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第九幕『その日、距離は縮まる』

 紅葉の時期になると、四人で紅葉ツアーに出かけた。女子というものは流行りの店を見つけてくるもので、色々な店に連れて行ってもらった。

 本来なら僕がエスコートするべき役だったのかもしれない、とも思う。しかし、そういうたちではないのだ。

 三十路過ぎ独身の理由がわかる一端だった。

 そして、冬がやって来た。


(最近、未来に戻ってないなあ……)


 未来はどう変化しているだろう。大きな変化はないはずだ。変わったことと言えば、豊のメールアドレスを消さなかったことぐらいだ。

 鈴狐こと由美子とは、毎晩話すようになった。深夜帯までログインしているのが僕と彼女しかいないのだ。おかげで、僕は寝不足になった。

 大学の講義中に眠る。そんなこともしばしばだった。

 親からの仕送りに感謝するしかない。バイトに追われている忍のような環境ではとても無理な生活だっただろう。僕のやるバイトと言えば日雇いで、空いた時間にするものだった。


 少しだけ、恐怖感がある。それは、迷との関係性の変化だ。それが未来にどんな影響を及ぼすか、僕にはわからない。

 アドレス帳に由美子のアドレスは復活しただろうか。それもわからない。

 何より、ペトロニウスはどうなっているのだろうか。わからないことだらけだ。


 ふとした時に、ペトロニウスの話題になった。


『猫、飼ってるんですか』


 鈴狐が言う。


『ええ、ペトロニウスって言って。賢い子でした』


『ダブルコート?』


『いえ、抜け毛が少ないタイプで』


『それは掃除がお手軽で良いですね』


『鈴狐さんのところは大変ですよね。猫、多いんでしょう?』


『話しましたっけ?』


 鈴狐が、心底困惑したような表情になる。

 この頃、鈴狐のチームは人がほとんどいなくなっていた。鈴狐がうちのチームに吸収合併されたような形に近い。


『実家に猫が多くて。餌やりも結構大変なんですよー』


 知っている。猫を飼った原因は、由美子の影響だ。


『けど、見てると和みますよね』


『猫好きに悪い人はいません』


 由美子との関係は、好調だった。

 しかし、学校生活はそれと反比例して不調になっていった。


「また寝てるの……?」


 迷が、呆れたように言う。


「またゲームかよ」


 友樹も、呆れたような様子だ。


「私達もあのゲーム結構はまったけどさー。礼ちゃんほどはまってないぜ。何してるのさ」


「チャットしてる……。話してて夜遅くなって、気がつくと日が昇ってる……」


「私達とゲーム、どっちが大事なの?」


 忍が冷たい口調で詰め寄る。


「皆が大事だよ」


 僕は欠伸を堪えながら、そう答えていた。

 後期の単位取得で、僕達は出来るだけ同じ講義に出るように授業を組んでいた。例外は、バイトが忙しい忍だ。


「おい、そこで騒いでる連中」


 講師が、僕達を指して言った。


「騒ぐなら出ていってもらうぞ」


「すいませんー」


 迷が頭を下げ、笑い声が周囲に上がる。


「俺達を槍玉に上げるなら、後ろの方の席でゲームしてる奴を槍玉に上げろってんだ」


 友樹が小声で毒づく。


「冬が来るね……」


 迷が、呟くように言った。


「京都の冬は雪が降るのかなあ」


「殆ど降らないよ」


「降らないね」


 答えていたのは、僕と忍だ。


「北陸や東北みたいには降らない。粉雪を見ただけで皆雪だーって騒ぐ程度よ」


「そうなんだ。寒いのに足元がしっかりしてると違和感ありそう」


「帰った時に大変なんだぞ。雪の上の歩き方を忘れてしまっていて転んじゃう」


 実体験の話だった。地元に帰って最初の冬は、酷い有様だった。


「なんでそんなこと礼二君が知ってるの?」


 迷は不思議そうだ。尤もな疑問だった。


「又聞きだよ、又聞き」


「なんだか適当に流されてる気がするなあ」


 迷も最近は、鋭かった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



『ピンポイントショット!』


 鈴狐の必殺技が炸裂し、敵が崩れ落ちる。盾を持って壁役をやっていた僕は、新たな敵を求めて徘徊を始める。ダンジョンの中だった。

