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11-3

 ぶつかってきた少女は、自らを「サラ」だと名乗った。

 見ず知らずの子供を連れまわすなんて変な話だが、仲良く手を繋いでいるイブキとサラちゃん達が楽しそうなので、良しとしよう。


「そう言えば、サラさんはどうして迷子になっていしまったんですか?

 両親とかは……」


「今日はおつかいだから、私だけ。

 お兄ちゃんに会うために、一人で来たんだ!」


「一人でおつかいなんて、偉いですね!」


 俺の隣で手をつないで歩いているイブキとサラちゃんは、宛ら姉妹だ。

 二人ともパーカーを着てることから、一見おそろいの服を着込んだ仲良し姉妹に見える。

 なんというか、平和だ。

 魔女ルイスの襲撃に遭って、大けがして病院に閉じ込められて、最近散々だった所為か、この平和がいつもより愛しく思える。


「それなら、そのお兄ちゃんと一緒に街を回ればいいんじゃないか?」


「ダメダメ。

 お兄ちゃんにあったら、すぐに帰らなくちゃいけないって約束だから」


「それきっと、暗くなる前に帰れって意味だぞ」


 こうやって言葉の裏をかいて行動する辺り、実に子供っぽい。

 実際子供だが。


 そうとなれば、あまり長い時間連れまわす訳にもいかないかもな。

 警備隊に預けるより、セントラルシティにいると思われるこの子の兄に預けた方が良さそうだ。


「じゃあ、早く遊ばなくちゃですね!

 サラさんは行きたいところとかありますか?」


 サラちゃんは、イブキの言葉を聞いて、う~んと唸る。


 いま俺達が歩いているのは、セントラルシティに無数にある大通りの内の一つ。

 ここから巨大な電気屋やショッピングセンターなどが、道路に面して並んでいる。


 サラちゃんは、そのうちのショッピングセンターを指差した。


「あそこいきたい!!」


 そこは、セントラルシティでは比較的小ぶりなショッピングモール「ナウモール」。

 小ぶりと言っても、比較対象が悪いだけで、八階建ての巨大なビルだ。

 遊ぶも食べるも買うもなんでもござれ、俺達の普段の買い物もここですることが多い。


 ちなみに、最も巨大なショッピングモールは、セントラルシティの北端にある。

 いつかは行ってみたいものだ。


「んじゃ、乗り込むか!!」


 その時――。

 グゥ~っと、俺の腹の虫が鳴声を上げた。


「……まずは、飯食ってかないか?」


「はい!」


 イブキもサラちゃんも、満面の笑みを浮かべた。


 ナウモールのフードコートは七階。

 入り口から入った俺達は、エレベーターに乗って速攻七階へと向かった。


 一階は巨大な食品売り場、サラちゃんはその巨大さに歓声を上げていた。

 外の景色が見えるエレベーターに乗っても、それは同じ。

 彼女は遠ざかっていく地面を、目を輝かせながら見ている。

 彼女の出身地は知らないが、やはりこう言った巨大な施設は珍しいのだろうか?

 でも、マフルの街なら、この程度の店なら珍しくない筈だが……。


 俺はふと、おっさんの言葉を思い出した。

 ナルが、街の外の人間と言った時の言葉を。

 もしかして、この子も……?

 いや、街の中に兄がいるようだし、考え過ぎか。

 子供って、デカい物や高いところが好きだしな。


 今日は平日であるためか、エレベーターは俺達だけを乗せたまま、七階まで上がっていく。

 七階に到着したベルがエレベーター内に響いた際、真っ先に動き出したのはサラちゃんだった。

 彼女はエレベーターの窓からすぐに離れると、フードコートへと駆け出していく。

 その様子は、完璧にテンションの上がった子供そのものだ。

 心から楽しんでいそうなサラちゃんの姿に、俺とイブキは目を合わせ、互いに微笑んだ。


「さて、好きなもん奢るぞ。

 何処がいい?」


 俺は、フードコート内に無数にある店を見渡しながら、サラちゃんに問う。

 彼女はう~んう~んと唸りながらフードコート内を練り歩いたが、結局ただの洋食店に決めたようだ。

 ……この世界において、こう言った料理屋を洋食店と呼ぶかは謎だが……。

 この街の人々はなんと呼ぶのだろうか?


