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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第一章 術屋
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新しい出会い

 レイヤルクの術屋はたいしたもので、私には有難迷惑な事に朝から晩まで客で賑わっていた。 


 毎朝起きるとすぐに家事にとりかかる。

 朝食の支度と洗濯をし、家の中を軽く掃除する。特に床がレイヤルクの落としたパン屑で汚れているのだ。

 作業が一通り終わると、先に一階の店に行っていたレイヤルクと合流をして、店を手伝う。

 そして閉店後はまた夕食を作り、食後に軽くお店の掃除をするともう寝る時間だった。

 こうして私はハイラスレシア帝国という縁もゆかりも無い場所で、日々を忙しくこなし、地道に生き抜いていた。




 こちらへ来てから一月ほど過ぎた頃。珍しくお客さんが少ない午後の事だった。

 レイヤルクは気を利かせて先に私をあげてくれ、私は市場に食事の材料を買い出しに行く事にした。

 買い物カゴがわりの籐を編んだカゴを左腕に下げ、私は主婦たちで賑わう市場をうろついた。

 大きな赤いピーマンみたいな野菜や、日本とは違ってやたら水っぽいカボチャを野菜売りの屋台で買った。

 まな板や包丁などの台所雑貨を売る屋台もあり、私は使い易そうなものがあれば買っていこう、と考えながら屋台の商品を物色していた。

 可愛い柄の入った木製の調味料入れを手に取って、買おうか迷っていたその時。サヤ、と私を呼ぶ声とともに右肩を軽く叩かれた。

 振り返るとそこには同じく買い出し中らしきタアナがいた。


「偶然ね。ねえねえ、ちょっとこっちに来て!良いものがあるのよ。」


 タアナは私の片手を掴むと、隣の屋台に引っ張っていく。

 その屋台にはカラフルな愛らしい小瓶が並べられていた。


「香油よ。お風呂に垂らしたり……、これなんかは髪用ね。サラサラになるわよ。香りも良いし。」


 店頭に並べられたまるで香水入れの様な綺麗な色と形の小さな瓶を、タアナは楽しそうに私に見せてくれた。

 確かにここは陽射しが強烈だから、髪にもケアが必要かも知れない。一本くらい私用に購入しても、レイヤルクなら怒りはしないだろう。

 彼はあまりお金に頓着しないタイプに見えた。

 私は髪用だとタアナに教えられた小瓶を幾つかつまみ上げ、見比べた。


「ねえ、レイヤルクさんって髪が凄く綺麗よね。どんな香油を塗っているのかしら。」


 タアナに言われて、私は思い出した。レイヤルクは毎朝身支度の際に、瓶に入った液体を顔にはたいていた。化粧水なら是非私も戴きたい、と思った私はそれは何かと尋ねたのだ。

