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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第3章・悪童の悪知恵
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第21話

 フレイザーズ・グァイリスクラブの主な事業はプロ選手の育成と指導である。もっとも、在籍するプロは僅かに5名、一流のトレーナーと充実した練習設備があってもクラブとしてはまだまだ駆け出しである。

 学生リーグに出場する若者達の方が人数としては多く、プロのクラブと言うよりは、ジュニアクラブ、ユースクラブといった雰囲気だった。


 午前から夕方までが学生がメインに練習する時間であり、プロ選手らは夜にやってきて各自の練習をするのがここでの時間割となっている。全員3級ということもあって競技一本で食べていくことは難しく、それぞれバイトなどが終わってからトレーニングを開始するのだ。華やかなスポーツ界も底辺は世知辛いもので、余程の才能が無ければ多くの者が下積み時代を経験することになる。


「2人とも、デビュー戦勝つなんてやるじゃ~ん!」

「あったり前だぜ! 俺にかかればこんなもんよ!」

「ギリギリだったのによく言うよ……、まぁ僕もそうだけど」


 良くも悪くも、プロたちの苦悩を知らない若者達は今日も元気な声を上げていた。


 その中、ふわふわカールの茶髪少女エイダがポンと手を叩く。


「そういえば、2人がレースでいない間に新人が来たよ~、ほらあそこ!」

「お、黒髪銀目! ユオって言ったっけ、結局ウチに入ることになったのか!」

「ブラックさんと揉めていたからもう来ないと思っていたよ」

「そうだ! 俺たちアイツと勝負してたんだった! 俺たちがレースで勝ったら謝るって話!」

「勝負なんてしてたっけ……。僕たちの本気を示すとかそういうのじゃなかった?」

「なんでも良いんだよ! 勝ったこと報告して俺たちを馬鹿にしたこと謝らせてやる!」

「あ、ちょっと……ラルフは喧嘩っ早いなぁ……」

「面白そうだから私も見に行こ~」


 競技場入口の手前に設置されたベンチの上にサングラスの男が寝転んでいた。傍らに立つユオが顎を引いて見下ろしている。


「ユオちゃんやほ~」

「あ、シャーガーさん……こんにちは……そちらのお二人は……」

「こっちの赤髪の馬鹿そうなのがラルフで、こっちのメガネがニックね」

「馬鹿そう、はお前の感想だろうが! ったく……ラルフ・ブライアントだ。ちなみにたった今デビュー戦を終えたばかりで圧勝だった」

「今その情報要る? 僕はニコラス・ヘイズと言います。ニコラスでもニックでもメガネでも好きに呼んで下さい」

「ユオ・アップルトンです。改めて今日からお世話になります」


 それぞれと握手を交わし挨拶を終え、4人は「さてと……」と言ってベンチの男に向き直った。


 社会人としての意地なのかスラックスとネクタイ無しのシャツ姿。しかし、ラフないつもの恰好よりも今日は一段と乱れており、シャツははみ出て、寝ぐせはそのまま、髭も剃っていないようだった。

