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第三幕『混乱時々波乱』

 あらすじ。十年前の夢を見たら、そこで出会った人のアドレスが電話帳に残っていた。


(……最寄りの精神科を探すべきか?)


 そんな、後ろ向きのことを少しだけ思う。

 夢が現実に影響を及ぼす訳がない。それは自明の理だ。

 けれども、現実として、如月迷の名前が電話帳に残っている。これが意味するところは何だろう。


(こわー……なにこれ怖いよホラーだよ。幻覚症状かな)


 僕は躊躇いながらも、如月迷の電話番号に電話をかけてみることにした。

 しばしのコール音の後、電話は繋がった。


「久しぶりだね、礼二君」


「ああ、うん、久しぶり」


 間違いない。夢で聞いた迷の声だ。


「どうしたの? 急にー。随分久しぶりだよね」


「いや、なんとなく、元気にしてたかなって。急に大学辞めちゃったから」


「礼二君こそ、あの後急に挙動不審になって帰っちゃって、大学でもほとんど顔合わせなかったじゃない」


「そうだっけ」


「そうだよ」


 あの目眩がして目が覚めた直後から、あの日の僕は中身が過去の僕に変わったのだ。過去の僕は女性が苦手だった。


「まあ、お互い色々あったんだろうね。今何やってる?」


「働いてるよ。そっちは?」


「結婚した。今、子供が二人目」


「へえ……」


 上手くまとまるところにまとまったならそれで良いかと僕は思う。


「結婚式呼んでくれれば良かったのに」


「忘れた?」


 呆れたように迷は苦笑声になった。


「招待は送ったんだよ。君が送り返さなかったんだ」


「そっかー」


「そうだよー。都合の悪いことを忘れるのは良くないな。今日はこれから子供を送らないといけないから切るけど、また話そうね」


「うん、そんじゃまた」


 僕は、電話を切った。

 俄に信じがたい現実が目の前にあった。


(夢が、現実を書き換えた……?)


 しばらく呆然として自分の掌を眺める。


(まさか、な……)


 そして、仕事へ行く準備を始めたのだった。

 そろそろ、始業三十分前に着くかどうか怪しい時間だ。そして、僕の勤め先は三十分前に入ることを暗黙の了解としているのだった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 深夜の公園で、僕は頭を抱えていた。

 相方が、肩を揺さぶる。


「そろそろ聴衆が集まってきたぜ。路上ライブ、やろうじゃんか」


「集まってきたってお前……」


 周囲のメンツの顔を眺める。


「五人じゃんか」


「五人もいれば上等よ。贅沢言わない」


 そして僕は熱演した。

 あの後、過去への干渉を僕は何度もした。

 ゲーム三昧の過去を少しは変えようと足掻いたわけだ。

 漫画研究部に入れば、目が覚めたら漫画家のアシスタントだった。文芸部に入れば、目が覚めたら小説家になろうの底辺作家だった。イラストを頑張れば、目が覚めたらpixivの底辺漫画家だった。そして、勇気を振り絞ってそこまで本気じゃなさそうな軽音部に入った結果がこれだ。三十路過ぎミュージシャン志望のアルバイター。それが今の僕。


(昔の俺を舐めていた……)


 そう思わざるをえない。当時の僕は生粋のオタクだった。オタクは興味がある物に関してはブレーキが効かない。僕は過去に干渉する度に目が覚めると非正規雇用の夢追い人になっていた。

