9、笑ってくれるなら
涼ちゃん視点になります。
トコちゃんは口をパクパクして、目を真ん丸に開いて、まるで鯉みたいだった。こういう時笑いたくなっちゃうけど、我慢我慢。トコちゃんは、笑われると途端にひねくれるからね。
ひとしきり目をぱちくりして、ボクのことを見ていたかと思ったら、急に真っ赤な顔をして、いつもの口調になった。
「い、いくら涼ちゃんだからって、ゆ、許さないからね!」
おっと、いきなり怒り口調だ。まずったな。
せっかくボクが、勇気を出して告ったのに、怒らせちゃったみたいだ。いや、待てよ?トコちゃんが、顔を真っ赤にして怒ってるときは、本気じゃないことが多い。むしろその逆で、照れ隠しってことの方が多い。ボク、知ってるからね。
「うん?」
こういう時は多くを語らない。トコちゃんの出かたを待つんだ。
「さ、佐川君がダメだったから、すぐ涼ちゃんに切り替えるなんて、私、そんなに軽い女じゃないから!」
さもありなん。
ていうかさ、多分トコちゃん、今の今までボクのこと本気で単なる友達だと思っていただろうから、恋愛対象になんてなると考えもしなかったんだろうね。
「ごめんね。トコちゃんがあんまりにも可愛いから、つい」
「ばっ!バカじゃないのっ!わわわ私なんて振られたんだからねっ」
なーにを威張って言っちゃってるの。もう、トコちゃん、ホント可愛いんだから。
「あーあー、ごめんっ、ごめんねっ、トコちゃん。思い出させるつもりじゃなかったんだよ」
泣いちゃった。
失恋の痛手は大きかったらしい。
泣き顔も可愛いけど、やっぱり笑ってて欲しいよ。
「じゃあさ、切り替えるんじゃなくて、気持ちの整理がつくまで、ボクのこと利用したら。ね?」
よしよしと頭を撫でながら言うと、トコちゃんが鼻をかみながらボクの方を向いた。
「利用って?」
「本気じゃなくて良いからさ、付き合ってるみたいにしようよ。そしたら、寂しくないでしょ?」
「そんなのなんかヘン」
トコちゃんはちょっとブー垂れて椅子にもたれかかった。気持ちが失恋モードから考えモードに入ったから、泣き止んだ。うん、良かった。
「変かなぁ。トコちゃんが寂しくなければいいじゃん」
「よくわかんなけいど。だいたい、それって具体的にどういうこと?」
「うん?だから、普通の恋人みたいにさ、デートしたり、電話したり、メールしたりすんの」
「そんなの、いつもやってるじゃない」
確かに。
「そうだね。じゃあ、今まで通りで良いじゃない」
よくわかんなくなってきたから、とりあえず笑っておこう。
ヘラって笑ったら、トコちゃんもヘラって笑ってくれた。
「ぷっ。涼ちゃんって変なの」
トコちゃんが笑ってくれるなら、ボクは変で良いんだ。良かった、少し元気になって。
かくして、ボクたちは“今まで通り”付き合うことになった。
学校の友達は、ボクたちが付き合ってると思っている人がいる。トコちゃんだけがその気がないんだけどね。
案外、トコちゃんが失恋したのって、ボクのせいかもしれない。
でもまあ、言わないでおこっと。
カフェを出て、帰ることにした。
「あー、今日帰りに真由子の誕プレ買おうと思ってたんだ~」
「そう?じゃあ、寄ってこうよ」
ボクたちはいつも通り、雑貨屋さんを見に行った。ボクにとっては、告って最初のデートだよ。トコちゃんはどう思っているだろう。デートって思ってくれるかな。
「涼ちゃんだったら何あげたい?」
その質問が一番難しい。だいたい真由子ってトコちゃんと正反対の性格してるんだもん。
「真由子だったら、これかな」
手に取ったのは、骸骨のフィギュア。フィギュアっていうのかな。体長5センチほどの骸骨で、トイレに座っているやつ。ほかにもシリーズがあって、棺桶で寝てたり、庭で草むしりしてるポーズのものとかもあるけど、とりあえずみんな骸骨シリーズ。
「うわっ、可愛いじゃーん」
トコちゃんの反応よし。
って、可愛い?それ、可愛いの?ボクにはその可愛さ、魅力は感じられないよ。ただ、トコちゃんと正反対の性格の子にあげるならコレかなって思っただけ。トコちゃんにはこんなのあげないよ!
とりあえず、トイレに座っている骸骨をお買い上げした。ラッピングもしてもらった。
「これじゃ足りないから、あっちも見てこよう」
と、トコちゃんは文具売り場に行って絵具を見だした。絵具?絵具あげるの?どういうプレゼントだよ。
「うーん、何色が良いかな。ね、こっちとこっち、どっちが良いと思う?」
見ると、蛍光色の絵具だった。こんなのあるんだね。
真剣に蛍光のピンクと黄緑とオレンジを比較しているトコちゃんの横顔を見ていたら、なんだか急に、キューって気持ちになった。
だってトコちゃん、可愛いんだ。ホントに。
あんまりトコちゃんが、真剣に絵具を選んでいる顔が可愛くて、ボクはついつい顔を寄せた。絵具を選ぶふりをして、顔を近づけてみる。
女の子っぽい匂いがする。
「ね、オレンジにしようかな」
って、トコちゃんが急にこっちに振り向いたから、ボクの口がトコちゃんのほっぺに当たっちゃった。
「あ」
やわらかい。
「チューしちゃった」
うわあ、顔がにやける。
「しちゃったじゃないだろー!」
― パチン! ―
トコちゃんの右ストレートがボクの頬に決まった。
痛いのに、顔が、戻らない。
やばい。
だって、嬉しいんだもん。
「ごめん。わざとじゃないんだよ、トコちゃんが急に振り向くからちょっと当たっちゃっただけで」
「わざとじゃない?」
トコちゃんが、低い声で睨んできた。
さすがにボクも顔が戻った。う、怖い。久しぶりに本気で怖いトコちゃんを見た。
この切り替えしは、えーっと、えーっと、
「ああっ、違うよ、あのね、あの、ホントは、トコちゃんがあんまりにも可愛いから、つい、顔を寄せちゃったんだよ。ごめんね、だって、ホントにトコちゃんが可愛いから」
こういう時は、下手な言い訳はダメだ。思ったことを言わなくちゃ。
可愛いを連呼したら、トコちゃんは急にボッと真っ赤になった。
「し、しょうがないわねっ、ああああああんまり、近くから、み、見ないでよねっ」
あれ、簡単に許してくれた。
良かった。
「ごめんね?気を付けるよ。トコちゃん、そのオレンジの絵具、良いと思うよ?」
「そそ、そうね、買ってくる」
トコちゃんは、パタパタとレジまで走って行った。
ボクたちの、最初のデートはこんな感じだった。いつも通りだけど、ちょっとだけトコちゃんがボクのこと意識してくれたみたい。嬉しかった。
本物の恋人なんてまだなれないけど、今までだってずっと待ってたんだもん。こうして一緒にいられるだけでいいんだ。
トコちゃんが笑ってくれるなら、ボクはこれで良いんだ。だから、トコちゃんに幸せでいて欲しい。
おわり
お読みいただきありがとうございました。