 まあそんなことはどうでもいいか。

 俺達が洋食店へと入店すると、すぐに席へと案内された。

 四人掛けのテーブル席だ。


「サラさんは何にします?」


 イブキはサラちゃんを気遣ってか、彼女の隣に座った。

 こう、誰に言われずとも動けるのは、彼女の魅力だ。


「どれにしよっかなぁ……」


「俺は特大ハンバーグでいいや」


 一通りメニューを見たところ、最も惹かれたのは特大ハンバーグ。

 写真を見る限り、大人でも食べきれるか不安なほどの大きさだ。

 それなのに、サラちゃんは「私もそれにする!」と言い出した。


「いや、子供にこれは無理だろ……」


「そのくらい食べれるもん!!

 あとはね……」


 こいつ、まだ食うつもりか……。

 後先考えないのも、子供らしいと言えば子供らしいが。


「ミートソースパスタとパンケーキ!!

 後は特大イチゴパフェも!!」


 そんなに食うのかよ!?

 ……まあ、金は余るほどあるし、あとで俺とイブキがフォローしてやればいいか。

 なんて思っていたのだが――。


「――く、食いきれん……」


 真っ先に音を上げたのは、俺だった。

 忘れていた……この街の人々は魔力を宿す都合上、魔女ほどではないが、大喰らいだ。

 この世界の食べ物が、それに合わせられていない筈がない。

 その中でも「特大」を謳うハンバーグなど、食いきれなくて当然だ。

 何の冗談か、直径二十センチ、高さは五センチほどある。


「だ、旦那様……大丈夫ですか……?」


 パスタを食いきったイブキが、心配そうに俺を見つめてくる。

 その優しげな視線は、今の俺とっては鋭利な刃物の様に突き刺さる。

 身体の構造が違うとはいえ、出された食べ物を食いきれないなんて情けない。

 そして何よりも行儀が悪い。


 そんな俺の傍らで、サラちゃんは出された料理を完食していた。

 それどころか、まだ余裕がありそうだ。


「あれ?

 お兄ちゃん、それいらないの?」


 サラちゃんは、半分期待を込めた眼差しで、俺に問う。

 ……非常に情けない話だが、食いきれないなら、分けるしかないよな。


「ああ……。

 ちょっと、腹がいっぱいでさ」


「それじゃあ貰ってもいい!?」


 俺が「ああ」と答えた瞬間、ハンバーグが俺のプレートから消えた。

 サラちゃんの伸ばしたフォークが、目にも留まらぬ速さでハンバーグを捉えたのだ。


 あの巨大なハンバーグは、まだ半分ほど残っていた。

 残っていたのだが……それももうサラちゃんの腹の中。

 彼女は三口程度でハンバーグを平らげてしまった。

 これには、流石のイブキも目を丸くしている。


「なあイブキ……もしかして、この街ではこれが普通なのか……?」


「……少なくとも、我が家では普通ですが……」


 そういえば、ライムもこのくらい大喰らいだったな。

 あいつはもう少し、マナーに気を使ってはいるが。


「あ~おいしかった!

 ごちそうさま!!」


 そしてサラちゃんは、手を合わせずに食後の挨拶をした。


「ねえねえ、次は上いきたい!!」


 サラちゃんは、すぐに立ち上がると、俺の袖をぐいぐいと引っ張ってきた。


「上?」


「そう!!

 すごく楽しそうなところ!!」


 会計を済ませた俺達は、サラちゃんに連れられ、エスカレーターで八階へと上がった。

 ここは……ゲームコーナーか。

 一つのフロア全体がゲームセンターになっているのだ。


 エスカレーターが上がりきるや否や、サラちゃんはゲームコーナーへと駆け出していく。


「おい!

