8. 琳の武器
あはははははははは!
今日は厄日だあああああああああああああ!!!!!!!
内心やけぐそ気味になりながら、琳は化物の猛攻を避けていた。
なんで充電切れんの!空気読めよ!普通はあそこで私が覚醒して化物相手に圧倒する展開じゃないの!?
いいいいい、いや!まずは落ち着くんだ堂島琳!
焦っていては掴める勝機も逃してしまうぞ!
ここはいったん距離をとって作戦を練る……。
などという考え事をしている琳を黙って見過ごすほど化物はお人好しではない。次から次へとお構いなしに攻撃を仕掛けてくる。琳はそれを避けるのが精一杯で、落ち着いて考える隙などまるでない。
いやそもそもね? 化物相手にここまで避けれてる私って凄くね?誰か見てるならもうこの時点で褒めてほしいね私は。福田思い出してみろよ! なんかすぐやられたっぽいじゃん!
とりあえずはあれだ。あのアプリが言うには力を得るための要素はもうここに集まってて、あとは仕上げに入るだけって感じだった。だから、私が《神》とやらを呼べばそこからは成り行きでどうにかなるんじゃないか?
と、ここまでは考えたものの、それはそれで新しい問題が出てくる。
いや、そもそも強い想いで神が現れるって意味がわかんないんですけど!?
琳は頭の中で唸るが、その意味はやはりいまいちわからない。
そうして、つい考えることに気をとられていた隙を突いて化物は触手を琳の足に絡ませてくる。
「しまっ……!」
そこから次々にもう一つの足と両の腕を掴まれ琳は身動きがとれなくなった。
ヤバイヤバイヤバイ!
この状況は非常にまずい!
琳は触手を振りほどこうとしてみたが、その力はかなり強くビクともしない。
ただ相手を睨み付けることしか出来ない琳に、新しい触手が迫ってくる。
お、おいなんだよ……?食べるんじゃないのか……?
予想外の行動に琳は困惑した。
しかし次の瞬間。
触手は琳の耳や股下、衣服の内側など卑猥な箇所に忍び込んできた。
いいいいいいいい!?!?!?
やめて気持ちわるぃぃぃぃぃぃ!!!!!!
ゾクゾクゾクゾクと琳は背筋が凍る感覚を覚える。
触手の先端からは謎の粘液が染みだしていて、琳の体のあちらこちらにそれを塗りたくってくる。
この行動には意味があった。化物は捕食=丸呑みしやすいように処置を施しているのだ。
しかしその粘液には副次的な効果があった。つまりは、この粘液はいわばローションのようなものなので、そのヌルヌルとした感触で耳などを攻められると……。
「ひぅん!?」
誰だって甘い声を出さずにはいられなかった。
くっそ、こいつただのエロモンスターじゃないか!触手の時点でなんか嫌な予感はしてたよ!ってちょちょちょちょっと待ってそこはだめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?
