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第七幕『小さいながらの第一歩』

「あんたって礼二君狙ってんの?」


 祭りの帰り、迷の部屋で、忍はそんなことを言った。声音は冷たい。


「狙ってないよー。やだなあ」


「じゃああのキスは何?」


「キスじゃなくて、コンタクトがずれて痛かったんだって。しつこいなあ」


「俺にもキスに見えたけどなー」


 ゲーム画面から目を逸らしもせずに、友樹が言う。

 こうなってしまうと、逃げ場がない迷だった。


「礼二君のこと、気になっているとは思う。けど、好きかどうかは、まだ良くわかんない」


「礼二君のことはやめておいたほうが良いと思う」


 そう言った忍の声は、淡々としていて、感情は見えなかった。


「私も彼の二重人格は知ってるよ。けど、良いなって思うんだ」


「それだけじゃないのよ。彼、過去の恋愛を引きずってる」


 それは迷にとっても初耳だった。


「嵯峨嵐山の川でデートしたって言ってて、実際に行ってみようって誘ったんだけれど、彼、足を踏み入れることも出来なかったわ」


「そんなことがあったんだ……」


 そう言えば、浴衣の情報も真新しかった。

 彼は恋愛していたのだ。ついこの前まで。

 そう思うと、彼への興味がもっと湧いてきた。


「私、もっと知りたいな。礼二君のこと」


「……それって、宣戦布告?」


 忍が、冷たい声で言う。


「忍だって、礼二君が好きとは言ってない。環境はイーブンだよ。私は、興味があるだけ」


「あんたみたいなマスコットキャラ気取ってるのが一番タチ悪いのよね……」


 そう言って、忍は腕を組んで、考え込んだ。


「あのさー、提案あるんだけどさー」


 友樹が、寝転がって二人に視線を向けた。


「礼ちゃんがやってるってゲーム、私達もやってみない? 相当はまってるみたいじゃん。オンラインゲームだから、顔直接見ない分、色々礼ちゃんの話聞けるかもしれないよ?」


「それだ!」


 忍と迷は異口同音にそう叫んでいた。


「ゲームタイトル覚えてる?」


「ラグナロクとかファイナルファンタジーとか有名所ではなかったよね」


「メイプルとか?」


「違うよ。つか、迷、あんた知ってるゲームの名前挙げただけでしょ」


「ばれた?」


「ばればれ」


「思い出した。イグドラシルオンライン。小規模MMORPG」


「じゃあ解散して、イグドラシルの世界で会おうか。礼ちゃんを吃驚させてやろう」


「うん、イグドラシルで、もう一度」


 そう言って、面々は去って行った。

 そして、迷はパソコンを起動して、イグドラシルオンラインのダウンロードページを開く。

 礼二へのこの気持はなんなのだろう。その思いは、恋に似ている気がした。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 由美子との出会いについては良く覚えていない。

 溜まり場にいつの間にか新しいチームが増えていた。その中の一人が由美子だった。そのチームが解散して、由美子は一人だけ残った。

 その時、由美子のキャラクターのレベルと僕のキャラクターのレベルが近かったことから、二人はよく遊ぶようになった。


 今、二人のレベル差はどれぐらいだろう。現実に現を抜かしていた僕が由美子についていけているだろうか。


『レベル88の弓使いです。どうぞ宜しくお願いします』


 そう言って、由美子は挨拶を終えた。キャラクター名は、鈴狐となっている。

 懐かしかった。このキャラと、どれだけの冒険をしただろう。

 僕は、キーボードを慌てて叩いて、二度ほどタイプミスをしながら、挨拶を告げた。


『レベル89のプリーストです。遊べる機会もあると思うので、今度一緒に遊びましょう』


『是非』


『社交辞令じゃないですよ? 弓使いは火力抜群ですからね』


 食いつきすぎたか、と思ったが、これぐらいは言っておいても良いだろうと僕は思った。


『どうして私が火力特化の弓使いだと……?』


(しまった……)


 僕は狼狽した。基本、弓使いは妨害に特化したキャラクターなのだ。敵の攻撃の威力を削いだり、視覚を奪ったりすることを主にしている。

 火力特化の弓使いは、稀だった。


『勘ですよ。よく組むから、なんとなくわかるんです』


 納得したかはわからないが、一先ずはその場は収まったようだ。

 そして、各々のグループで会話を始める。


『ルーが珍しくふざけてなかったね?』


 フェイが話しかけてくる。幼い少女の外見をしたこの剣士は、このチームのサブリーダー的ポジションだ。

 ルーというのは、ルークを短縮したあだ名だ。


『珍しくってなんだよ』


『ルーなら普段ならその耳引っ張ったら外れる? ぐらいのことは言いそうだから』


『俺だって大人なんだぞー』


『ふーん』


『大人な部分を見せてやろうか』


『軽蔑します』


 僕はネットだと口が軽くなる人種なのだった。過去の僕も、対人恐怖症の影響をネットでは受けない。だから、こちらの世界のほうがより僕らしいという違和感のある現実がそこにあるのだった。

