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第十二幕『変わらない未来』

「俺は眠った時に、未来から意識だけが過去にやって来る。過去での行動によって、未来は変化する。未来の俺と過去の俺は性格が違うから、二重人格だなんて言われてる」


 僕の突然の告白を、由美子はただ黙って聞いていた。

 気が狂ったと思われているだろうか。いつもの冗談だと思われているだろうか。わからない所だ。


「君と俺との未来は、泥沼だ。再来年の春休みの終わり、俺は君に帰らないで欲しいと懇願する。君に学校に行かずに同棲してほしいと頼み込むんだ。それを君は受け入れてしまう。それが親にバレたことがきっかけで、俺達は君の実家がある仙台に向かうことになる。けれども、それは間違った選択だったんだ」


「間違った、選択……?」


「リーマンショックがやってくる。ただでさえ学歴が中途半端で就職に苦戦していた僕は、それでバイトすら見つからないような状況になる。派遣業界もお通夜だ。店に行っても、嘆願書への署名協力をさせられて終わりだ。そんな中で、僕らの関係は、静かに、静かに、冷えて行くんだ」


「なんでそんなこと、言うの?」


 由美子は、戸惑ったように笑っている。本心では泣きたいような気分なのかもしれない。

 いつも彼女は、本心を僕には見せない人だった。


「私達、付き合って、キスして、これからめでたいって時なのに。なんでそんな不吉なこと、言うの?」


「未来を、変えるためだ」


「未来を、変える……」


「俺は由美子と幸せになりたい。一緒の家に住んで、一緒に笑い合いたい。だから、知っておいて欲しい。今の状況を。未来に戻った時、この世界の僕は過去の僕に戻る。けっして彼の引き止めに付き合ってはいけない。帰ってほしくないって言われても、従ってはいけないんだ」


「……良くわからないけれど、わかったよ。学業を疎かにするなって教訓なんだね?」


「そういうこと」


 僕は苦笑する。噛み砕けばそんな話だ。彼女は聡明な人でもあった。


「ちょっと一晩、考えさせて欲しいな。確かに君は、占い師染みた未来透視を何度も行ってきた。だから、馬鹿にできない気持ちもある。けど、話が急すぎて、私にはよくわからないんだよ」


「うん、当然のことだと思う。ごめんな。初デートの時に、急にこんな話して」


「いいよ。デートなら何回も出来る。それに……」


 由美子は、恥じらうように俯いて、小さな声で言った。


「キス、嬉しかった」


 僕は彼女の体を抱きしめていた。


「やっぱり由美子は可愛いなあ」


「何がツボなのかわからない」


「そういう素直じゃない言い回しも可愛い。やっぱり由美子だって感じがする」


 由美子との再会。やはり僕は、デレデレとしていたのだった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 季節は流れ行くように過ぎた。冬、寒くても足場が平面なことに戸惑った。春、花見を皆でした。由美子と二人きりの花見もした。夏、由美子と同棲した。友達との誘いに乗ることにも彼女は寛容だった。そして秋がやってくる。