 会社をクビになって自暴自棄になったサラリーマン風である。


「やいグラサン! 言われた通りデビュー戦で勝ったぜ! これで俺たちが遊びでレースやってるんじゃねぇって分かったろ! 二度と俺たちを馬鹿にすんなよな!」

「……」


 メドハギは青い顔を晒しながら無言のまま。


「おい何とか言えよ⁉ 謝れこら!」

「や、やめようよ……ブラックさん、なんだか具合が悪そうだよ?」

「大丈夫ですかぁ~……う……」


 屈んで覗き込むように甘い声をかけるエイダが鼻を摘まんだ。


「酒臭い」

「昨日、かなり飲んだようで2日酔いらしいです……」


 メドハギを除く4人の間に微妙な空気が流れる。


「うるせぇな、クソガキ共……この苦しみは大人にしか分からねぇよ……女が金玉蹴り上げられる痛さを理解できないようにな……」


 低く呟き、メドハギはこめかみを両手で抑えてグリグリする。


「このオッサン、本当に元1級のプロレーサーなのか? なんかダメ過ぎるぞ」

「それは同意ですけど、残念ながら本当に元プロなんです……しかも最高順位は1級の2桁です」

「ぴゅう、超一流~」

「はっ、今更行儀良くしても無駄だ……いくら俺に憧れても俺は甘やかしたりしねぇからな……あ~……吐きそう」

「いや全く憧れられないんだけど、むしろ1級選手がこんな感じだって知って幻滅してるくらいだわ」

「あぁ? てんめぇ……俺のこと舐めてやがるな。いいか、お前が一生かかっても到達できない領域に俺はいたんだ。引退した今でもデビューしたばかりのガキに負けるわけねぇんだよ」


 ゾンビの如く立ち上がり、メドハギはフラフラしながらラルフの胸倉を掴む。


「面白ぇ、やってやるよオッサン!」

「あ、ちょっと待って……お……立ち上がった勢いで胃が動き始め———」


 言い終わる前にメドハギはラルフの足元にぶちまけた。それはもう盛大に。


「死ねぇええええええ!」


 そこから先は混沌だった。

 ブチ切れたラルフがメドハギを殴り、逆上したメドハギがラルフを投げ飛ばし、止めようとしたニコラスが払いのけようとしたラルフの肘打ちを食らってノックアウト、そしてその様子を爆笑しながら見ているエイダ。