 また迷子になるぞ!!」


 一応注意だけしてみるが、こちらの声など聞こえていないようだ。

 そんな彼女は、客寄せとばかりに無数に並べられたクレーンゲーム機の前で立ち止まった。

 その後ろ姿を、イブキと二人で追いかける。


「どうした?」


 ぼーっとクレーンゲームの商品を眺めるサラちゃん。

 その視線の先にあったのは、巨大なハムスターのぬいぐるみ。

 この前、イブキにとってやった奴の色違いか……。

 それが、所狭しと並べられている。


「これ、欲しい……」


 サラちゃんは、申し訳なさそうにそう呟いた。

 まあ確かに、昼飯まで奢ってもらってちゃ、これ以上おねだりも出来ないか。

 まあ一つくらいなら取ってやってもいいけど……。


「欲しいんですか?

 安心してください!!

 旦那様はゲームの達人ですから!!」


「ホント!?」


 何を勘違いしたか、イブキは自慢げにそう言いやがった。

 まあ確かに、クレーンゲームは苦手じゃないし、前もぬいぐるみを取ってやったけどさ。

 何が嫌かって、こう言われちゃうと失敗しにくいんだよ……。


「嘘だよ嘘。

 ま、取るだけ取ってやるけどさ」


 一個取るだけなら、そう時間も金もかからんだろう。

 しっかり分析して挑めば、千ドルチェ以内には収められる。

 それに、ショッピングセンターのゲームコーナーは、比較的調整が甘いことが多い。

 簡単に行けばいいが……。

 そうして俺は、財布を開いた。


 ――それから、三十分後。

 ガコンと言う音と共に、ハムスターのぬいぐるみが排出された。

 喜んでそれを取り出すサラちゃんの傍らで、俺はクレーンゲームの台に体重を預けた。


 身体から搾り出された嫌な汗が、額から頬を伝う。

 ……まさか、ここまで鉄壁の守りだとは思わなかった。

 今ので六千ドルチェは取られたぞ……。


「だ、旦那様……すみません……私が出すぎたことを言ったばっかりに……」


「い、いや……諦め所を見抜けなかった俺が悪い」


 このクレーンゲーム台、沢山のぬいぐるみが所狭しと並んでいるという見せかけだった。

 ハムスター以外のぬいぐるみは、ハムスターを支えるために、台に接着されていたのだ。

 クレーンが下がる力で、ぬいぐるみ間に意図的に作られている隙間に、ハムスターのぬいぐるみが埋まってしまう。

 そうなると、ぬいぐるみの肌同士が生み出す摩擦によって、もう掘り起こすことが出来なくなるのだ。

 まさかこうまで巧妙な罠が仕込まれていたとは……。

 試行錯誤の末、何とか取れたはいいものの。


 俺は一度大きくため息を吐いてから、サラちゃんへと歩み寄った。


「どうだ。

 まだ遊び足りないか?」


 サラちゃんは、ハムスターのぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめる。

 まるで、何かに縋りつくように――。


「ううん……もう十分。

 お兄ちゃんたちが、私の思った通りの人だって、よくわかったから……」


「……え?」


 刹那――。

 強烈な圧が、俺の顔面を襲った。

 その圧によって、顔面に激痛が走る。


 気付いた瞬間には、俺は大きく吹き飛ばされていた。

 ……地面と水平に……。


 パリィン!!

 と言う音と共に、鋭い痛みが首元を襲う。

 吹き飛ばされた体が、首からクレーンゲームの筐体に突っ込んだのだろうか?


 ……今、何が起きた……!?

 俺は何を喰らった!?

 何が俺を吹き飛ばした!?