 このフェイとは、この後プリースト論を交わす中になり、それがきっかけで十年も続く付き合いをすることになるのは僕だけが知っている話だ。

 さて、いかに鈴狐こと由美子に声をかけよう。

 始まりはこんな感じで互いに距離を置いていたんだったっけ。

 手探りの中で、僕は由美子に近づくことだけを考えていた。

 そう、誰だって、始まりは他人なのだ。

 そこから一歩踏み出すことで、世界は変る。僕が、忍や、友樹や、迷と出会ったように。

 問題は、きっかけだ。


 その時のことだった。

 三人の少女が、溜まり場に踏み込んで来た。


『あー、本当だ、いるいるー』


 そう語った少女の頭上には、見慣れた名前。

 他二人の少女も、同様だ。

 僕は唖然としていた。

 忍、友樹、迷の三人組が、ゲームの世界に入り込んできていた。


『お前ら、なんでこの場所がわかった?』


 そうタイピングしながらも、ゲーム画面の前の僕は、口が開いて閉じなくなっている。


『この前お邪魔した時に礼二君のパソコン画面見ちゃったから』


『ちょっまってちょ駄目。ここでは俺ルークだから。ルーくんとかルーとか呼んでくれないと困るから』


『ルーってなんだよカレーかよ(笑)』


 友樹に至っては煽りスキルまで会得してやがる。


『まあ礼二さん(笑)の友達ということは理解しました』


 フェイが立ち上がる。


『けど、ネット上で本名を明かすのはネチケット違反ですよ。改めた方が良い。ここでは彼は、ルー(笑)君です』


 便乗しやがった。なんて友達甲斐のない奴だ。


『反省しました』


『ごめんなさい、考えなしでした』


『なんか良くわからんけどすまんな、ルー(笑)』


 だからその不快な(笑)をやめろ。


『で、何しに来た』


『友好を深めに?』


 そう言ったのは、迷だ。


『礼ちゃんについて知らないこと色々あるからな。ネットならまた色々聞けるかと思って』


 友樹に至っては早くも本名呼び禁止ルールを忘れている。

 こいつ鳥頭ではないのか。


『ルーさんと遊びたいしね』


 鈴狐の方を見ると……。


『wwwwwwwww』


 ダブリューの文字でそれは見事な草を生やしていた。

 第一印象としては良かったかもしれない、と僕は思い直す。


『で、三人共職はなんだ?』


 イグドラシルオンラインでは外見のアバターが自由だ。なので、外見から職は判断できない。


『見習い騎士!』


 と友樹。


『魔術師!』


 と忍。


『僧侶!』


 と迷。


 壁となる騎士、範囲魔術を覚える魔術師、回復役の僧侶と理想的なバランスだ。


『バランスが取れてるね。相談して決めたのかな?』


 感心したようにフェイが言う。


『全員アタッカーのほうが絶対楽しいと思って決めました。俺と迷が前に出て耐えてる間に忍が魔力で吹き飛ばす展開です』


『ん、友樹と迷が前に出る……?』


 そこまでタイプして、僕は嫌な予感がした。


『もしかして、僧侶は僧侶でも、モンクか?』


 モンクは肉弾戦を主にする職だ。回復役には向いていない。


『だって私も殴りたいし……』


『脳筋ばっかかお前らは! ヒーラー無しでどうやって生き延びてくつもりだ!』


『回復アイテムを叩くって手もあるけど』


 鈴狐が会話に加わってくる。


『初心者じゃ回復アイテム代も馬鹿にならないねえ』


 初心者達は意気消沈してしまったようだ。発言が失せた。

 そのうち、友樹がふと気がついたように口にした。


『礼ちゃんはなんの職なんだよ?』


『俺か? プリーストだ。ヒーラーだな』


 そう発言した途端、嫌な予感がした。


『なら礼ちゃんが混じれば一件落着だな!』


『四人で遊べるし』


『そうだよ、それが良いよ』


『へっ?』


『じゃあ私が初心者用狩場へ案内してあげるよ』


 そう言って、フェイが歩き始める。


『へっ?』


『いこーいこー!』


『レッツゴー!』


『ゴートゥーヘブンー!』


『だからあんたはネタが古いんだってば……』


 前を歩いて行く四人。

 僕は唖然としてそれを見送る。

 鈴狐はと言えば……。


『wwwwwwwwww』


 ダブリューの文字でそれは見事な草を生やしていた。

 僕はとぼとぼと四人の後についていくしかなかった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 結構な時間が経って、初心者達もある程度のレベルが上った。各々、四十レベルといったところだろう。

