悠の記憶
悠は、過去の記憶に思いを馳せた。
あれは、300年ほど前のことである。裕福ではなかったものの、武士の家の次男・雄吉として生まれ不自由なく暮らしていた。そんな中、ある事故が起きた。
その日は、強い季節風が吹き、空気が乾燥していた。近くの屋敷から火災が発生した。おそらく、出火元は当時の暖房に使う火鉢である。火はあっという間に広がり、雄吉の屋敷も全焼した。雄吉は何とか逃げることができたが、両親と兄を失ったのだ。その時、雄吉は13歳だった。
失意のどん底で、焼けた屋敷にうずくまり数日が過ぎた頃だった。このまま、自分も死んでしまうのだろうと絶望していた。そんな時だった。
「雄吉か?」
目の前で自分の名前を呼ぶ者がいた。雄吉が見上げると、当時にしては大柄な男が驚いたような顔をしている。
「はい。雄吉です。あなたは?」
雄吉が尋ねると、
「京之助だ。分かるか?」
雄吉は、その男が誰だかすぐには分からなかった。京之助が、父親同士が兄弟で随分と昔に会って以来だと説明した。この状況を聞きつけ、様子を見に来たようだった。生きる気力を失った雄吉を、京之助は自分の家に連れて帰った。
京之助の父親は3年前に亡くなり、雄吉は京之助が当主となっている屋敷へ招かれた。京之助は結婚したばかりで、そこには妻のアサがいた。そして、アサに美味しいご飯を振舞われた時、雄吉は号泣した。あの時のアサの優しい笑顔は今でも忘れられない。
「雄吉、これからはここがお前の家だ」
京之助に言われ、また雄吉は号泣した。
「辛かったな。雄吉。もう泣くな」
雄吉は、京之助に肩を抱かれ暫く泣いていた。
当時、京之助は20歳。アサは16歳だった。
京之助も雄吉も武士の家系だったが、京之助の家系の方が格段に身分が高かった。そして、京之助は武術にも学問にも秀でていて、雄吉は尊敬し憧れていた。
京之助は、雄吉に惜しみなく武術や学問を身に付けさせてくれた。京之助は事あるごとに雄吉を側に連れて歩き、ほぼ一緒に過ごしていた。妻のアサよりも長く側にいたかもしれない。
それから2年の月日がたち、アサが男児を出産した。名前は歳一という。京之助も雄吉も、とても喜んだ。
歳一は、雄吉に懐き兄弟のように過ごしていた。
そして、その2年後にはアサが女児を出産し名前は琴という。本当に可愛く、雄吉は大切にした。
京之助とアサは2人の子供に恵まれたが、雄吉にも変わらず愛情を注いでくれた。その恩は一生忘れられない。
この幸せがずっと続くと信じていた時だった。京之助が流行病にかかり床に臥せってしまった。当時、その病で多くの人が亡くなった。京之助も寝込んで数週間たち、ついに亡くなってしまった。享年30である。
とても悲しく辛かった。しかし、雄吉は京之助に対する恩に報いようと誓い、歳一が立派な当主になるまで面倒をみようと決めた。そんな矢先、歳一までも病にかかり亡くなってしまったのだ。
雄吉は悲観した。なぜ自分でなかったのか。それ以上にアサの悲しみの大きさは言葉では表せない。
そして、アサと娘の琴は実家に戻り、雄吉が京之助の屋敷を守ることになった。