 僕らはもう、狩りを一緒にこなすほどの仲になっていた。

 壁に特化した僕のプリーストと、殲滅に特化した彼女の弓使い。向かうところ敵なしだった。


『ウィザードと組んだほうが楽しいんじゃないかと思う時もありますけどね』


 ウィザードは範囲魔法を持っている。一気に敵を殲滅できるのだ。


『俺の耐久力が持たないよ。騎士をパーティーに入れる必要が出て来る。そうなると、ここまでの経験値効率は出ないよ。相性良いんだ、俺達』


『そっか。ルークさんのメリットにもなってるなら、良かったよ』


 謙虚なのだ。あの暴れん坊の三人組とは違って大人なのだ。それが、僕を安堵させる。

 その時だった。

 メールが、僕の下に届いた。


『礼ちゃん、ボス出たー。てかボスがダンジョンの入り口に誘導されてるー。なんとかしてー』


『友樹からのメールだ』


『なんて?』


『ボスがダンジョンの入り口に誘導されてて入れないんだって』


『それは、保護者さんの出番だね』


 鈴狐は、そう言うと歩みを止めた。


『行ってらっしゃい、保護者さん』


『……また夜、話せる?』


『最近寝不足できついかなぁ』


『そっかあ』


 睡眠不足で苦労しているのはお互い様ということか。


『けど待ってるよ。ちょっとは話そう』


 その一言で、僕は笑顔になって、友樹達の下へと向かった。

 僕は騎士のキャラでログインし直して、友樹達が足止めを食らっているダンジョンにたどり着いた。中級ボスだ。そこまでの脅威ではない。剣を振るって、すぐに鎮圧した。


『すげーな、礼ちゃん』


『時間かけてるねえ』


『今日は忍はいないのか』


『バイトだよ』


『そっか。じゃあ二人でちょっと寂しいな』


『礼ちゃんが相手してくれるのか?』


『良いぜ。たまには手伝いするさ』


 授業のノートを見せてもらった恩を返しておかなければならない。世の中、ギブアンドテイクだ。

 狩場で解散する間際、迷が躊躇うようにログアウトを渋った。


『礼二君』


『うん、何?』


『今日もあの人と話すの?』


『うん、そうだけど』


『そっか……』


 しばしの、沈黙が漂った。


『年齢も知れない人だよ?』


『同い年だ』


『何処に住んでるかもわかんない人だよ?』


『中部だってさ』


『……そんなにあの人が、良いの?』


 僕は、返事に困ってしまった。


『馬鹿だなあ、迷は』


 そう言って、迷の傍に歩み寄る。


『相手が女かも、そもそもわかんないんだぞ』


『そうだね』


 迷が小さく笑ったのが、目に浮かぶような返事だった。


『落ちるね』


『おう、また明日。学校でなー』


 なんで嘘をついたのだろう。

 由美子が女性だなんて、僕が誰よりも良く知っているはずなのに。

 その答えは、形となって心から出てこなかった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



『相方と別れようかなって思ってるんだ』


 深夜の溜まり場、いつもの鈴狐と二人きり。

 不意に、彼女がそんなことを言った。


『相方、いたんだ』


 相方とは、ゲーム上で一緒にレベルを上げようねと約束した間柄のようなものだ。そのまま、結婚する場合が多い。

 彼女に相方がいることは知っていた。知っていて、知らないふりをしていた。


『うん。もうほとんど一緒に狩ってないしね。リアルの奥さんがゲームを始めてから、そっちに付きっきりになっちゃって』


『そっかあ。それじゃ、フリーになるんだ』


『うん、フリーだね』


『明日も明後日も空いてるプリーストがいるけれど』


『アテにしてるよ』


 そうだろう。火力特化の弓使いは野良パーティーでは不人気職だ。その辺りも、僕と彼女の利害が一致する原因でもあった。


『今日は別れのメッセージを送って、落ちようと思う。またね、私のプリーストさん』


『またね、俺の弓使いさん』


 良い雰囲気だった。このまま、一気に上手く行きそうな予感がする。

 その時、脳裏に嫌な思い出がフラッシュバックする。

 リーマンショック。就職氷河期。出ない内定。冷えていく二人の関係。

 結局、二人が袂を分かつことになるならば、今、一緒にいる意味はなんだ?

