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ひかりのしごと  作者: 遠野なつめ
第三章
22/30

相部屋にて

拠点に帰って食堂に行くと、夕食の献立はオムライスだった。ケチャップライスの中に鶏肉ときのこが入っていて、訓練でお腹を空かせていた千裕は機嫌よく食べた。好き嫌いやアレルギーは特になく、食材の中では卵を好む。


いつもの壁際の席でお茶を飲み干し、ごちそうさまでしたと伝えて返却口に食器を返す。


夜中の気配の件で、千裕は部屋を移ることになった。誰の仕業なのかこの目で確かめられていないが、夜の間に部屋を覗けるのは前線の人間だけだろう。


荷物をまとめるために自分の個室に戻ると、通路に陽子が立っていた。千裕を後方の相部屋まで案内するために来たという。こんなところで会うとは思わなかった。


4人部屋を食堂のスタッフ2名と自分で使っており、ちょうど1人空きがあったんだ、と陽子は話した。


陽子を扉の外で待たせて、作戦の資料や服をリュックに詰めて背負い、ブレードを前に抱えて部屋を出た。何度も往復するのは面倒なので、一度で済ませようと思ったのだ。


陽子は「ちょっと手伝う」とリュックに手を回して、重さにうんざりした様子だった。


「こんなのよく持てるね」

「前と後ろの重さが一緒ぐらいなので」


前後のバランスが取れて楽だと答える千裕に、陽子はただ呆れていた。



後方のメンバーの階に行くと、オレンジの作業服と私服の人が交じっていた。その日の仕事が済んだり非番だったりする人は私服で過ごすのだ。


前線の階はなんとなく殺伐としているが、後方の階はもっと雑多で生活感がある。食堂や浴室がこの階にあるからかもしれないし、いろいろな役割の人が集まるのも理由だろう。


陽子の示した部屋に入ると、2段ベッドが2台あって、ベッドの柵に服が引っ掛けてあった。一方は食堂のスタッフ2人が使い、もう一方を陽子と千裕で使うという。お菓子の入った紙袋を少し寄せて、空いた場所にブレードを立てかけた。


食堂では夕食の片付けをしていて、しばらく陽子と千裕は部屋で2人になった。


荷物を整理しながら近況を話していたが、千裕がベッドの梯子を上りかけたところで、陽子が口を開いた。


「恋バナしていい?」

「話すことないんで、聞くだけなら」


陽子は千裕に「上で寝てて」と促して、自分は下の段に腰掛けた。


「眠かったらそのまま寝ていいよ。千裕さんもよく知ってる人の話」

「誰ですか」

「当ててみて」


性別を尋ねると、男だという。

千裕がよく知っていると言える人間はだいぶ少ない。陽子と共通の知り合いで男性だといえばなおさらだ。


「木原さんですか」

「違う。あんな怖い人」


否定する陽子の声には笑いが交じっていた。


「その人は“同志”ですか」

「うん」

「地下にいる?」

「今はね」


「ブレードを使う?」


まだ名前を言っていないのに、陽子は声を潜めて「正解」と答えた。


あのひとと関わるとイライラする、と陽子は言った。


「イラつくってのは違うか。このへんが痛くなる」

「このへんって」


ベッドの上段にいる千裕からは陽子の姿が見えない。言葉だけではどこが痛いのか分からなかった。


胸がぐっと押される感じで息が苦しくなる、と陽子は説明した。


「千裕さんが来るより前に“彼女はいるの”って訊いたことあるんだけど」

「どうでしたか」

「いなかった。シャドウが根絶されるまで誰とも付き合わない、だって。ほんと嫌になる」


いっそのこと「お前なんかタイプじゃない」と切り捨てられるか、他に彼女がいるのなら納得するのに、と。


陽子は草平への不満を一通り述べた。

陽子をあくまで同志だと言い張って「山上」と呼び続け、ひとつ屋根の下にいても一向に手を出してこないうえ、自分の命も顧みずシャドウの根絶に執着する。


そのくせに、手料理で胃袋を掴んだり、濡れて帰ったときに玄関でバスタオルを差し出すようなことをする。


「草平くんはみんなに優しいからさ。あの料理を食べると、舌じゃなくて胃とか心臓とか、身体の全部に行き渡って温かくなるのが分かる。私にとって、美味しいってそういう感覚なのかもしれない」