 俺が突っ込んだことによって、筐体が誤作動を起こしたのか、クレーンゲームのアームが俺の頭を掴む。

 俺はただ、そのアームにされるがままになっていた。

 わからないんだ、何が起こったのか。


 弱いアームが俺の頬を撫で、上昇していく。

 その時、一人の女性の叫び声が、ゲームコーナーに木霊した。


 俺は、首元に感じたぬめりと言う感触によって、我に返る。

 これは……俺の血だ……。


 俺はすぐにゲーム機から頭を抜き、サラちゃんのいたところに視線をやった。

 そこにいたのは、ハムスターのぬいぐるみを抱えるサラちゃんと――

 地面に倒れ伏したイブキ。


「イブキ!?」


 まさか俺を吹き飛ばした一撃も、イブキを倒したのも……サラちゃんの所為……!?


「楽しかったよ、お兄ちゃん。

 いや、ソウタ・キサラギ」


 まるで答え合わせのように、サラちゃん俺にそう告げる。

 ……どうして、俺の姓まで知っているんだ……!?


 いや、そんなことはどうでもいい!!

 イブキがただでやられるわけがない。

 それに、俺を吹き飛ばしたあの怪力……。

 まさかこいつは、魔人!?


「ライム、聞こえるか!?」


 俺はすぐさま腕時計を使い、ライム達へと通信を入れる。


『ソウタ?

 どうかしたの?』


 通信の向こうで、ライムはキョトンとした声を上げる。


「あ~、聞こえる?

 久しぶり、ライライ」


 サラちゃん……いや、サラがイブキの腕時計から、通信に無理やり参加してくる。

 その声を聞いたライムが、息を呑んでいる様子が、音声越しにも伝わってきた。


『その声……まさか、サラ!?

 どうしてここに!?』


 ライムが、サラを知っている!?

 ってことは、まさか……まさか……!?


 喜びに満ち溢れているライムの声色。

 だが、こちらとの温度差を感じ取ったのか、そのテンションはみるみるうちに下がっていった。


『サラ……?

 今、何をしているの?』


「さて、何をしているでしょうか?」


 言い終ると同時に、サラはイブキを抱えてその場から跳躍。

 天井を突き破り、その上へと消えて行った。


 ……イブキが、攫われた!?


「ライム!

 そいつは敵だ!!」


 イブキが攫われたなら、どうすればいい?

 俺の中に眠る誰かが、そう問うてくる。

 この前、魔女マナによって授けられた、新たなる力が――。

 だが、その答えなど、最初から決まっている。


<Awakening>


 突如として現れた端末を手で掴み取り、メイルドライバーへと装着する。

 そして、最初にはめられていた雷のコンバータを、装着した端末にはめ込んだ。


「逃がすか!!!!」


<Starting>


『逃げる気なんてないんだけど、心外!

 今の私は、やる気度80%だよ……!』


 姿を消したサラの声が、腕時計から鳴る。

 少なくとも逃げるつもりはないのか。

 なら、ぶっ飛ばすまで!!


『サラ!!

 今何をしてるの!?

 ソウタ、聞こえる!?』


『まあまあライライ、落ち着きなって。

 まだ自己紹介だって済んでないんだからさ』


<Bloody Drive>


 その音が流れると同時に、俺の全身を走る鋭い痛み。

 それは俺の身体から、赫い稲妻として漏れ出す。

 稲妻が放つ眩い光が、俺の視界を埋め尽くした。

 たった一瞬の閃光。

 しかし、その閃光が収まった時には、俺の全身に漆黒の鎧が形成されていた。

 赫い片翼を携える鎧が。


 俺は赫い羽を展開し、サラが天井に開けた穴を潜る。

 そして、大空へと舞い上がり、ビルを見下ろす。

 サラは先程の言葉の通り、逃げも隠れもせず、ビルの屋上に立っていた。


 もう一度羽を開き、今度はビルの屋上へと足を着ける。

 腕時計越しに聞こえていたサラの声が、直接俺の耳へと届く。


『私は魔女――』


「――魔女サラマディエ」


 彼女の燃えるようなオレンジ色の髪が、マフルの風に靡いた。

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