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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第三章 後宮
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神殿庁への帰還

 翌日はいよいよ後宮を後にする日だった。

 前夜に寝るのが遅かった私は、寝ぼけ眼で他の神官や護女官長と一緒に引っ越し荷物の最終仕上げを行った。

 神殿庁から来た迎えは、かなり仰々しかった。

 たくさんの神官たちと聖騎士たちが整然と並び、白く華麗な儀典用の馬車が巫女姫が後宮から出てくるのを今か今かと待っていた。

 後宮の住人である妃や他の数多の女性たちは、列をなして回廊に膝をつき、サイトウさんの出発を見送ってくれた。その中をサイトウさんは穏やかな笑顔を浮かべて、女性たちに声を掛けながらゆっくりと進んだ。

 後宮のエリアをでると、私たちの足取りは無意識に速くなった。

 皇帝はサイトウさんに付き添い、ずっと彼女の手を握っていた。

 宮殿の建物を出て、城門の近くまで共に歩いて来ると、サイトウさんに向き合い、皇帝は言った。


「太陽神の巫女姫様を我が後宮にお迎え出来たのは、余の治世最大の栄誉だ。」


 礼を言いながら控え目に微笑むサイトウさんに目を細め、皇帝は茶目っ気たっぷりに言った。


「こちらがお懐かしくなれば、いつでもまたお迎えしよう。」


 どこまで冗談なのか本気なのか分からない発言をすると、皇帝はサイトウさんの手を引き寄せ、彼女をだきしめた。


「………陛下っ。」


 サイトウさんは可愛らしく狼狽え、頬を薄紅色に染めた。






「みんな、良い人たちだったね!」


 最後まで別れを惜しんでいた皇帝と離れ、巫女姫を待っていた馬車に乗り込むと、サイトウさんは輝く笑顔でそう言った。

 後宮でお世話になった人々との別れは寂しいね、と彼女は口では言っているものの、はち切れんばかりの笑顔に、神殿庁へ帰れる事への喜びが溢れていた。

 きっと、神殿庁で一番会いたい人は、クラウスなんだろう。

 サイトウさんは馬車が動き出すと、一度として後宮を振り返る事なく、ただ前を見つめていた。

 前をーーー、そうだ、サイトウさんはいつも前を見ている子なのだ。





 神殿庁の正面入り口は、色とりどりの花々で飾り立てられていた。

 護女官長までがその花のアーチによる出迎えに顔を綻ばせながら、馬車から降りた。


「巫女姫さまのご帰還を、お待ち申し上げていました。」


 金糸で煌びやかな刺繍が施された神官服を纏い、儀式や祭典用の錫杖を持った神官長がまず私たちの前に進み出た。

 特席の面々や神官たち、そして少し離れた所に聖騎士たちもおり、その中にはクラウスもいた。

 クラウスは他の騎士同様、膝をついて拳を胸に当てていた。サイトウさんも皆の手前、クラウスに特別に視線を送ったり、ましてや声を掛ける事はなかった。

 