生きるか死ぬかの状況にも関わらず、琳はまた別の、己の自尊心との戦いを繰り広げていた。
さらには触手は琳の顔面に迫って、やはり粘液を塗りたくった。そのせいで、琳の厚い化粧はぬぐい落とされてしまい、その素顔が露になる。
「おいおいおい……そういうことは流石にしちゃダメでしょーが……」
途端に、琳の声が低く冷たくなる。
素顔と同時に、琳の隠されていた凶暴な部分でも現れたというのだろうか、それまでの琳とは明らかに様子が違っていた。
「エッチするときにスッピン見たがる男っているじゃん?おまえはそれと同類か?」
化物は触れてしまったのだ。決してやってはならぬことを、化粧を落として素顔を晒させるなどという、乙女の逆鱗に、触れてしまったのだ。
「てめぇもう許さねえからなぁ!」
琳は捕らえられている右手の先を何とかして動かし、触手に思いっきり爪を立てた。
「ピギィ!?」
と、化物の悲鳴。
突然のことに右手に絡んでた触手はその拘束を緩めてしまう。琳はその隙を逃がさず右手を触手から引っこ抜いた。幸い、粘液がいい感じに潤滑油の役割を果たしていて驚くほどスムーズに抜ける。
しかし、拘束がとれたのは右腕だけ、琳は化物の拘束を抜け出したとは言い難い。しかし、琳にとってはそれで充分だった。依り代である腕輪がついた右手を掲げることが出来るのならそれで問題なかった。
つまりは琳は今ここで《神》を呼ぼうとしていた。しかし、アプリの言っていた、この場所に訪れて沸き上がる強い想いというものを琳は未だに理解していない。
「懐かしい」という想いがあるにはある。「母に会いたい」、「あの頃に戻りたい」と思わないこともない。
でも、それではダメだった。現に《神》はいまだ現れていないのがその証拠だ。そこで琳は気づいた。肝心なのは強い想いであるということに。あの頃に戻りたいなどという弱い、ネガティブな想いでは神は反応しないのだ。
だから琳は悩んでいた。果たしてそんな強い想いが今の自分にあるのだろうか、自分は強い人間じゃない。はっきり言って《神》を呼び出す自信なんてものはまるでなかった。
だが、今こうしてこの場所で化物に襲われてはっきりとしたことがある。
琳が抱いた強い想い、それは「思い出の場所を汚されたくない」というものだった。
そうして、琳は右手を高らかに掲げる。
これでダメなら私は終わりだ。
そんな覚悟で右手を挙げる。
それはあまりにも無謀な賭けだった。
しかし、琳は賭けに勝った。
瞬間、琳の体が光だし、まるでその光を恐れるかのように触手が拘束を解いた。
ただちに素早いバックステップで琳が距離を取る。
そうして化物と琳の間に立つように目の前に現れたのは一人の女性らしき姿だった。
らしき、と表現したのには理由がある。光が、彼女の姿を覆い隠しているのだ。だから彼女の姿を確認することが出来ず、辛うじて女性らしきシルエットだけが視認できた。
女が話しかけてくる。
「誰だ、我を呼ぶものは。我が力を欲さんとする者は」
「あなたが《神》か!?お願いだ!力を貸してくれ!」
「笑止、我が力を借りるなど、愚劣の極み。汝、今まさに我が力を欲さんとするならば、契りの証として名を唱えよ。崇高にて豪傑、玲瓏たる我が名を唱えよ……!」
瞬間、琳の腕輪が女と同様に光を放ち出す。
そして知るはずのない神の名が、琳の頭の中に流れてくる。
次の瞬間突き動かされるように琳は唱えた。
「うおおおお!撃ち抜け!!!《アルテミス》!!!!」
「汝の想いしかと聞き届けた!よかろう!今この時を以て我は汝の矛となり、立ちはだかる障害を撃ち抜かん!!!」
ほんの一瞬だけ、美しい女の姿が現れたような気がしたが、すぐにそれは腕輪に吸い込まれていく。
腕輪に神が宿され、光に包まれながらみるみる姿を変えていく。それは、なにやら長細い筒のような形になり、やがて光が消え、琳の両の手に一丁の散弾銃を抱えていた。
全体的にアンティーク調のデザインが施されたその銃は、銃身、引き金、持ち手、肩当て。すべてのパーツが、ごくわずかに緑がかった銀の色をしていた。
《アルテミス》。ギリシャ神話で語られる気高き狩猟の女神。それがあの女神の名であり。この銃の名でもあった。
琳はその銃を眺めた。美しい。第一の印象がそれだった。だが美しいだけではない。その銃の放つオーラは、見る者手に取る者に無限のパワーを与えるような、そんな力を持っている。正に崇高にて豪傑、玲瓏たる姿をしていた。
「そしたら、見た目だけじゃないってところ、見せてもらうよ!」
琳はそう言って、慣れない様子で銃を構えた。これも神の力なのか、銃と言えど基本的な使い方は分かるようになっていた。
引き金に指を掛け狙いを定める。
スゥーっと息を吐くように引き金を引くと、魔力を帯びた銃弾が静かな銃声を上げて放たれた。
琳は処女です。