千裕は相づちを打って、陽子の話を頭の中でまとめた。


想いを寄せる草平に前線に行ってほしくないが、彼が家族の復讐のためにシャドウの根絶にこだわるのは理解しているうえ、今の陽子は連絡役として人を引き入れる立場にいる。


止められずにここまで来てしまった今、草平が生きて戻ることを祈るしかないのだ、と。


「なんであんなまともで良い人がライトワーカーに来ちゃうかなあ。他で働けばいいのに」

「陽子さんが誘ったわけじゃないんですか」

「私が入ったときには既にいた。1歳差かな」


少しの沈黙があって、陽子は千裕の名を呼んだ。


「一緒に前線に行くのなら、まともな草平くんをよろしく頼む」

「善処します」


任せろと言える立場でもなく、皮肉めいたことを訊いてしまった。


「私はまともじゃないですか? 陽子さんから見て」

「まともじゃないね。いい感じにぶっ飛んだ良い子」


陽子はその流れで、千裕にとって興味深い話をした。


「千裕さんみたいな体質の人は、何年かに一人いたんだけど。ちゃんと訓練を受けてここまでたどり着くのは結構珍しいよ」


周りよりも身体能力や体力が優れていて、シャドウにある程度の耐性を示し、身元がよく分からない人間。ライトワーカーは数十年前に発足してから、千裕のような体質の者を見つけては戦力として引き入れてきたという。


元々の数が少ないうえに、ライトワーカーが把握できないまま社会を漂った者もいるだろう。

陽子が会って話したわけではないが、古い記録を通して何名かの動向を知っている。


──その人たちも、他の世界から飛んできたのか。


千裕は梯子を下りて、陽子の姿を見ながら話を聞いた。


「その人たちはどうなったんですか」

「あんまり良いもんじゃない。当局と抗争になって銃弾で蜂の巣になったって記録がある」

「……当局がそんなに銃を撃ったんですか」

「そう」


陽子はまだ生まれていないが、発足した頃は社会情勢が荒れていて、ライトワーカーと治安当局は激しく衝突していた。その頃のメンバーからすると、今のように当局と手を結ぶなど考えられなかっただろう。今は互いに落ち着いたほうだと陽子は話す。


「あとは、仲間内の揉め事でブレードで刺されたり。死亡じゃなくても、ライトワーカーの勧誘を断って極道に行ってしまって行方がわからないって話もある」


巨人を倒しに行く前に、人間同士の暴力やトラブルで命を落とした者が多い。訓練を受けて前線に行き着いたのは驚くべきことだ、という。自分が生きてご飯を食べていることの希少さを考えていると、陽子は「これは話半分だけど」と付け足した。


「銃とかブレードで致命傷を負ったとき、体が空気に溶けるみたいに消えていったんだって。もし本当ならおかしな話だね」


──自分のように他の世界から来たのなら。


元いた場所に帰っていったのかもしれない、と千裕は思った。

役割を途中で果たせなくなった者は、何らかの形で元の世界に帰される。神様には特に縁がないし意思疎通もできないが、世界の仕組みがそういうふうにできているんだろう。


かつて携帯ゲーム機で遊んだことを思い出す。ゲームオーバーした時と、ゲームをクリアした時に、同じスタート画面に戻ってきた。


だとしたら。

役割を果たした者も、元の世界に帰るんじゃないか。



そんなことを考えたとき、部屋の扉が開いて、食堂のスタッフ2人が帰ってきた。

今日も疲れたわと笑い出し、部屋の空気が一気に彼女たちの色に染まる。


紙袋から飴とチョコを掴み取ると、千裕の手に握らせた。


「……ありがとうございます」


両手にいっぱいのお菓子を、こぼさないように気をつけて受け取った。キャラメルの包み紙を剥いて口に入れる。


「ここじゃ買い物もできないから、前もってスーパーで買っといたの」

「そうよ。お菓子食べて喋るぐらいしか楽しみないもんね」

「にしてもあんたは持ってきすぎ。そんなんだから健診で引っ掛かるのよ」

「失礼ね。みんなで食べるために持ってきたの」

「千裕ちゃんは気にせず食べなさい。若いし体力勝負なんだから大丈夫よ」


マシンガントークに圧倒される千裕を、陽子は面白そうに眺めていた。


その後、食堂の2人はお菓子を食べながら、別れた旦那の悪口に花を咲かせた。耳にした限り、かなり苦労の多い人生を送ってきたらしい。


「千裕ちゃん」

「はい」

「拠点の男とは付き合っちゃダメよ。人間関係が限られてるからかっこよく見えるかもしれないけど、ろくな奴がいないんだから」


おとなしく頷く千裕に、陽子が「ほんとにろくな奴がいない」と加勢した。

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