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「あー、やっと休みだ」
今週は長かったなぁ。 土曜日休みがある学生が羨ましい。 まぁ仕事は先輩に会えるからいいんだけどさ。
というか! 今日は先輩にお呼ばれしてしまった、眠れない夜を過ごしたけど。
「清人今日暇?」
「いや、暇じゃないんだ」
「え?」
そうだった、こいつらに言ってなかった、なんせ夜遅めに先輩から連絡が来たのだから。
「ごめんな、実は先輩にちょっと呼ばれたんだ」
「だからいつにも増して間が抜けた顔してるんだ?」
ぐ…… 日向の視線が刺すように変わったと同時に冷たい対応になった。
「なんか俺に用事とかあったか?」
「ないとダメ?」
「ダメってわけじゃないけど……」
「…… どこ行くの?」
「ランチだけど」
「あたしも行きたい……」
「ええ!?」
そ、それじゃあ意味が…… って日向からしてみれば当然か、困ったなぁ。
「ん? どしたん?」
「先輩にランチに誘われてさ」
「あ! ふぅーん、そういう事か! それで麻里がついて行きたいって駄々こねてんでしょ?」
「駄々じゃないもん……」
「だったらさ、こっそりついて行けばいいんだよ? 私も付き合うからさ」
「はぁ!? 何言ってんだよ? 大体篠原みたいな目立つ奴が居たら即バレだろ!」
「失礼な、ちょっと待っててー」
篠原は部屋に戻り少しするとドアが開いた。
は!? 誰だこれ?
「じゃーん! こんなのあったの忘れてたからいい機会にやってみましたぁ」
黒髪のカツラのおさげに分厚い眼鏡に露出の少ない地味な服…… 篠原ってオーバーオール着るイメージないもんな。
「うわ…… 彩なの?」
「なんであんたが引いてんのよ? ぶっちゃけ私から見たらあんたもこっち側よ?」
「でも凄い、こんなに目立たなくなるんだ。 でもよく見たら眼鏡取ったらちょっと可愛いかもと思うかも」
日向の興味を引いたのか篠原を隅々まで見て回す。
「どお? これで地味な地味子の完成よ、遠目からじゃわからないでしょ?」
「わあーッ!!」
後ろから声が聞こえたと思ったら神崎だった。
「見てました見てました! 素晴らしいです彩奈!」
「はぁ?」
「来週からはこの外見で学校に行きましょう!?」
「冗談じゃないわよ! なんでこんな恥ずかしい見た目で行かなきゃいけないのよ!」
「更生したんだなと先生方もお喜びになります! 是非!」
「勘弁してよね、どう考えたっていきなり私がこんなんなったら不審がるでしょーが!」
「柳瀬さんも今の彩奈の方が真面目そうで良いですよね!?」
え? 俺にその話振るなよ……
「え…… とまぁ新鮮味はあるかな」
「ふふッ、そっか」
「ところで話は聞こえてきましたけど麻里と彩奈はついて行く気なのですか? 柳瀬さんは車なので無理だと思うのですが?」
「清っちどこでランチするの?」
「駅の近くのカフェだけど?」
「ああ、あそこか。 なら私達も送ってってよ」
「だってそしたらバレるじゃん?」
「早めに行けばいいだけじゃん?」
「いや、そうは言っても日向とかはバレるし」
なんか早速面倒な事になってきたぞ……
「大丈夫! 私が頑張ってバレないようにしてあげるからさ!」
「あの! わ、私も行ってよろしいでしょうか?」
「は?」
「なんで莉亜まで来るの?」
「ま、麻里〜! そんな冷たい返事したいで下さいよ、お昼に1人だけは寂しいというか…… みんな行くなら私も行きたいです」
おいおい、神崎まで行くなんて聞いてないぞ……
「ならまとめて私が面倒みちゃおう! 麻里は元から地味だからメイクで不細工にして」
「一言余計……」
「莉亜は…… とりあえず髪をぐちゃぐちゃにして」
「あ〜〜ッ! なんか雑ですよぉー!」
そして3人が出来上がるのを待っていると……
「お待たせ清っち!」
「…………」
「はぁ、彩奈自分だけマシに見えるようにしてませんか?」
そこには普段の可愛いという3人からは想像が付かないほどイモくさく……
「これならなかなかバレないよね! じゃあ行こう!」
こうして駅前のカフェに早めに行き待ち合わせの時間辺りになると3人と別れ、しばらくすると先輩の車が来た。
「あれ? もしかして結構待ってた?」
「いえ、ほんの少し前に来たばっかりです」
先輩とカフェに入店して他愛のない話をしていると変人3人組が入って来た。 一応先輩を出入り口から背を向けるように座ってもらっててよかった。
だがあろう事か3人は俺から見てすぐ前の席に座ってしまった、大胆すぎるだろ! それに会話が丸聞こえになりそう。
「柳瀬君?」
「はい!」
「何かあった?」
「な、なんでもありません。 今頃になって少し緊張してるのかな俺……」
「そっか、柳瀬君を見てるとなんだか自分も若返った気分になっちゃうな」
「え?」
「柳瀬君青春してるなって」
「ははは…… そんな歳でもないんですけどね、あ! 先輩こそ十分若いですし綺麗ですからね!」
「ふふッ、ありがとう。 そういえばさ、柳瀬君にとってあの子達ってどんな存在?」
「どんな存在?」
なんでいきなりあいつらの事を?
