13-6 エウリアン観察日記
メインモニターの表示が切り替わる。
映し出されたのは、都内の雑踏を歩く大洗千景の姿だった。
隠しカメラか監視カメラのハッキングによる映像だろう。彼女は以前の溌溂とした雰囲気とは違い、どこか心ここにあらずといった様子で、うつむき加減に歩いている。
「事後連絡で申し訳ないが、既に大洗千景には二十四時間体制でエージェントを貼りつかせ、詳細な調査を進めている」
エリオットは苦渋の決断を告げるように、岬に視線を向けた。
「今の彼女は平泉に洗脳され、完全に奴の色に染められた状態だ。君の親友のプライバシーを侵害してしまうが、彼女の行動パターン、交友関係、そして金の流れを知ることは、平泉の正体を掴むことにも繋がる。これも平泉を断罪し復讐を果たすために必要なことだと理解して欲しい」
「……」
胸が締め付けられるような罪悪感が岬を襲う。
大洗千景は、岬が会社で孤立していた時に唯一味方でいてくれた大切な友人だった。その彼女の私生活を覗き見し、丸裸にするような真似をすることになるとは。
けれど、綺麗ごとを言っている場合ではない。今の千景は底なし沼に沈みかけている。
彼女の腕を掴んで引き上げるためには、こちらも泥にまみれる覚悟が必要だ。
岬は苦しい胸の内を抑え、力強く頷いた。
「全ては彼女を救うためです。お願いします」
世界最強国家の諜報機関が一人の一般女性をマークする。その異常性が事態の根深さを物語っている。
「ただし、一つ懸念がある」
エリオットが手元のタブレットを操作しながら言った。
「千景と平泉の通信記録だ。彼女は平泉と連絡を取る際、通常の電話やメールではなく『シグラム』という秘匿性の極めて高いスマホ通信アプリを使用している」
「シグラム……?」
「軍事レベルの暗号化技術が使われているアプリだ。メッセージはサーバーに保存されず、一定時間で自動消滅する。DIAの技術をもってしても、外部からのハッキングや盗聴によるリアルタイムな内容解読は困難を極める」
ただの恋愛関係なら、連絡はLINEや電話で済むはずだ。わざわざ、そんなスパイ映画に出てきそうなアプリを使わせていること自体が、平泉が何か後ろ暗いことを隠していると言っているようなものだった。
千景は、それを「二人だけの秘密のアプリ」とでも吹き込まれ、喜んで使っているのだろうか。かつての岬が平泉の甘い言葉を鵜呑みにしていたように。
「つまり、二人がどんな会話をしているか、具体的な内容までは分からないということですか?」
「現時点ではね。だが、外堀は埋めつつある。彼女の行動を追うことで、平泉が彼女にさせようとしていることは見えてきた」
エリオットが広尾に目で合図を送ると、ウォー・ルームのメインモニターには、どこかの繫華街の路地裏にある雑居ビルの映像が映し出された。
一階には派手な看板のメイドカフェが入っているが、その地下へと続く階段の入り口は薄暗く、少々入りにくい雰囲気を漂わせている。
階段脇の看板には『ギャラリー・アクアブルー』という、スタイリッシュな装飾文字が書かれていた。
「ここが千景の今の職場だ」
エリオットの声に微かな怒気が混じる。
「平泉に紹介された仕事で、連日ここへ通い詰めているそうだ」
「ギャラリー……?」
岬は首を傾げた。
「……ライブハウスなどのスタッフの仕事でしょうか? 彼女、音楽が好きでしたから」
後から思えば、随分と間の抜けた質問だった。
女性から徹底的に搾取し、骨の髄までしゃぶり尽くすことしか考えていない平泉が、そんな無難な仕事を斡旋する訳がなかった。
「違う」
エリオットは、岬の甘い推測を無慈悲に切り捨てた。
「今の彼女の”昼の仕事”は路上でセールスをすることだ。秋葉原周辺で主に若い男性をターゲットにした、高額絵画の強引な売り込みの仕事だ」




