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黒髪エルフのサングラス  作者: 石野舟
第2章・ナイフ耳を包み隠す
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第20話

 メドハギは振り向かないまま、ドアの前で立ち尽くす。

 少女の声が震えていた。

 それは晴れ間の雷みたいに突然で、激しいものだった。


「わ、私も、あなたが言うような『雑草』です! 踏みつけにされて邪魔者扱いされるただのエルフ! 学校のほとんどの人が私を奇妙な目で見たり、腫れ物のように扱います……でも……でも、あなたは違いました……っ!」


 必死に言葉を手繰り寄せるようだった。


「あなたは私を、一人の人間として見てくれた! 黒髪のエルフでも銀の瞳も関係なく、一人の人間として、選手として……それに…………」

「おいおい、昨日と違って随分しおらしくなったじゃ———」


 言いかけたメドハギの唇が固まる。

 振り返った先にいたのは一人の少女。エルフとか、銀の虹彩とか、特待生とか、そんな『特別なもの』では無かった。迷子のように不安そうな顔で泣く、ただの女の子だった。


「あなたは私の事を知りたいと、そう言っていました。知らないから知りたいと……意味が分からなかった、でも今は違いますっ……わ、私も……あなたを知りたい、です!」


 目尻から零れた涙が真っすぐ頬を伝って落ちる。


「メドハギ・ブラックという選手について、調べました……どんな成績だったのか、どんなレースをする選手だったのか、学校での様子やファンへの対応まで、調べられる限りのことを知りました……」

「……っ」


 調べられる限りのこと。その言葉を聞いた瞬間、メドハギの胸の内に得体の知れない悪寒が広がる。どこまでだ、と。


「引退理由の噂も聞きました……」


 鼓動が跳ね上がり乾いた笑いが零れた。


「はは、どう思ったよ。栄光の1級選手がシャレにならない犯罪者と知った感想は? ビビったか?」

「腹が、立ちました」


 それはそうだろう、とメドハギは思った。

 格式高い外套競争グァイリスのプロ選手は子供や目指す者にとっての憧れであり、模範となるべきアスリート。過去を隠してファンを欺いて良いわけがない。エンタメで飯を食っている身分の者としてその責任は絶対的なものだ。

 相手選手を挑発しても、過激な発言をしても、私生活がどれだけ荒れていようと、競技には関係が無い。しかし、プロスポーツ選手はファンが応援してくれるおかげで生活ができているのだ。ファンだけは蔑ろにしてはいけない。


 自分は彼らを裏切った。

 夢を約束しながら、中途半端なところで全てを放り出した。たとえそれが不本意な事態であっても、彼ら(ファン)に説明することをしなかった。


 プロ失格に他ならない。腹を立てられて当然だ。


「あなたが悪いと決めつけて、寄ってたかって非難するなんて、そんなの……酷すぎます」

「あん?」

「きっと何か事情があったんですよね……それなのに、まるで最初から存在しないみたいに不当に扱って……心底腹が立ちました」


 この子は本当に優しい。優し過ぎると言っても良い。

 若さ故か、無知故か。汚れた大人の瞳には眩し過ぎる程だ。


「先生、私は……私は……」


 潤んだ瞳は力強く、輝きを放ち、まるで固い決意をそのまま表しているようだった。メドハギだけではない。きっとハリントンだって彼女のそんな顔は見たことが無いだろう。

 そして彼女は、緊張を押し殺すような震えた声で、必死になって訴えるように言った。


「この人と一緒に、復讐がしたいです!」


 復讐、その一言にメドハギはハッと声を漏らし、ハリントンは口をあんぐりさせる。


「惨めな想いはもう嫌、レースで勝って周りを見返したい。勝って、自分とブラックさんのやってきたことを認めさせたいんです! それに、私は弱いままの自分を許せない……許したくないんです……この人と一緒なら強くなれる、そんな気がするんです!」

「……復讐、ですか」


 複雑な表情のハリントンが呟いた。


「奇妙な言葉選びですね。あなたの言うそれは復讐と言うよりも、自己実現と言った方が正確でしょうに……まぁ、強い言葉を使うのはそれだけ想いが強いことの証明ですが……かつて、あなたと同じようなことを言った生徒がいたことを思い出しました」


 言いながら彼女はそっと瞼を閉じる。


「多数の生徒から嫌がらせを受け、まともな学園生活を送ることさえ難儀していた生徒でした。生意気でヤンチャで、教師の言う事なんてまるで聞かない問題児……でも何故でしょうね、長年教師をしてきた中でも彼は最も強く記憶に残る生徒の一人です」