「少し前から聞いてみたいなって思ってたの、あの子達は柳瀬君の事とても大事に思ってたように感じたから、柳瀬君はどうなのかな? って柳瀬君からね」
「…… どうですかね?」
あいつらに先輩とのこの会話を聴かれるのは癪だけど先輩に嘘をつくのも嫌だし……
「俺にとっても大事な存在です、切ろうと思ってもなかなか切れません…… って言えばいいんですかね?」
「だよね、柳瀬君ってあの子達の事で少し喜んでたりへこんだりしてた事もあったから何かしら影響は受けてるんだよね。 だったら……」
「先輩?」
少し間を置いて先輩は言った。
「だったら私の事はどう思ってる?」
これは…… なんなんだ? もしかして好きって伝えてもいいのか? いやでもこんな状態で? だが……
言えない、好きなのに好きと言えない。 日向と篠原の事だって決着が付いていないのに先輩にも好きと伝えろと? それはあまりにあんまりだ。
「俺は…… 先輩の事を尊敬してます。 理想の先輩です!」
「…… そう、そっか。 なんかごめんね、改まってこんな事聞いちゃって。 なんか無理に言わせちゃった」
「無理なんて……」
でも先輩ももしかして俺の事…… 弟みたいに思われてるのかとずっと思ってたけどもしそうなら俺の言った事はマズかったんじゃ? だったら……
「ご、ごめん! 気不味くしちゃった、今言った事は忘れて?」
「………… きなんです」
「え?」
「好きなんです! 好きなんですけど俺にはまだ…… まだ先輩の事を好きになる資格がありません」
「柳瀬君…… 私もだよ、柳瀬君を好き」
先輩! 両想いだった、両想いだった! あの先輩と!
「でも資格って?」
「先輩も知ってると思いますけど俺なんかを好きになってくれる奴が居るんです、それなのに俺は……」
「麻里ちゃんね」
篠原もです! なんて言えない……
「そっか。 わかった」
「わかった?」
「そう、だからこの話はこれでお終い」
へ? お終い? それは一体どういう事なんだろうと思ったがその後はまた他愛のない話題に戻ってしまい帰る事になった。
「柳瀬君好きって言ってもらって嬉しかった」
「お、俺もです」
「また明日」
「はい、また明日」
去りゆく先輩の車を見つめて見えなくなった後、背中に衝撃が走る。
「日向?」
「バカ清人」
「こ、こんなとこでくっつくなって」
「遂に言っちゃったかぁ。 弥生さんも好きで良かったじゃない」
「でもなんだろう? よくわかんないんだよな」
「麻里、清っちに好きって伝えてて良かったね。 あれがなかったら清っちと弥生さんそっこーで付き合ってたわよ」
「…… うん、清人そこまで想っててくれたんだね、嬉しかった」
「私もね!」
「彩奈が?」
「とっても大事って言ってくれたじゃん清っち」
「そうでしたね…… 私も嬉しいです」
結局先輩には好きと伝え先輩にも好きと伝えられたがそれでどうなったとかよくわからないままだった、だったらなぜ先輩は俺に好きと伝えたんだろう?