 そして、その傍には常にペトロニウスがいなかった。

 彼は今、どうしているだろうか。元気にしているだろうか。譲ってくれた人のメールアドレスも覚えていないので今となってはどうしようもない。


 ライブが終わる。まばらな拍手が鳴り響き、聴衆は解散していく。


「今日は手応えあったな」


 相方の友樹が言う。男のような名前だけれども、一応は女性である。


「普段はこれより悪いのか?」


「聴衆が一人もいない時もある」


「才能ないって感じないのか?」


「けど、歌ってるの楽しいし」


 僕は、ギターケースを地面に叩きつけた。

 ここしばらくの時間旅行の苛立ちを凝縮したような行動だった。


「楽しいですむか! 三十路過ぎだぞ! 皆結婚して家庭を持って家まで建ててる奴もいるんだぞ!」


「わ、何するんだよ。勿体無いなあ。これ、高いんだぞ? 給料何ヶ月分も貯めて買ってたじゃないか」


「普通に働いてればボーナス一回払いで買えるんだよ!」


「おかしいぞ、今日のお前」


 友樹はそう言うと、ギターケースを僕の手に持たせた。


「仕方ないな。ラーメンでも奢ってやるよ」


 そう言って、友樹は僕の手を引いて歩いて行く。

 手と手を触れる温もりに、僕は少しだけ顔が赤くなった。友樹の手は柔らかくて、触り心地が良かった。

 屋根の高い町並み。その中を、町に比べれば小さな二人のミュージシャン志望が歩いて行く。

 ラーメン屋で、僕はチャーハンセットを頼んだ。友樹は、餃子だけだ。


「いやあ、それにしても一人、二人といなくなって、最後には俺達二人だけかあ」


「……堅実で良いことだと思うけどな」


 注文の料理が出来るまでしばし時間がある。僕は、友樹と会話で時間を潰した。


「お前が最後まで残るとは思わなっかったけどな」


 そう言って、友樹は笑った。


「俺はリアリストだからな」


「いやいや、音楽性の違いを理由に様々なバンドを解散に追いやった名物ギタリスト。そのうち難癖つけていなくなるもんだと思ってた」


 この世界の僕は、対人関係の不得手を克服しないまま育ってしまったらしい。


「ともかく、夢は大きく武道館ってな」


「聴衆五人からか?」


 チャーハンセットと餃子が運ばれてくる。

 僕らは互いに、それを頬張った。


「夢はでっかく持たなくっちゃ」


「夢見てる歳かよ」


 僕の言葉に、友樹は箸をおいた。


「今日の礼二は、話してても面白くないな。普段はもっと、考えのないしょーもないこと言ってた」


「まともなこと言ってて何が悪い」


「三十路過ぎのオッサンと話している気分だ。帰らせてもらうよ」


「……どう抗おうが三十路過ぎのオッサンなんですけどそれは」


 僕の反論を聞きもせず、友樹は会計を済ませて去って行ってしまった。

 ともかく、結論を得たことがある。僕に、趣味を与えることは危険だ。それならばゲーム三昧にさせておいたほうが良い。

 その夜、睡眠薬を飲んで寝て過去に行った僕は、派遣の短期バイトに精を出した、そして、ネットゲームのアイテム課金を存分に行った。

 そして、忠告の紙を貼る。

 お前は趣味に走りすぎると人生を踏み外す。精々ゲームしておけ。

 ゲーム三昧の大学生活という時点で人生を踏み外している気がするのだが、これが現状の妥協案だった。

 その時、迷からの着信があって、僕は携帯電話に出た。


「礼二君? 学校全然来てないでしょ」


「サークル棟は結構回ってるよ」


「聞いてる。入ったり辞めたりを繰り返してるんでしょ。何してんの」


「内なる暴走する自分を抑えるために必要な過程だったんだよ……」


「中二病かな?」


 迷はやや呆れているらしく、ツッコミは辛辣だった。


「迷だって憧れるだろう? 就職活動で大学時代はこんな趣味に打ち込んでましたって披露したいだろう?」


「……就職のことはまだ考えてないなあ。聞いて。うちのクラスで親睦会が今度開かれるんだって」


「へえ」


「友達を作るチャンスだと思うから、絶対に来なよ」


「わかった」


 歴史は徐々に変わりつつあるのだろうかと思う。

 迷が、まだ大学を中退していないのだ。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 人と触れ合うのが苦手だ。高校時代からずっとそうだった。同じことを言っても、人気者が喋れば大いにウケて、僕が喋れば白けてしまう。そんな先入観が、ある。

