13-7 夜職はつらいよ
「絵の……強引な売り込み?」
岬は、すぐにはその言葉の意味を理解できなかった。
千景が? あの正義感が強くて、曲がったことが大嫌いだった千景が?
通行人に声をかけて絵を売る。それだけなら割とあるキャッチセールスなのかもしれない。迷惑だろうけど、あからさまな犯罪ではないはずだ。
しかし、エリオットの険しい表情が厳しい現実を告げる。
「ミサキ。君は『エウリアン』という言葉を知っているかい?」
「エウリアン……?」
聞き慣れない単語に岬は首を横に振った。
「僕も今回知ったんだが、『絵を売る』と『エイリアン』を掛け合わせた造語だ。過去に東京都から行政処分も受けていて、長期に渡り問題になっている商法の一つだよ」
エリオットの合図で、モニターに数枚の写真が表示される。
そこには路地裏で気の弱そうな男性の手を引き、笑顔で話しかける千景の姿があった。
満面の笑み。あたかも久しぶりに再会した恋人に接するかのような、親密で甘い表情。
だが、彼女の目の奥は笑っていない。獲物を逃がさない捕食者の目に見えた。
「手口はこうだ。まず街頭で『展示会を見ていきませんか?』とポストカードなどを配り、ターゲットを店内に誘い込む。そして、版画や複製原画などの本来なら数千円から数万円程度の代物を、数十万、時には百万単位の法外な値段で契約させる」
「ひゃ、百万!?」
岬の声が思わず裏返る。
「彼らのターゲットは、社会経験の乏しい若者や女性に免疫のない孤独な男性が多い。大洗千景のような魅力的な女性が、ターゲットの承認欲求や恋愛感情を巧みに刺激して判断力を奪い、高額な絵画を購入させる仕組みだ」
モニターの中では千景が男性客の腕に親しげにボディタッチをし、上目遣いで何かを囁いている。男性客は顔を赤くし、まんざらでもない表情で、あっさりと契約書に判を押そうとしていた。
吐き気がした。
あれは千景じゃない。岬の知っている彼女は、こんな他人を騙し不幸にするような仕事は絶対にしない。
「さらに悪質なのは支払い能力のない客への対応だ」
エリオットが、さらに残酷な事実を突きつける。
「この絵画販売店は裏で特定の消費者金融と繋がっている。金がないと言う客には、その場で高金利のローンを組ませている。客は絵を買ったつもりで、実は絵の値段を優に超える借金を背負わされる」
「酷すぎる……!なんて……なんて卑劣な」
言葉の震えが止まらない。
平泉のやっていることは、洗脳した女性を金儲けの道具にして犯罪の沼へと沈めていく、この上なく醜悪で卑劣な行為。
叶うなら、今すぐ平泉を捕らえ脳天にロケット弾をぶっ放してやりたい。
「……彼女の売り上げは相当なものだ」
広尾がタブレットを見ながら、エリオットの言葉を補足する。
「洗脳に加え、『ノルマを達成できなければ僕たちの将来はない』と平泉に脅されている焦燥感が、さらに彼女を変えてしまったのでしょう。ここ数日だけで、すでに彼女は店に数百万の売り上げをもたらしています」
「そして歩合制の日払いで得た報酬は全て、千景ではなく平泉の懐に入っている」
エリオットが吐き捨てるように言った。
「でも、ここまでは『昼の仕事』に限った話だ」
エリオットの言葉に、岬はハッと顔を上げた。
「え……?」
まだ、あるというのか。これ以上の地獄が。
「平泉は彼女に『夜の仕事』も斡旋しているんだ」
エリオットの表情が、さらに一段と険しく悲痛なものに変わった。
「ミサキ。覚悟して見て欲しい」
モニター映像が、夜の帳が下りた猥雑なネオン街へと切り替わった。