 パーティーの外から支援するのは骨が折れた。味方のヒットポイントのゲージが表示されないのだ。しかし、僕がパーティーに加われば、レベルの差がありすぎるために経験値が公平に分配されなくなってしまう。


『けっこーおもしれーな、このゲーム』


『敵も可愛らしいしねー』


『漫画のネタになるかも……』


『忍さんは漫画を描くんだね。私もイラスト描くから、見せっこできるね』


 付き合いが良いフェイは未だに初心者パーティーの冒険に付き合っている。


『そろそろ自分の狩りがしたいから解散して良いか……? もう四十代なら、各々自分でなんとかできるレベルだろう。後はググれ』


『わかった。世話になりっぱなしってのもなんだしな。礼ちゃんにもフェイさんにも借りはいつか返すよ』


『うん。私もレアアイテム見つけたらルー君にあげるね』


『私はバイトと漫画の時間もあるからそんなに出来ないかなあ……迷、抜け駆け厳禁』


『そういうことはメールでこっそり言ってよね!』


 なんだかんだで解散の流れになりそうだ。僕は胸の中で、一息ついた。


『まあ、あの溜まり場に来ればしょっちゅう私達はいるから。質問したいことがあったらその時どうぞ』


 フェイは気を回してくれたのだろう。友人の友人だ。大切に扱おうとしてくれたのだろう。

 しかし、この場合それは逆効果だった。


『いや、お前ら絶対にうちの溜まり場には来るな! 特に友樹。リアルネーム出す癖直せない奴が来るな! 迷惑だ!』


『うわ、ひっどー。礼ちゃんそれはないんじゃない?』


『ルークだ。お前らは各自チームに入れ。そこでそれぞれの人間関係を育んで、時々一緒に遊ぼう。その程度の間柄が丁度良い』


『私達はルー君と遊びたいんだよ?』


 迷にそう言われると、僕も弱かった。

 あの花火の一件以来、迷にはどうも頭が上がらない。


『……たまに来るぐらいなら良いよ。それに、リアルでなら十分遊んでるだろ?』


『うん、ありがとう。それじゃ、また来るね』


 あの笑顔が、見えるかのようだった。迷は、ゲームからログアウトした。それを確認したように忍もログアウトし、最後に友樹が残る。


『フェイさん、ログアウトってどうすんの?』


『エスケープキーかALT+F4』


『ありがと』


 友樹も、ログアウトした。


『君の友人は賑やかな人達だのう』


『まあなあ……』


『礼二君(笑)って現実じゃツッコミ役なんですね』


『どつかれたいのかお前』


『まあ、私も疲れたからおーちーるー。また明日ー』


 そう言って、フェイもログアウトしていった。

 後に残ったのは、徒労感だけだった。こんな状況だと言うのに、由美子と全く話が出来ていない。もっとも、あちらのチームが解散するまで接点がなかったから、実際もこんな感じだったのかもしれないが。

 溜まり場に戻ると、僕は目を見開いた。

 一日の披露が、溶けていく気がした。

 鈴狐が、そこに座っていた。

 僕は、少し距離をおいた場所に座る。


『お友達、どうでした?』


『レベル四十ぐらいまで叩き上げたかな』


『へえ、こんな短時間で。やっぱり殲滅力があると違いますね』


『いやいや、死亡者を出さないヒーラーが優秀なんですよ』


 フェイの言う通りだ。僕はネット世界ではツッコミ待ちのボケ役らしい。


『フェイさんのフォローもあってに思えますけどね』


『ご尤もご尤も』


『私も同級生とプレイしているんですよ』


 知っていた。胸が締め付けられた。この頃、由美子には僕より仲が良い男友達が数人いたのだ。


『色々お世話になってここまで育ちました』


『同級生とプレイなんて、嫌ですよ。現実で顔つき合わせてるのに、ゲームまでなんて』


 僕は、捻くれた意見を言った。そうしないと、由美子の同級生達に太刀打ち出来なかった。


『そういう考え方もあるかもしれませんね。今日はそろそろ遅いので、落ちます』


『あ、そうですか……』


 悪印象を与えてしまっただろうか。自分の嫉妬から来る不用意な発言を悔いざるを得なかった。


『愉快そうな方と話せて、良かったです』


 そう言って、鈴狐は落ちていった。

 その言葉を、僕はしばらく脳内で反芻していた。

 存在を認められた。

 まずは、小さいながらも第一歩だ。

明日、『オタクならば周りが見えない時期がある』と『その日、距離は縮まる』を投稿します。

第八幕がオマケ的な扱いなせいもあります。

明後日は迷ちゃんのターンになります。

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