 夕刻を過ぎ、帰還の騒動が少し落ち着いた頃、私は逆に落ち着きがなくなり、胸がざわめき始めた。

 自分が長い休暇を取りたいと思っている事を、サイトウさんに、言わなければならない。

 レイヤルクに会いに行くために、決心をしていたのだがいざこの時を迎えると、かなり言い出しにくく、タイミングを見計らうのが難しかった。

 ーーーなんて言おう。頭の中でシミュレーションしておかないと……。

 お祝いの為に、神官長や護女官たち全員での夕食会が始まっても、私はそれを言い出せず、楽し気な周囲の会話をどこか上の空で聞いていた。

 そんな中、神官長が私の名を呼んだ。ハッと顔を上げると彼は私から少し離れた席から、こちらを真っ直ぐに見ていた。


「後宮に付き添った護女官には、順に長期休暇を取って貰おうと思う。まずサヤからどうだ?」

「ほ、本当ですか?!あの、良いんでしょうか。」


 神官長は笑みを浮かべて無言で頷いた。

 神官長の方から休暇について提案して貰えるなら、それ以上の事はない。

 ちらっとサイトウさんの様子を横目で窺うと、デザートの果物とナッツのケーキにフォークを刺しかけたまま、私と神官長の会話の行方を見ていた。

 神官長は続けた。


「二週間ほど休んだらどうだ?」


 二週間も貰えるなら、文句なしだ。

 私は少し不安になりながらも、サイトウさんに聞いてみた。


「あのぅ、二週間も頂いて大丈夫でしょうか。」


 サイトウさんは少しぎこちなく首を縦にふってくれた。


「う、うん。勿論だよ、サヤ。」


 サイトウさんには長期の休暇がない。あったとしても、自由に何処かに行けることはない。申し訳なく思いつつも、更に尋ねた。


「明日から休んでもよろしいでしょうか。」

「ええっ、明日!?明日………!」


 瞬間的に明らかに動揺したサイトウさんであったが、すぐに快諾してくれた。


「うん、こっちは大丈夫だから、ゆっくり休んで来てね。」


 良いよ、とは言ってくれたものの、その後のサイトウさんの表情は明らかに元気がなかった。私がいなくなると知って、意気消沈してくれたのだろうか。少し嬉しい様な複雑な気持ちになった。





 夜になり私は一日の仕事を終えて、サイトウさんの元から自室に帰ろうとした。その時、珍しくサイトウさんに呼び止められた。


「サヤは、休暇の間に何処かへ行くの?旅行とか…」

「実は私、レイヤルクさんを探しに行こうと思ってます。」

「その人って確かサヤを前に買った人だよね?そんな人を、なんで!?」


 サイトウさんは目を丸くし、大きく見開いた。


「ご病気かもしれないんです。」

「そんな…、そうなの。だけど…」

「だいぶ進行しているかもしれません。私と二度と会う事なく、レイヤルクさんの身に最悪の事態が起きるのは、何としても避けたいんです。」

「それは…心配だね。だけど…」


 サイトウさんは言いかけたまま、言葉を選べなくなったのか、黙り込んでしまった。私は首を少し傾けて、サイトウさんの顔を覗き込んだ。


「ヒナ様?」


 すると彼女は弾かれたかの様に顔を上げて姿勢を綺麗にするみたいに、背筋をのばした。


「あの、その人良くなると良いね。私も快復をお祈りするね。大変だったらお休み伸ばしてね。ーーーあ、でも私のこと忘れないうちに帰ってきてね。」


 わすれる筈などない。

 サイトウさんとの毎日は輝いて、私に自信を与えてくれた。けれど、今陽の当たらない世界にいるレイヤルクさんを、これ以上放っておけば、私は一生悔いるだろう。

 サイトウさんが巫女姫で本当に良かった。彼女の護女官になれた事は、私の誇りだ。

 同じ日本人として、彼女の努力に感謝している。

 巫女姫がこんなに良い子なのは太陽神の思し召しに違い無い。







 翌日、休暇用の大きな鞄を抱えて神殿庁を後にした私は、タアナの元へ行って、近況をお喋りしたり、少し一緒にお茶を飲んだ。

 その後日暮れ時になると一路、神官長の自宅に向かった。

 明日の朝、転移の神技でノルトメア近くまで飛ばして貰う予定になっていたのだが、今日の夕方のうちに絶対に来てくれ、としつこく言われていたのだ。

  いつも夜まで仕事場にいる筈の神官長なのだから、今日ばかりは早目に帰宅してくれるつもりなのだろう。まだ帰ってなかったら、どうしてくれよう。というか、どうしたら良いのか。

 訪ねると神官長は約束どおり既に自宅にいて、私を出迎えるや否や、早速広い書斎らしき部屋に招いてくれた。

 部屋に入って驚いたことに、テーブルの上には所狭しと書類や本が乗っていた。


「ノルトメアと、ノーデンについて予備知識を頭に入れておいた方が良い。」


 ノーデンとは、ノルトメアの南東にある街だ。


「明日の朝、ノーデンに転移して貰う。私は早朝に家を出なければならないから、転移の神技はアーシードにやって貰ってくれ。」

「アーシードさんに?あの、アーシードさんも転移の神技が出来るんですか?」


 転移の神技はかなり高難度だったと記憶していた。失礼ながら、アーシードにできるのか不安になり、それをそのまま神官長にぶつけると、彼は笑った。一応アーシードは私の腹心の部下で、神技は幅広くこなせるのだが、と言った。


「ノーデンからノルトメアまで、自力で行くのだから色々知っていないと困るだろう。」


 広げられた地図は、ノルトメア周辺のものであり、神官長は指でノーデンの位置を指していた。


 神官長によるノルトメアとノーデンの講義は結局夜まで続き、大小、玉石混交な情報に至るまで、神官長から共有ーーーいや、押し付けて貰った。これでもう、私がノーデンのマニアだと胸を張っても誰からも文句は出ないだろう。惜しむらくは、学習に費やした時間の方がその後の私のノーデン滞在時間より長かった事だ。



 




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