 僕は輝かしい青春の一ページを回想するために、重大なものを蹴落としかけているのではないか。そんな予感があった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「礼二君から誘ってくるなんて、珍しいね」


「うん。ちょっと悩みごとがあってな」


 僕は迷を喫茶店に誘っていた。

 ウェイトレスが紅茶をソーサーに置いて去って行く。

 紅茶を一口飲む。まだ、飲むには熱い温度だった。


「なあ。無駄になるってわかってるのに一生懸命になるってことって、意味があるのかな」


「……抽象的過ぎてわかんないなあ」


「例えば、この人と絶対に別れるって人がいる。その人とは、色々な大切な思い出が作れる。けど、最後には別れる。その思い出に価値はあるんだろうか」


 迷は、しばし考え込んでいた。


「私も、似たようなことで悩んでた」


 意外な言葉だった。


「この人とは絶対に道を違えるんだって人がいる。けど、その人といて楽しいと思う自分もいる。決断を先延ばしにしたまま、今ここに至っている」


「そっか。俺達は、似た者同士か……」


 迷をそんなに悩ませているのは誰だろう。羨ましい人間もいたものだ。


「意味があるんだと思うよ」


 迷は、微笑んで言った。微笑み顔なのに、切ない表情だった。その瞳の端から、涙が一筋こぼれ落ちた。


「きっと、楽しかった瞬間は、ずっとずっと心の中に残り続けるんだ。写真よりも色濃く。料理よりも味濃く。歳を取った時に、そんな輝きがない人生なんて、私は、きっと嫌だ」


「そうだよな……」


 迷の言う通りだ。失うことを恐れて、大事な一瞬を失う。そのなんと無為なことだろう。

 僕は、迷にハンカチを差し出していた。

 迷はそれで、目の端をふいた。


「ありがとう。洗って返すね」


「良いよ。お礼だ。しかし、迷を泣かせるなんてけしからん奴だな。殴ってやらないとな」


「どうだろうね。相手はジムで鍛えてたって言ってたよ」


「……そいつぁ難敵だ」


 僕がそう言って脱力して背もたれに背を預けると、迷はころころと鈴を転がすように笑った。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 景色が良い場所があるのだと聞いた。だから、行ってみようと思った。動機は、それだけだった。

 鈴狐と一緒に、歩く。何もない山を、何度もコンパスを見て歩き続ける。


『正しい道に乗ったのかな?』


『わかんないな。結構複雑なルートだったから。この場所なら東へ向かうべきだと思うんだけど』


『西じゃない?』


『……じゃんけんで決めようか』


 そんな調子で、二人で歩き続ける。

 そして、そのうち、その光景に出会った。

 眼下には一面の雲。その上で輝く太陽。

 綺麗だと、心の底から思った。


『綺麗だね……』


『うん、綺麗だ……』


 同じ感情を共有できているということが、心の底から嬉しかった。


『ねえ、鈴狐』


『なあに?』


『お願い、なんか一個聞いてくれないかな。記念に』


『聞ける範囲でなら良いよ』


『俺の相方になってくれないかな』


 躊躇は、一瞬。


『良いよ』


 僕は、天にも昇る気持ちになった。

 また、歴史は繰り返される。輝かしい日々がやって来る。その後の暗黒の時代を内包しながら。

 そこで、僕の意識は歪んだ。久々の感覚だ。地面が揺れている。そして僕は、十年後の世界へと帰って来ていた。


 猫の鳴き声がして、目が覚めた。

 ペトロニウスがいる。由美子に影響された結果、彼を飼った。その結果が出たのだろう。


「ペトロニウスー。会いたかったぞー」


 僕はペトロニウスの体を抱きしめる。ペトロニウスは迷惑そうに身を捩って、僕の腕から逃げて行った。それを見送って、ラインのグループを確認した。忍とPicoの名前がある。しかし、迷の名前が消えていた。

 そして、由美子の名前も、電話帳から消えたままだった。

 僕は莫大な喪失感を抱えて、その場で呆然としていることしかできなかった。


今後の投稿予定


9/7(木)『優しくしないで』迷回

9/8(金)『自分の足で歩く』忍回

9/9(土)『変わらない未来』

9/10(日)最終回(脱稿済み)

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