尾ミサイルは、しかし誘導限界を迎え、北東上空へと飛び去っていった。
〈ウッハハ! 空が灰色に見えるぜチクショウ!〉
リックの興奮した様子が無線から伝わる。あれだけのハイG機動だ、グレイアウトしても不思議じゃない。
〈ブラックアウトしなかっただけ上等だ、ヒヨコ〉
クランプ隊長は軽い口調で褒めつつも、空に残る細い雲を逆走していた。
[方位225にミサイル搭載車輌を確認。距離——]
〈了解。俺がやる〉
AWACSの通信に被せて言う。彼なりの、「もう視認した」という意だろう。
直後、二発目が発射。標的は、隊長機。正面から迫る対空兵器を、親鳥は見惚れるほどに美しい螺旋機動を描き、難無く回避する。
〈発射《FOX2》〉
見下げる姿勢で撃ち出されたミサイルが、対象へ真っ直ぐ翔び、瞬きする間もなく火の手を上げた。
[脅威の排除を確認。よくやったヴァルチャー1]
彼の機体は、気にした風もなく、大きく弧を描いて反転する。
俺の心拍数も、ようやく落ち着いてきた。座席に体重を預ける。指抜きグローブがずいぶん湿ってしまった。
〈リック、大丈夫? 気分悪くない?〉
〈平気平気ィ! まだ料理も残ってんだ、休んでられるかよォ!〉
心配するグレアと息の上がったリックの声。
〈ミナトォ!〉
不意に彼が俺を呼ぶ。ゆっくりと星付きミルバスがこちらに飛んで来る。
〈お前の爆装、残りいくつだァ?〉
「え? あと3だけど」
〈勝った! 俺あと2だぜェ!〉
ヒャッヒャッ、と笑い声を上げている。コイツはほんと、能天気というか、楽観的というか……。俺の緊張を返せってんだ、まったく……。
[警告!]
反射的に、操縦桿を強く握る。この短時間の内に、その四音がもうトラウマになりそうだった。
[敵機影を探知——二機! 方位、315。ヴァルチャー2、正面だ。警戒しろ]
チラとHUDに目を遣る。AWACSの掴んだ情報を元に、敵機との距離が表示された。まだ10kmは先にいる。画面端、作戦の経過時間は、三分未満。
——五分は大丈夫、じゃなかったのかよ隊長!
[速いぞ。マッハ3以上で急接近中!]
聴いた瞬間、過去にこなした無数の訓練のひとつと、現在の状況が無意識に合致し、勝手に身震いが起こった。
——ビーッ!
『ミナト——』
フォーラの指示するより早く、俺は操縦桿を手前に引き倒した。
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【用語解説コーナー】
ブラックアウト
:身体に大きなGが掛かる事で起こる、
視界が暗転する現象。
脳へ充分な血液供給が出来なくなるのが原因。
失神する可能性もあり、非常に危険な状態。
グレイアウトはその前兆として起こる、
一時的な色調の喪失や、視野狭窄など。
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