 僕は思い出していた。

 そろそろ、祖父の死期が近いと。

 祖父の顔が見たいと言うと、母は喜んで旅費を出してくれた。

 そして僕は由美子を連れて実家へと帰る。

 ローカル線の、車両が一つしかない電車に揺られながら、由美子に囁く。


「吃驚するぐらい田舎だろ」


 由美子は、返事に戸惑ったようだった。素直に答えるのも失礼だと思ったのだろう。


「この土地で、礼二君は育ったんだね……。君の未来予知では、この先、どうなるの?」


「来年の秋に、祖父は喀血する。そのまま、一晩昏睡状態に陥って、亡くなるんだ」


「流石に君の二重人格も理解できたよ。一緒に外に出たがる時が未来の君。寂しいって縋ってこないのが未来の君」


「……面倒臭いだろ、過去の俺」


 苦笑交じりに僕は言う。


「多少」


 そう言って、由美子は苦笑する。

 彼女が多少と言うことは、かなり面倒臭いと言うことなのだろう。

 彼女は、母性でそれを受け止めてくれている。

 今思えば、あの灯篭流しは、デートらしいデートをしたかった彼女がやっとのことで探してきたものなのかもしれない。

 そのいじらしさを思うと、僕は彼女がやはり可愛らしいと思うのだ。

 由美子は可愛い。それは僕の中での変わらない結論だった。


 地元に辿り着くと、まずは実家に帰った。両親に由美子を紹介する。


「由美子のおかげで俺は立ち直れたようなもんだよ」


 そう言うと、両親は由美子を下にも置かない扱いをした。

 そのまま、祖父母の家に雪崩込んだ。


 この頃、僕と祖父は関係が拗れていた。

 彼は感情を伴わない評論家のように僕には見えた。高校時代に何度相談しても、客観的な意見を述べるだけだった。

 だから、ある日こう言ってやったのだ。


「あんたはお山の大将だ。高いところから見下ろすばっかりだ」


 と。

 その後、こちらから謝罪はしたものの、祖父は僕との会話を無駄に感じるようになったようだった。


「俺、大学で頑張ってるよ、爺ちゃん」


「ん……」


 祖父が、気まずげに、小さく頷く。


「彼女も、出来た。この子と、一生添い遂げようと思ってる」


「まあ、素敵ねえ」


 祖母が穏やかに微笑んで口を開く。


「だから、爺ちゃんとも上手くやっていきたいと思ってる」


 祖父は考え込んだようだった。


「わざわざ足を運んでくれてすまないね、由美子さん、だったか」


 発した言葉は、僕へのものではなかった。


「はい、由美子と言います」


「大学では、どんな勉強をしているのかな」


「プログラミングの方を」


 ああ、もう駄目なのだ、と僕は思った。

 今の三流大学に入った時点で、祖父の興味は僕から失せているのだと。

 帰り道、僕は由美子の手を握っていた。


「私、変じゃなかったかな?」


 由美子が、気にするように言う。


「立派なもんだったさ」


 僕は、自信を持って言う。

 大学を卒業して、就職すれば、祖父も認めてくれるかもしれない。けれども、その時、祖父は既に亡くなっているのだ。

 僕らは永遠に分かり合えぬままに、死別する。

 その運命は、変わらなかった。

 その時、僕は意識が揺れるのを感じた。足元が落ち着かない感じがする。地面が揺れているかのようだ。

 久々の、未来への呼び出しのようだった。

 生きている祖父も、握った由美子の手も遠ざかっていく。

 そして、僕は起床した。

 スマートフォンに手を伸ばす。

 ライングループは安定している。迷、忍、Picoの名前が連ねられている。

 けれども、由美子の電話番号は何処にもない。


 何も変えられないならば、なんの為にこの力を授かったのだろう。僕は一人、泣いた。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 卒業旅行の写真が、テーブルの上に置かれている。

 どうやら僕は、無事大学を卒業できたようだ。卒業証書も、誇るように壁に飾ってある。

 就職先は小さな工場らしかったが、それでも生活できていることに変わりはない。

 由美子に、電話をかける。


「ああ、久々に未来の君か」


 僕の声音を聞いただけで、由美子は苦笑交じりにそう言った。


「君は何をしているの?」


「プログラマー。二年目だからね。頑張ってるよ。一年目の君はどうなのかな?」


「いや、それは……頑張ってるんだと、思うよ」


「そうなのかなあ。会いたい、会いたいばっかり言うから、私は困ってるよ。なんだか縋ってるみたいでさ。本当に、頑張れてるの?」


「俺も大学生活を通じて成長したと思うからさ。なんとかやってくれてるんじゃないかと思うよ」


「ふふ、他人事みたい。イグドラシルも運営を停止して、遊ぶ機会も減ったねえ」


「ああ、そうか。もうそんな時期か」


 イグドラシルオンラインはひっそり運営を停止した。これも、時の流れだ。

 しばらく、由美子と会話して、僕は職場の地図を検索して仕事に出た。

 そして、そこで、驚きの事実を聞かされたのだった。


「君……辞めたでしょ?」


「え、辞めた? なんでですか?」


「そんなの、こっちが聞きたいよ。ともかく、三ヶ月も努めてなかったから失業保険も出ないよ。この先、どうすんの?」


 僕は駆けて、家に戻り、パソコンを開いた。

 パソコンの何処かに、過去の僕の行動のヒントはないか。

 そして、その文章はあった。


『対人恐怖症で、人と話すきっかけがわからない。孤立している。寂しい。由美子に会いたい』


「孤立しているからなんだって言うんだ。それでも、働かなければ食ってけないんだぞ!」


 怒鳴り声に、壁が蹴られる。それに向かって、僕は思い切り蹴り返した。


『由美子と一緒なら新しい道を切り開ける気がする。君ならこの気持、わかるよね?』


 それは、未来の僕へ充てられた手紙だった。

 同じことの繰り返しだ。由美子に依存して、負担をかけて、僕は同じことを繰り返す。

 まだ就職氷河期だ。新しい勤め先はあるのか?

 選ばなければあるだろう。けれども、この時期の僕に手段を選ばぬ方法は取れるのか? 変な見栄を張るのではないのか?

 この時期の僕は、現実を知らない、ただの甘ったれのボンボンだ。

 それを、どうにか叩き直さなければならない。


 僕は、携帯電話を取った。

 そして、由美子に電話をかけた。


「ごめん、今仕事中で長くは出られない」


「大事な話があるんだ」


「ん、何?」


 戸惑ったように、由美子は訊ねてくる。


「俺は今日、君の電話番号とメールアドレスを携帯電話から消す」


「別れる……ってこと? どうしたのよ、急に」


 由美子が、慌てたように言う。

 僕は息を吸って、言葉を放った。

 未来に帰る度に得た温もりを失う。未知の存在はそう言った。彼は全てを見透かしていたのだろう。こうなることを、見透かしていたのだろう。

 ならば、自らそれを断ってやる。それが、僕が得た覚悟だった。


次回、最終幕『これからの季節を君達と』

明日の12時頃投稿します。

物語は大団円で幕を閉じます。

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