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「柳瀬先輩。 おーい!」
「え? なんだ如月か」
「なんですかその応対は! 仕事の事聞いてるんですよ! しっかりして下さい」
「しっかりしてない如月からそう言われるなんて……」
「ひーどーいぞー!!」
「あらあら、今日も仲良いわね」
やっぱ先輩を見ると癒される。 先輩と話している時だけは…… 如月のニヤついた顔が目に入り少しテンションが下がる。 はぁ〜、他人事だと思って面白がってるな。
「最近疲れたような顔してるけどプライベートで大変みたいね?」
「だって柳瀬先輩ハーレムですもんね!」
「おい、お前は口閉じろ!」
何がハーレムだよ。 俺は逃げ出したいんだっつの! ん? いっそこのまま違うとこに引っ越ししちまえばいいんじゃないか?
あいつらは所詮学生だ、そこんとこ融通は効かないし今の高待遇な暮らしから抜けるのはちょっとキツいけど元々はそのつもりだったんだ、今より少し離れるけどアパートはまだある。
「でも凄いよね柳瀬君は」
「え?」
「あの子達みんな柳瀬君を慕ってるしそれほど好かれてるって事だよね。 柳瀬君なんだかんだで面倒見がいいし」
「ただのタラシかもしれませんけどねぇ」
「こらゆいちゃん! そんな事言わない」
面倒見がいいなんて滅相も…… 滅相もありません、たった今全てを投げ出そうかと考えていたところです。
とまぁ考えているうちに仕事が終わった。 いやー、全然集中出来なかった。 如月の事言えねぇぜ。
車に行こうとすると後ろから先輩が追いかけて来た。
「柳瀬君、君があんなに上の空になるなんてまた何かあったようだけど元気出して! 私で良かったら話は聞くからさ」
「先輩…… 」
ほぁー、先輩の匂いっていい匂いだなぁと現実逃避をしているとニコッと笑って先輩は行ってしまった。
帰ると日向と廊下でバッタリ会った。
「おかえり」
「日向……」
「ん?」
「あ、いや。 ただいま」
部屋に戻り携帯で適当に賃貸のサイトを開いてみる。 ほーら、やっぱりここ以外に近くにあった、最初一人暮らしするって時に見てたもん。 空き部屋なし、ダメだな、次はと…… 高いなここは。
集中して見ているとあっという間に夕飯の時間になったのか日向が部屋に入って来た。
「ご飯だよ、行こ」
「ああ」
日向が俺の腕を引っ張ったので携帯が床に落ちて日向の足元に。 げ……
「あ、ごめん。 え?」
何気なく拾って返そうとした時に俺の携帯の画面を日向は見てしまった。
「清人…… 引っ越しするの? ここから出て行くの?」
「あ…… ええと」
「なんで? どうして? 嫌だ!」
「これはその……」
日向は俺の襟首を掴んでゆさゆさと揺さぶる。
「あたしの事そんなに嫌だった? 嫌な思いさせてた?」
「麻里、柳瀬さん何してるんですか? 早く来て下さい、彩奈なんかキッチンで寝そうですよ…… ってええ!? なんですか? 麻里を泣かせたんですか?」
うげ…… 神崎まで来てしまった。 余計にややこしい事になりそう。
「莉亜…… 清人ここから出て行くって」
「………… え?」
そう聞いて唖然とした顔をしたと思えば途端に神崎は怒ったような表情に変わり俺の目の前に来た。
「なぜです? 私はあなたの事を…… 今では大切に思っています、ここに暮らしている以上例えごっこだって柳瀬さんは家族です、来てくれて良かったって思えるようになったのに前もって話もなく出て行くなんてあまりに薄情です! あなたは私達の事をなんとも思っていなかったのですか?!」
「…………」
「答えてくれないのですね…… 私達に何か柳瀬さんにここに居たくないと思わせるような事をしてしまいましたか? そんなに柳瀬さんにとって私達が重荷でしたか? なら今後は気を付けます。 ですから麻里の…… 麻里のためにもここに残ってくれないでしょうか? お願いです」
「莉亜……」
どんどん神崎の声色が暗くなっていく。 これは…… 大事になってしまいそうだ。 だけどバレたなら仕方ない、ここまで思い切った事してるんだ。 今度こそ俺に失望するだろう。
そう思い切り出そうとすると日向の泣き顔が見えた。 次に神崎が涙を滲ませて必死で泣くのを我慢している姿と……
あれ? なんでかな? 切り出そうとしているのに声が出てこなかった。 その代わりにこいつらとの思い出が頭の中を駆け巡る。
あなたが来てくれて良かったという神崎に俺の事を好きと言ってくれた日向、良くも悪くも俺にいきなり告って俺が居ると楽しいと言ってくれる篠原……
俺が困った時はなんだかんだで俺に話を合わせようとしてくれたり頼んでもねぇのにご飯や弁当まで用意してくれる、俺の好きな食べ物をちゃんと覚えてくれてたりもする。
何より俺が出て行くってなってこんなに悲しんでいる。 そんなこいつらから逃げ出すって? そしたら俺は本当のクズじゃねぇか。
「引っ越さないよ」
「「え?」」
「このサイトはコッチに来る前に見てただけで落とした時にたまたま画面が開いただけだよ」
「ということは…… 麻里の勘違い? ですか?」
「ふえ? 本当? 清人」
真剣な眼差しで日向はおれを見つめる。 うん、そういう事にしておいた方が何が嫌だったとかそういう風に考えさせたなんてならなくていいだろう。 もとは俺のクズ的思考だったし。
「あ、ああ! だから日向が泣き出すもんだからビビっちゃってさ」
「当たり前です!! 麻里だけじゃありません、私だってとても悲しかったです、というかなんて勘違いをしてるんです!? 恥ずかしいじゃないですか!」
「ごめんな、勘違いさせちゃって」
「それなら…… いい。 あたしこそごめん、莉亜もごめん。 でも良かった、勘違いで良かった」
押し倒されそうな勢いで俺に抱きついて胸に顔をゴシゴシと擦り付ける日向を撫でてやると神崎は少しホッとした顔になったかと思えばいきなり青ざめた。
「ああッ、そういえば夕飯ですよ! 彩奈がここに来ないって事はキッチンで寝落ちしてます! 私が来たのもお2人がなかなか来ないからで」
そうだった…… ていうか俺ってやっぱりここの暮らしとこいつらの事離れられないくらい気に入ってたんだな。