 片目を開けてチラリと覗き込まれたメドハギはバツが悪そうに唇を尖らせた。


「復讐……、一見ネガティブにも思えるその言葉を彼はいつも口にしていました。それも心底楽しそうに、夢中になって遊ぶ子供のような純粋な表情かおで……」


 瞼の裏に広がる記憶と感情、メドハギにはそれを知る術はない。何かを深く考え込む様子のハリントンをメドハギは見つめた。


「アップルトンさん」

「は、はい」


 ハリントンの落ち着いた態度で我に返ったのか、ユオの声が上ずる。


「グラスロードカップの優勝会見を見たのですか?」

「へ……いつのですか?」

「……知らないようですね……」


 メドハギは、戸惑った表情を浮かべるユオの頭に手を置いてクシャクシャにした。


「ハリントン、もう決まりだ。こいつが俺の会見での発言から引用するなんて打算的な真似するわけねぇよ。これはこいつの言葉で、こいつの復讐なんだ」

「え、ちょ、何するんですか」


 大型犬を愛でるようにユオの髪をワシワシ撫で続ける。

 何故だか急にそうしたくなったのだ。


「スポーツ特待生を外部のクラブに預けることの非常識さを、あなたは理解しているのですか?」

「まぁそれなりにな。でも、あんたのことだ、どうにかしちまうだろ? 俺がサングラスを着けっぱなしで授業を受けられるようにしてくれたこと。16歳でのプロ挑戦を他トレーナーに説得したこと。批判ばっかりだった俺の飛行スタイルを続けさせたこと。全部どうにかなっただろ」


 まったく、と呟いて額に手をやるハリントンを見て思わず吹き出す。


「あ、あの、一体何がどうなって……」

「言い訳は婆さんが考えてくれるってよ。お前は思う存分飛べば良いんだ」


 途端にユオの潤んだ大きな瞳が明るく見開かれる。


「ほ、本当ですか⁉ ハリントン先生!」

「とりあえず、です。確定ではありませんのであまり喜び過ぎない様に。クラブだけでなく学校運営側との相談もありますから」

「や、やった! やったやった! 私、頑張ります!」

「お、おう」


 鼻息荒く、拳を握って喜びを爆発させるユオ。その純粋ぶりに若干戸惑ったが、彼女の年齢を考えればこちらの方が素であると納得できた。


「俺の練習は厳しいぞ。後悔しても遅ぇからな?」

「臨むところです。私を舐めてるあなたにも復讐してみせます、ハギさん」

「面白れぇ、金玉縮み上がるくらいのメニューを組んでやるよ」

「あの……私、それ無いんですけど……」


 黒髪のエルフとサングラスの青年。奇妙な師弟が飛び上がる。ポジティブな復讐を胸に。


 ×××


「メドハギ・ブラック」


 すっかり夜になってしまい、詳細は後日ということで3人は解散することになった。

 軽快なステップで部屋を出ていくユオに続いて、メドハギも部屋を後にしようとした時、ハリントンに呼び止められた。


「結局、その無粋な板はあなたの目を覆ったままなのですね」

「……復讐には相当な労力が必要でね、10代の頃には有り余っていたはずの力がすっかり枯れちまったのさ」

「枯れたつもりになっているだけではなくて? まだそんな歳でもないでしょうに」

「……」


 ピクリとメドハギの眉が動く。


「しおれて枯れたように見えても、条件さえ整えば、花は再び咲き———」

「やめてくれ」


 メドハギは言葉を遮ると、おもむろにサングラスに指をかける。そして、その手を胸に置いて言った。


「今日はありがとうございました。あんたじゃなきゃ今日の結果は無かった。ユオも俺も目標を失っていたかもしれねぇ……、この礼はいつか必ず返す」

「えぇ……願わくば彼女とあなたの勝利、と言う形だと文句なしです」

「約束する」


 サングラス越しではない。メドハギとハリントンの視線が直接ぶつかる。


「ハギさん?」


 廊下の先からユオの声がする。

 メドハギは、闇のように真っ黒な瞳を再びサングラスの奥にしまい込んだ。


「おー今行く。じゃ、ハリントン教諭」

「えぇ、今度は正面から堂々と訪ねてきなさい。お茶を淹れますから」


 部屋を出ていく直前に見えた、悲しいような悔しいようなハリントンの瞳が彼の胸を締め付けた。


「…………ちっ」

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― 新着の感想 ―
序章から第二章まで読ませていただきました! 人々の体内に魔術路があり、魔法のマントでレースをするスポーツがあるというのがとても独創的だと思います!スポーツと言うからにはルールなどの設定を細かく決めな…
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