 しかし、大学時代の運命の分岐点があるとしたらここだろう。

 ネット世界ではなく現実世界との接点を作る。それが、今日の僕の目標だった。

 僕は、小料理屋に入っていた。

 三十人ほどのメンツが集まっている。各々、グループを作って飲み物を飲んでいた。

 出遅れたか、と心の中で舌打ちする。


「こっち来なよー、礼二君」


「そうそう、礼二はこっち」


 そう言って声をかけてくれたのは、友樹と迷だ。僕はお言葉に甘えて、その傍に座ることにした。


「こいつ俺の弟子でさー。筋が良いのに軽音部辞めるとか言い出しやがんの」


「勿体無いなあ」


「漫研も抜けたでしょ」


 そう言ってやってきたのは、漫研で同期だった忍だ。


「結構シャープな目線の作品発表してたと思うんだけどなあ」


「狭いグループで評価高くても外に出たら凡庸だった、良くある話だよ」


「へえ、礼二君漫画書いたんだ」


「見たいなあ」


 迷と友樹が乗ってくる。


「集中線もトーンもろくに使えない漫画だったよ。コミスタでもあれば多少違ったのかもしれないけど」


「コミスタ?」


 忍が怪訝気な表情になる。


「未来にはそういう漫画を書く専門のソフトが出来るんだよ」


「タブレットについてくるフォトショップの体験版で十分じゃない」


 使いこなせればそうなのかもしれない。門外漢なので詳しい情報はわからない所だ。

 それにしても、不思議な感覚だった。

 大学時代、僕には友達は数えるほどしかいなかった。

 ゲーム尽くしの大学生活。しかし、一歩踏み出しただけで、友人はそこにいた。

 本来ならば、この人達は僕と友達にならなかったのだ。そんな、不思議な感慨がある。


「おいおい、なんでそこにハーレムが出来てるんだよ」


 そう言って声をかけてきたのは、竜児だ。いかにもチャラ男といった外見の男で、この男に僕は大学生活では何度も苦い目に合わされた。それも、今日までだ。


「仲良いもん同士で集まってるんだよ。悪いか?」


 僕が堂々と返事をしたことに、竜児は多少の戸惑いを見せた。


「混ざりたいなら別にかまわないけれど……」


 迷が言う。

 その一言は、竜児のプライドを痛く傷つけたようだった。


「俺をぼっちみたいに言うなよな。俺だって友達はいる」


 そう言って、竜児は去って行ってしまった。

 そのまま、お互いのこの大学に来た経緯を聞いて時間は過ぎていった。

 友樹はこの大学を卒業したミュージシャンに憧れて。忍は漫画研究会の質が高いことから。迷は頭が悪いから、と言うことだった。

 やはりこの大学、名前を書き込んだだけで合格になるような大学なのではあるまいか。

 そんな懸念を抱いた時のことだった。

 二次会の時間がやって来た。

 店は既にセッティングしてあるらしい。


 話しながら、二次会の場所へと移動する。

 周囲は繁華街で、飲み屋があちこちにあった。


「やっぱり都会は店が多いぬらべっちゃー」


 迷が上機嫌に言う。


「それ、方言でもなんでもないよね」


 と指摘するのが友樹。

 二次会の店に選ばれたのは、どう見ても酒が出てくる店だった。


「……これは問題じゃないか?」


 僕は竜児に、刺すように指摘する。


「この歳になって酒も飲まないのかよ。おいおい恥が暴露されたな」


 そう言って竜児とその取り巻きが笑い声を上げる。

 これは、話しても無駄なようだ。精々ニュースの記事にでもなれば良いのだと思う。

 僕は意地を張るようにウーロン茶を飲んで過ごした。

 友樹も迷もハイペースで飲み続けている。


「潰れちゃうよ……?」


 忍が、不安げに言う。