 すると彼は、いつもの無駄に爽やかな笑顔で、「私の特製品さ。若返りの魔法水だよ。」とのたまったのだ。怪しくて、使わせて貰いたいという気持ちは急速に萎んだ。

 想像するに、たぶん髪にも特製品のヘアオイルを愛用しているのだろう。

 以上のくだりをタアナに委細詳しく説明すると、彼女はやや視点のズレた感想を言った。


「レイヤルクさんって、素敵よねぇ。」


 確かに私も顔は綺麗だと思う。

 物腰も異常に柔らかだ。

 だが、死ぬ程家事が出来ない男だ。レイヤルクが料理をすると必ず焦がし、掃除をすれば家具が壊れた。洗濯物は取り込めるが干せなかった。

 彼から術屋を取り上げたら、多分何も残らないだろう。

 自分の主について冷静な分析をしていると、タアナが私の手に水色の小瓶を押し付けて来た。


「マッサージ用の香油よ。」


 彼女は悪戯っぽく笑いながら、私に耳打ちしてきた。


「レイヤルクさんは立ち仕事でしょう?これでふくらはぎから爪先までをマッサージしてあげると良いわ!」

「えっ……。」

「ボンヤリしていたら何時迄も隷民のままよ?自分の子どもも隷民にしたいの?違うわよね。なら、行動しなきゃ。」


 行動……。

 それがなぜ香油に繋がるのだ。

 ちょっと発想が理解出来ない。


「サヤは力が無いから術屋の仕事では片腕になれないんだから、別の方法でレイヤルクさんに気に入られなきゃ!転売されてもっと酷い主人に買われたい?」


 嫌です、という簡潔な返事を挟む間も無くタアナはまくし立てた。


「レイヤルクさんって結構女癖が悪くて、取っ替え引っ替え遊んでいるらしいわ。でも、決まった女性がいつもいないらしいから、チャンスよ!」


 どこがチャンスなのか全く理解出来ない。

 っていうか、女癖が悪いって初めて知った。まあ、良さそうには見えない。でも知りたくなかったかも知れない。


「ええと、つまりタアナさん。私にレイヤルクさんのマッサージをして、彼の気を引けと?」


 タアナはこれ以上は無いと言うほど明瞭に首を縦に大きく振った。

 緑の目が吸い込まれそうなくらい力強い。


「これはその、レイヤルクさんの妻の座を射止めて隷民脱出作戦の一環なんですかね?」

「そうよ!当然じゃない。貴方は正民になりたくないの?その為の道を模索しなきゃ。」


 結局私はタアナに押し切られる形でその水色の小瓶を買った。

 後で私が使えば良いや、と自分を納得させながら。


 食べ物を売る屋台だけでなく、髪の染め粉を売る屋台も大盛況で、長蛇の列が出来ていた。

 よく観察するととりわけ若い女性ばかりが並んでいる。ハイラスレシア帝国の女性の間では、髪の色を変えるのが流行しているのかもしれない。そんな事を思っていると、タアナが口を開いた。


「最近黒に染めるのが流行っているのよ。巫女姫のヒナ様が、黒い髪をされているから。」


 サイトウさんの名がタアナの口から出て、ドキッとした。

 タアナは貴方は黒髪で染める必要がなくて良いわね、とやや羨望を感じさせる目つきで私を見ていた。


「二百五十年振りの巫女姫様ですものね。一度で良いからお姿を拝見したいわ。今年はたぶん、ヒナっていう名前の女の子が増えるわよ。」


 どうやらサイトウさんは着々とハイラスレシア帝国の人々の崇拝の対象になりつつあるらしい。彼女は今、どんな気持ちでいるのだろう。







 帰宅するとまだ食事の準備を始めるまでは時間があった。

 一階の術屋を覗くと、レイヤルクが二、三人の女性客と例に漏れず談笑していた。

 ――楽しそうだ。邪魔すまい。

 そう忙しそうではなかったので、私は又出掛けてくる事にした。タアナが聞いたら怒りそうだけど。

 自由になる時間が出来た時は、図書館に行くのが習慣になっていた。

 サイトウさんがいる神殿庁とはどんな所なのだろう?

 レイヤルクは神殿を嫌っている様だし、巨大な建築群に幾分怖れをなしていた私は、同じ帝都にあるとは言え、なんとなく実際の神殿庁には近寄りにくかった。

 私は最早慣れた足つきで図書館内の左奥にある本棚へ進み、神殿についての書物を物色した。

 何冊か本を手にとると、その場で本を開く。

 立ち並ぶ本棚は背が高い為、暗くて字を読むには快適な環境とは言えなかったが、いちいち閲覧スペースへいく時間が惜しかった。手にした本には神殿組織について掻い摘んで説明がされていた。ハイラスレシア帝国の支配が及ぶ地域にはどんな僻地であれ神殿が設置されていた。即ち、ハイラスレシア全土に数多の神殿があり、それら神殿を束ねるのが州単位に設置された本神殿と呼ばれる神殿で、その上位にあるのが神殿庁だった。次のページには神官の官位についても言及されていた。

 イラスト入りのその解説によれば、神官は皆肩から足首まで継ぎ目の無い装束に、左肩から細いショールを垂らして腰帯で締めた、独特の神官服と呼ばれる衣装を纏うものらしかった。そう言えば、こんな感じの服を着た人を街中で見た事がある。彼等は神官だったのか……。

 ショールはアバと呼ばれ、その色と長さで官位が分かる、と書かれていた。

 神官の官職は下から見習いになっており、その次は十位の神官となり、上がるにつれ数字が減っていく。それぞれの位には従と正があり、見習いの次は従十位で、次に昇進すれば正十位だった。アバの色は十位から白、黒、紺、紫、青、緑、水色、橙、黄、赤となっていた。長さは従か正かを表していた。

 次のページには読むのが億劫になる程の官位ごとの役職名が羅列され、それらを束ねる位置にいるのが本神殿のトップだった。

 本神殿長は通常、正四位以上の神官しかなれない………マニアックな解説文を読んでいると、左腕に抱えていた本の束が崩れ、バサリと床に落ちてしまった。

 やれやれ、と腰を屈めて拾い上げようとした矢先、横から別の腕が伸びてきて私より早く本を拾ってくれた。

 差し出してくれた本を慌てて受け取り、親切なお方にお礼を言った。

 正面に立った人物を見上げると、長い黒髪の男性が柔和な笑みを披露しながら私を見下ろしていた。肩で切り揃えた髪が実に超絶ストレートで、シャンプーの宣伝にでも出られそうだ。縮毛矯正とトリートメントを美容室でやっていても、こうは仕上がるまい。

 サラサラストレートヘアに目が釘付けだったが、ふと彼の服に視線が行き、私は浮かべた笑顔を引きつらせそうになった。

 彼はまさに神官服を着ていたのだ。

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