12-1
……眩しい。
人が眠ってるっていうのに、誰だよカーテン開けた奴。
またイブキの奴が、俺を叩き起こしに来たのか?
いや、違うな……。
イブキならもう少し、優しく起してくれるからだ。
可愛い声で「旦那様」ってさ。
そんで目が覚めてから、ゆっくりカーテンを開けてくれる。
じゃあ誰だ?
ライム?
いや、あいつがイブキ以外に俺を起させるってことはないだろう。
じゃあノインかリユか。
同じアパートに住んでるしな。
……でも、あいつらに鍵なんて渡してないぞ?
っていうか、太陽光の割には冷たい光だ。
これ、蛍光灯の光じゃないか?
いや、それにしては明るすぎる。
それじゃあ、何の光だ……?
俺はゆっくり、瞼を開いた。
真っ先に目に入ったのは……無影灯……?
どうして俺は、こんなところで寝て……?
手術でも受けたのか?
その時、俺は思い出した。
俺のどてっぱらに、サラマディエの巨大な杭が撃ち込まれた時のことを。
その時感じた何とも言えない不快感を思い出し、俺は思わず上体を上げた。
「あ、あれ!?
お、俺の腹は!?」
俺が来ていたのは、普段着ているTシャツ。
腹部には、見事に大穴があいていた。
だが、その奥の身体に損傷は見られない。
「……ってか、ここどこだよ!?」
俺が寝かされていたのは、手術台の様なベッド。
周囲は殆ど白い壁だが、右手の壁のみ、モニターとキーボードの搭載された机が並べられていた。
そこに座っていたのは……魔女サラマディエ……!!
「おお、本当に何もせずに治るんだね、ビックリ度50%」
小さく拍手しながら、彼女はケラケラと笑っている。
俺をこうした張本人の癖に……!
「……お前が連れて来たのか?」
「まあね、そこのイブキも一緒に」
サラマディエは、俺の隣に並べられた手術台を指差す。
そこに寝ていたのは……イブキ……!!
意識はあるようで、眠たそうな瞳をこちらに向けている。
「……旦那様……目が覚めたのですね……」
イブキの様子は、明らかにおかしい。
それに、よくわからない様々なコードや管が、彼女の身体に取り付けられている。
「……サラマディエ……!
イブキに何をしてやがる!!!」
<Awakening>
俺の想いに呼応するように、赫い稲妻と共に現れる端末。
確かサラマディエは、デザイア・チューナーと呼んでいたか。
俺はそいつを掴み取ろうとしたが……右腕の義手がない。
「無駄無駄。
義手と君のメイルドライバーは、こっちで預かってるからね」
「なんだと……!!」
俺のメイルドライバーを手でつまみ、ひらひらと動かすサラマディエ。
俺に見せつけるかのように……。
これじゃあ、俺はただの人間だ。
魔女であるアイツになんて、とてもじゃないが敵わない。
そうだとわかっていても、サラマディエの腹立つ顔が、俺の殺意を掻きたてた。
まるで殺意が形を得るかのように、俺の周囲に赫い稲妻が迸る。
「……返せ……。
返しやがれ!!!!」
――だが、俺の殺意が最高潮に達した瞬間、俺の身体から力が抜けて行った……。
突然の体調の急変に、俺の上体がベッドに引き寄せられていく。
俺は肘で体を何とか支え、荒れる息を整えた。
……いま、何が……!?
「あんまり闘争心に呑まれない方がいいよ。
幸い、メイルはキミを気遣ってくれているみたいだけど」
メイルが俺を気遣う?
何を言ってるんだ?
「……何言ってんだ?」
「まあ、もう少しゆっくりしなって話。
キミ達に酷いことをする気はないからさ」
ぬかしやがる……イブキによくわからない機械を括りつけといて……!
今イブキは何をされているんだ?
生命維持装置……だとしても、それが必要な程の怪我をさせられたのは確かだ。
「だったらどうするつもりだ!!
こんなところに連れてきやがって!!」
「ちょ~っと、私の話を聞いてほしくてね」
「……懺悔でもするつもりか?」
「どっちかと言うと情報共有……かな?」
共有、か……。
こいつ、仲間にでもなったつもりか?
「共有?
悪いが、仲間になんかなるつもりはないぞ」
「それは聞き終ってから決めてほしいね。
おとなしく聞いてさえくれれば、キミ達を解放してあげる」
「はぁ!?」
わざわざ攫ってきて、それだけか!?
