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14-1 地下アイドルを救いたい。よろしい、ならば戦争だ。

 夜の繁華街は煌びやかな光の皮を被った怪物のようだった。

 無数のネオンサインが瞬き、欲望と金が血管の中を流れるように街を循環している。その光の届かない場所、怪物の胃袋のような路地裏に岬の親友はいた。


 作戦司令室(ウォー・ルーム)の壁に設置された巨大モニター。そこに映し出されているのは昼間のキャッチセールスとはまた別の、おぞましい光景だった。


 雑居ビルの地下。紫色の安っぽい照明に照らされた狭いステージ。

 そこに立っていたのは、唯一の親友の大洗千景だった。


 彼女は露出の多いフリルのついた衣装を身にまとい、地下アイドルとしてステージの端で踊っていた。いや、踊らされているという表現が正しいだろう。

 客席の最前列では、酒に酔った男たちが彼女の脚や身体をいやらしい目つきで舐め回し、千円札で作った首飾りを彼女の首にかけている。


 千景は笑っていた。

 けれども、その笑顔は陶器のように硬質で今にもひび割れてしまいそうだった。目の下のクマは厚いファンデーションでも隠しきれておらず、ステップを踏む脚は生まれたての小鹿のように震えている。


「……信じられない」


 岬の唇から乾いた声が漏れた。

 拳を握りしめすぎて、爪が手のひらに食い込む。この痛みが、眼前の映像が現実であることを冷酷に告げていた。


「彼女がこんなことをするなんて……。だいいち、昼も夜も働きづめで寝る時間なんてないじゃないですか。このままでは彼女は死んでしまう……!」


 昼はエウリアンとして高額な絵画を売りつけ、夜は地下アイドルとして体を張る。

 全ては平泉潤二郎という男のためにだ。

 彼に貢ぐためだけに、千景は生命(いのち)を削り、自らの尊厳を切り売りしている。

 これは労働ではない。緩やかな処刑だ。


 画面の中の千景が、よろめいた拍子に客の一人に抱きとめられた。男の手が彼女の腰を這い、千景が一瞬だけ生理的な嫌悪に顔を歪める。しかし、すぐに張り付いたような笑顔に戻る。

 その光景は、岬が見てきたどんなホラー映画よりも恐ろしく胸をえぐった。


 隣に立つエリオットが、沈痛な面持ちでタブレットを操作する。

「……この時の調査で判明したが、平泉は千景の夜の仕事が終わる頃、ほぼ毎日迎えに来る。彼女を監視して逃さず、彼女が得た給料をその場で収奪するために」


 ブツリと岬の中で理性の糸が切れる音がした。


「エリオット。あなたは私に冷静になれと言うけれど、もう我慢の限界です!」


 岬は叫んでいた。

 喉が張り裂けそうなほどの激情が、言葉となって(ほとばし)る。


「今すぐに平泉を公開処刑させてください!調査で得た映像で、奴を断罪する証拠には足ります!」


 エリオットは苦渋の表情を浮かべ、岬の肩に手を置こうとして、ためらったように手を引いた。

「ミサキ。いつでも君のリクエストに応えられる準備はしてある。水戸や古河の時のように、直ちに平泉を晒し上げることも可能だ。ただし、平泉の正体と背後関係が完全には掴みきれていない」


 彼は冷静な分析官(アナリスト)の顔に戻り、リスクを提示する。

「まず、平泉を取り逃がすリスクがある。彼は狡猾で用心深く、こちらが把握していない逃走ルートを使うかもしれない。そして仮に、平泉のバックにアメリア国に反抗する勢力――国際的な犯罪シンジケートや敵対国家など――がついている場合、本格的な戦争状態になる可能性がある」


 戦争。

 その言葉の重みは理解しているつもりだ。個人的感情で、国や世界を巻き込むかもしれない恐怖。

 けれど、今まさに心が壊れかけている千景を見殺しにすることの方が、岬には遥かに恐ろしかった。


「エリオットさんは、私を司令官だと言ってくれましたよね?」


 岬はエリオットを見上げた。涙が溜まった視界の先で、蒼い瞳が岬をじっと見つめ返している。

「私のわがままで、無理を言っているのは理解しています。それでも、もう一秒たりとも平泉の好きにはさせたくない!千景が壊れてしまう前に、私が彼女の手を引かなきゃいけないんです!」


 部屋に沈黙が落ちた。

 僅かな空調の音だけが小さな吐息のように響く。

 エリオットは数秒の間、岬の瞳の奥を覗き込むように沈黙し――やがて、ふっと柔らかく微笑んだ。それは少しの呆れと大きな信頼が込められた笑みだった。


「分かった。これ以上は止めない。例え、どんな勢力と戦争になっても君のやり方でいこう」


 彼はくるりと踵を返すと、ウォー・ルームのオペレーターたちに向かって指を鳴らした。その背中は頼れる兄のものであり、最強国家を導く指揮者のものだった。


『 It's time for justice! 』(さあ、正義の時間だ!)


 その号令と共に部屋の空気が一変した。

 キーボードを叩く打鍵音が雨あられのように響きだし、オペレーターたちが次々と復唱(リードバック)を始めた。


 岬は涙を拭い、顔を上げた。

 もう迷いはない。

 待ってて千景。今、あなたの悪夢を終わらせに行くから。


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