第18話 レコーディングしました
「ある意味テクニック?」
「えっと、レコーディングのですか?」
「そう。慣れないうちはどうしても構えてしまうからねぇ。一度成功体験しておけば、こんなものかの緊張しなくてすむだろ?」
「そういうもんですかね……」
「実際、緊張で本来の実力を発揮できない奴は五万といるからね」
前田さんはそう言うと、すこしため息まじりの笑みを浮かべた。個人で集めた様な機材でも、この人には数をこなしてきた経験がある。そう思うには充分な言葉だった。
それから歌のレコーディングに入る。彼が言っていた様に不思議と不安や緊張感みたいなものは丁度いいくらいに変わっていた。大きな所で経験がある俺ですら緊張していた位なのだから、初めての人からしたらもっと大変なのだろう。
「キミ、やっぱり上手いよね……」
「そうですか? まぁ、それなりには練習してきてはいるので」
「声量もしっかり出てるし、何より音馴染みがいい。ほとんどノイズとバランスの調整位しかすることが無いよ……」
そう言うと彼は少しだけカタカタとパソコンで作業をするとヘッドホンを外した。
「簡単にミックスしてみた。聞いてみる?」
「もうですか? はい、聞いてみたいです」
そういって、彼はパソコンの再生ボタンを押すと部屋のスピーカーから曲が流れ始めた。
世間に流れている音と遜色はない程にクリアな音。なんども歌った曲ではあったのだけど、改めて聞いてみると少し不思議な感じがする。それと同時に少し物足りない様な気もしていた。
「どう? 結構いい感じだと思うけど?」
「凄く綺麗に録れてます……」
「まぁ、強いて言えばコーラスとギターをもう一本位は重ねた方が音圧は出るかな」
なんとなく足りなかったのはそれなのだと思った。ライブが前提の弾き語りで弾いている音だけでは、世の中で流れている音には足りない。アイドルの時には曲はもちろん出来上がっていたし、メンバーも歌っていた事もあり、問題は解決されていた。
「すみません、そのあたり考えてなかったです」
「なるほど。ギターはそれなりに弾けるみたいだけどバンドはした事なかったか」
「はい……」
「それならちょっと俺にギターを任せてみるか?」
「えっ?」
そう言うと前田さんは隣の部屋からアコースティックギターを持ってくるとすぐ様チューニングをする。
「ギターは俺もそれなりに弾けるからな」
「そうなのですか?」
「簡単な所だとこんな感じか?」
弾き始めたギターはアルペジオという一音一音弾く奏法だ。自分でも出来なくはないが、慣れているのか即席とは思えない位に合っている。
「凄い……」
「コードをなぞる様に曲に合わせただけさ。でも無いよりはいいだろ?」
「はい!」
「ちょっと調整している間に、コーラスを考えてみてくれよ」
「ハモればいいですか?」
「簡単に言えばそう。ただ、サビなんかだとハモるにしても主旋律やオクターブを重ねるというのもありだな!」
それからしばらく練習する。感覚でハモれない所は前田さんに五度上げなどのアドバイスをもらった。ここに来て、知らない事がこれほどあるのかとそれまでの自分の不甲斐なさを痛感する。
一時間ほど練習した後、重ねるギターと歌を録る事になるとこの部屋の雰囲気に慣れたのかすぐにレコーディングは終わった。
「よしっ。いい感じにできたな!」
「色々とありがとうございます。本当に何も知らなくてすみません」
「気にするな。その分技術はあるから少し教えただけで出来ただろ?」
「そう……ですけど」
「心配はいらない。満遍なくなんて、みんないきなりは出来るわけないんだ。だから、今持っている物にどんどん取り入れていけばいい」
「そうなんですね。ありがとうございます……」
前田さんも色々な人を見てきて学んできたからこその言葉なのかも知れない。部屋をよく見ると少しづつ機材を揃えて行ったのが分かる。ただ、今の状態が完成なわけではなく、これからも少しずつ完成させていくつもりなのだろうと思った。
「とりあえず、細かい調整やマスタリングが終わり次第データを送るから一週間位待っていてくれ」
「わかりました。でも、本当にこんなに安く作ってもらってよかったんですか?」
「まぁ、そう思うならまた頼んでくれよ。アララギが売れたらそれなりの金額取らしてもらうからな!」
「その時はお願いします!」
「お互い、頑張ろうぜ?」
「はいっ!」
本来なら、数万円かかってもおかしくはない。しかし彼は出世払いと言った形で、たったの五千円で録音をしてくれた。それでも俺には世の中にある音源と遜色の無いクオリティに聞こえていた。
これから活動して行くためには大切な音源。前田さんが言うようにしっかりとこの音源から繋げていかなくてはいけないのだと思った。
「……あのさ、いきなりこんな事を言うのはおかしいのかも知れないのだが……」
「どうかしたんですか?」
「いや、昔見た事ある気がするんだよな。なんて言ったらいいかわからないけど、デジャヴ? ってやつなのかも知れないが」
その瞬間、俺はメガネを外していた事に気がついてしまっていた。
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