だとしたら、こいつはあることないこと吹き込んで、俺達を体よく扱うつもりってことか。
それとも、この話そのものが時間稼ぎで、本命は別にあるのか……。
その時俺は、イブキの体に括り付けられている管のことを思いだした。
仮に時間稼ぎだとしたら、それはイブキの施術をするための時間である可能性が高い。
俺はイブキの身体に視線をやり、彼女の異変を探る。
怪我や手術痕など、特に変わったところは見当たらない。
――が、一点だけおかしなところがあった。
彼女の左の二の腕に巻かれていたのは……メイルドライバー……!!
今にも意識を失いそうなイブキと、何か関連があるに違いない。
どうする……こいつを無理矢理外してもいいのか……?
「……信じてないでしょ」
不意に差し込まれたサラマディエの声に、俺の身体が凍りつく。
でもまあ、これだけ熱心に見ていたら、勘付かれるか。
「どこに信じる要素があるって?」
サラマディエは「まあね」と呟くと、首を深く俯かせた。
それから深くため息を吐いたと思えば、今度はバっと顔を上げる。
「それじゃあ、一つ面白い話をしてあげる」
お前の話なんか、何一つ面白くなんかない。
そう返そうとした俺だが、続くサラマディエの言葉に、思わず耳を疑った。
「『キサラギ理論』って知ってる?」
……俺の名前?
でも理論って、何の理論だ?
少なくとも、そんな言葉を聞いた覚えはない。
「なんだそりゃ、俺の強さの秘訣か?」
サラマディエは、先程よりも大きなため息を、それはまあ盛大に吐いてから続ける。
「……魔術の基礎理論」
魔術の基礎?
ってことは、今マフルの街が当り前のように動いてるのは、そのキサラギ理論って奴のお陰ってことか?
「……聞いたことがないな。
悪いがこの世界の事情には疎くてな」
「ま、そりゃそうだよね。
マフルじゃ常識だけど、話す機会なんてないもん。
名前繋がりで聞いたことくらいあるかな~って思ったんだけど」
確かに元の世界でも、オームの法則やらフレミング左手の法則なんて、学校関連以外じゃ話題にならなかった。
名前も理論も知らないのに、使っている物ばかりだったからな。
「まあこの理論、常識と言う割には謎が多くてね。
まず、何処の誰が提唱したのかわからない。
しかも、三百年前の大破壊の所為で、秘密を知っていた一部の組織も崩壊した」
一部の組織……「眠れる森」のことか?
まあでも、魔術の基礎理論なんて、最初から興味はない。
戦いの役には立つかもしれないが、だったら最初からライムに聞けばいい話だ。
「そいつは残念だったな。
帰ってライムにでも聞くとするさ」
「ライライだって知らないよ。
私達魔女だって、魔術を発見したのが誰だったかなんて、知らされなかった。
だからこそ気になったの『世界をここまで変えた』のが、誰かって」
気になる……ねえ?
俺にとっちゃ、この世界は最初からこうだった。
昔話になんか興味はない。
いま俺が知りたいのは、ここから脱出する方法だ。
次に、サラマディエの目的。
「誰でもいいだろ、そんな奴――」
「――ソウタ・キサラギ」
俺の言葉を食ってまで、サラマディエは俺の名前を呼ぶ。
「だから興味ないって――!!!」
「十代のころに遭った、不幸な事故の後遺症に苦しみながらも、魔術の基礎理論、及びその研究機関を確立させた天才学者」
……確かに俺は事故に遭ったけど、学者?
誰の話だ……?
「何の話だよ?」
「だから、この世界を変えた人の話だよ。
キミも確か、この『時代』に来るときに、事故に遭ったらしいね?」
どうしてそんなことまで知っているのかは知らない。
でも今は、そんなことは関係なかった。
彼女の言った「時代」と言う表現が、胸につっかえたからだ。
「ちょっと共通事項が多すぎると思ってね。
事故に遭った事といい、日本語に何の苦も無く適応できている事といい」
共通事項って言われたって、俺はそのキサラギさんのことなんか何も知らないわけだし――。
って、こいつ今……「日本語」って……?
「そこでソウタ・キサラギ……いや、如月蒼汰に聞きたいんだよね。
キミ、本当に死んだの?」
日本語?
俺の名前をした、魔術の提唱者?
サラマディエの言った「この時代」?
まさか、この世界は――。
――最初から、異世界なんかじゃなかった!?