 鼻筋に皺を寄せたユオが杖を振り、魔術で引き離さなければ流血沙汰にまで発展したかもしれない。


 メドハギ、ラルフ、ニコラスが地面に転がった。


「こんなんで練習できるの~?」

「一応指示はくれます……全く練習は見てくれませんが」

「午後は一緒にコール先生のメニューやる?」

「……その方が良いのかもしれません……」

「よし! 2人がレースから戻って来てるってことはコール先生も帰ってるはずだから、私ちょっとトレーナ室まで行って話通してくるよ~」

「なに勝手なことしようとしてんだ……トレーナーは俺だ。練習は俺が見る……」


 それならもう少しトレーナーらしく振舞えば良いのに……、というユオの視線が突き刺さる。


「でも……そんな調子じゃ事故が起きた時、対応できませんよね……?」

「し、心配すんな。次の練習はもう決まってる……最も重要で勝利に必要な練習だ……」

「ちゃんと考えてあるんだぁ」

「そ、それは……」


 ユオがごくりと喉を鳴らす。


「……卵、ケチャップ、ウスターソース、酢、胡椒を買って来い」


 ユオが再び鼻に皺を寄せた。


「あははは! 酔い醒まし(プレーリーオイスター)ですねぇ~」

「シャーガーさん、行きましょう。早く練習したいです」


 にべも無くユオがスタスタ行ってしまう。


「ま、待て! あああれだ! 全部揃えるの面倒くさいんだったらミソスープでも良いから! ちっちゃい貝が入ってる奴な! なんとかって言う成分がすごく効くらしい!」

「ここら辺に東方料理の専門店なんて無いですよ~」

「……ミソって何ですか?」

「大陸東の方にある国の調味料だよ~、確か~大豆を発酵させて作るとか~」

「そんなもの、どこで手に入るんですか……」

「ね~♡」


 トレーナーとクラブ仲間2名を置き去りにして二人はどんどん離れていった。


「ていうかぁ、アイツらも私もユオちゃんとタメなんだし敬語やめようよ~! もう同じクラブの仲間なんだし!」

「は、はい……あ、えと……うん……エイダ……さん?」

「あははは! まだ厳しいかぁ~! ゆっくりで良いよ~」


 ……。


 離れ行く教え子の背にメドハギは精いっぱい叫ぶ。


「誰かぁ! 助けてくださああああああああああああい!」


 突っ伏したニコラスが顔だけをメドハギに向けて呟いた。


「水……買ってきましょうか?」

「あ……マジで? ニコラスって言ったか、お前良い奴だなー」

「ニック、俺にも水……投げ飛ばされて口に砂入った……すんげぇジャリジャリする」

「ラルフ……すまねぇな……大人げなかった……」

「いや、良いっす……俺が先に殴ったっすから……それに」


 ラルフは最後にこう付け足した。


「なんか馬鹿らしくなったっす……」


 女同士、男同士、少しだけ絆が深まった昼休みであった。


 ×××


 昼休みのトレーナー準備室。練習生と同様にトレーナーと職員らも休憩時間である。無機質な事務机と椅子、ファイルを収納する棚が並んでいる。どこにでもある事務室の光景。変わったものと言えば、レース関係の雑誌がたくさん置かれていることくらいだ。


 キィ、と事務椅子を鳴らして背もたれに体重を預けたクリスがため息をついた。


「……すまんな、そんなことがあったのか」


 いつもは頼りになるはずのジャージ姿が萎れていく。

 そんな姿が新鮮なのか、エイダが笑いを堪えていた。


「後で俺からきつく言っておく。それで、ラルフ君とニコラス君は大丈夫なのか?」

「全然大丈夫ですよ! ラルフは頑丈だし、ニックも顎を打たれて瞬間的に足にきただけだと思いま~す」

「そうか」


 休憩時間だというのに、クリスの机の上には沢山の資料が並べられている。おそらく選手達のタイム表等、レースに関する物だ。

 昼食と思われるサンドイッチも置かれてはいるが、一口齧っただけで放置されていたのか乾いている。


(同じ元プロのトレーナーなのに、こうも違うなんて……)


 ユオは昨日の喜びや感動を返してほしいと思った。

 メドハギを信じる、否、信じてみたいと思ったのは自分だが、あの様を見せつけられては信たくとも信じきれないではないか。

 早くも不安を感じていた。


「あの……ハリントン先生から連絡は……」


 今日から始まった練習だが、このクラブとの契約関係は正常なものではない。朝早くこの事務所を訪ねたユオは手続きの書類にサインをしたものの、今まで所属していた学校のクラブとの関係は何も変わっていないのだ。

 脱退手続きをしたわけでもなければ、退学したわけでもない。結局、二重所属の状態ではないか、と思う。

 加えて、ハリントンがどうにかする、という曖昧な結論で昨日は解散してしまった為に、ユオの心を占める問題は未だ多い。

 だが、そんな心理は看破しているのか、クリスは微笑んで、


「大丈夫だ。連絡はまだ無いが、ハリントン先生は適当なことは言わない性格だ。何か上手い手があるから君をハギに預けたんだと思う。君は何も心配せず練習に励むと良い」


(すごい安心感……)


 大人とはこうあるべき。そんな頼りがいを感じさせる態度に強張ったユオの肩が緩む。


「昼休みが終わってまだ奴がダウンしているようなら、午後の練習は俺が見ると約束しよう。ユオ君のスタイルは俺にとって興味深いのでね」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあねー先生!」

「あぁ、それとな」


 腕組みをしたクリスが、今度は目を合わせずに言う。


「ハギはいい加減な男だが、あれはあれでストイックな面もある……。クラブでの練習は嫌ってサボるくせに自主練習は欠かさなかった……あー……うん、つまりだ。奴が酒を飲む時は何か特別なことがあったってことさ」

「特別……」

「そして、二日酔いになるまで飲む日は決まって『嬉しい事』があった時だ。2級に上がった時などはそれはもう凄い夜だ———しまった……あの時は未成年だったか……すまん、忘れてくれ」

「!」


 そう言うとクリスは資料に視線を落とした。


「どういう意味だろ? ま、私たちは戻ろうか~」

「はい」


 だが、最後。「忘れてくれ」と言ったクリスは片目だけを瞑ってユオの方を見ていた。


「ハギさんが待っています」

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