「大丈夫大丈夫」


「らいじょうぶらいじょうぶ」


 友樹は平気そうだが、迷は駄目そうだ。

 介抱して帰るか。そう思って、僕は席を立とうとした。


「如月さん限界みたいだね。介抱して帰るよ」


 そう言ったのは、竜児だった。

 普段の態度にそぐわず、良いところがあるらしい。

 それならば僕は、もう少しこの居心地の良い空間に浸るとしよう。


「女がついてったほうが良いでしょ。私もついてくよ」


 そう言って、友樹が体を起こす。

 それを、竜児は手で制した。


「いや、せっかく盛り上がってるのに悪い。幹事は俺だから、俺が責任をもつよ」


 そう言って、竜児は迷を連れて、去って行ってしまった。


「怪しいなあ……」


 友樹が、ぼやくように言う。


「流石に馬鹿なことはしないでしょう」


 冷静な意見を述べるのは忍だ。

 けど、この時僕は、背中に冷水を浴びせられたような悪寒を覚えていた。

 迷は、大学に来なくなった。その原因が、今日ならば。

 歴史は、改変できる。


 僕は駆け出して、竜児の後を追った。泥酔者連れだ。そう遠くには行っていまい。道を往復して、すぐに竜児の姿は見つかった。そして、竜児の肩を掴む。


「お前も酔っているだろう? やっぱり俺が連れてくよ。お前は宴会を楽しんでてくれ」


 竜児は、眉間に皺をよせた。


「お前、うぜえな……」


「なんでそんなに如月さんを運ぶことに固執する? 下心があるんじゃないのか?」


「っせえよ。お前には関係ないだろ。引っ込んでろよ」


「引っ込めるかよ。如月さんは友達だ」


 講義をサボり気味の僕にも、懇談会のお知らせを連絡してくれた。

 彼女は、僕にとっては、もう大事な友達の一人だった。


「痛い目見なきゃわかんねえみたいだなあ」


 そう言って、竜児は手を振りかぶって殴りかかってきた。

 若い時期の万能感というのは時に恐ろしいものである。高校時代ジムで鍛えていた僕に襲いかかってこようとは。

 僕は竜児の腕を捻り上げて、低い声で言った。


「良いか。今後、俺と俺の友人に絡むなよ。痛い目にあうのはお前だからな」


 竜児は、無言で首を何度も縦に振る。酔いが覚めてきたのかもしれない。

 そして僕は、逃げ出す竜児を尻目に、迷を背中におぶった。胸の感触が背中に当たるのは勘弁して欲しい。何せ、三十路過ぎだ。その程度で赤面する歳ではない。


「……助かった」


 迷が、呟くように言う。


「ホテル街、連れてかれるところだった。都会って怖いね」


「お前が無防備なんだよ」


「けどね、礼二君はヒーローに見えた」


「……そっか」


 歴史の流れが切り替わったのを、僕は感じていた。

 この時、迷は大学を中退する道を選ぶ可能性が消えたのだ。

 それは、非常に喜ばしいことではないか。


 その時、迷の口から吐き出された吐瀉物が、僕の服を汚した。


「……しまらないヒーローだ」


 僕は、ぼやくように言った。

 迷は、昏睡してしまっている。

 迷の家がわからないので、自分の家に送り届けたところでいつものあの感覚がやってきた。地面が揺れ、目眩がするようなあの感覚。

 そして気がつくと、僕は三十路過ぎの体で朝を迎えていた。

 スマートフォンをチェックする。忍、友樹、迷とのライングループが出来ていた。ペトロニウスの姿は、相変わらずない。

 そして、電話帳から坂本由美子という名前が消えていることに、僕は少なからず衝撃を受けた。

次回『僕を変えてくれた人』

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