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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第三章 後宮
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エバレッタの告発

 週末の報告日がやってきた。

 またも報告書を携え神殿庁に向かう。前回あんな事があったのに、私は神官長に会えるのがやはり嬉しかった。それどころか、私は神官長が今日も食事に誘ってくれたりしないだろうか、などと図々しい希望を薄っすらと抱きながら、神殿庁に入った。

 今回はサイトウさんから皇祖祭の資料集めも頼まれていたので、私は神官長との約束の時間より少し早く着いた。私は少し人目を気にしてから、資料室に行った。

 サイトウさんにお願いされた調べ物をする前に、人が少ないこの週末に、以前からどうしても確かめたい事があった。

 足音をなるべく立てない様、細心の注意を払いながら、人気の無い資料室の本棚の間を進み、その最奥へ辿り着いた。即ち、ガラスの扉で仕切られた、神殿庁の秘蔵と言っても過言ではないそのエリアへ。

 曇り一つないガラスの扉の向こうには、題名の印字のない、黒色の革の背表紙の本が並ぶエリアだ。

 使う事が禁止されている神技である、禁術の大全がそこには納められていた。

 幅の狭い本棚に収納されたその本たちは、冊数にすれば大した事はなかったが、真っ黒い背表紙の集合体はやはり、不気味な圧迫感があった。

 ハイラスレシアの人ならば、このエリアに入ろうとすらしないのだという。でも私はどうせ神技なんてものは使えないし、幼い頃から刷り込まれた禁術への恐怖心もない。

 意を決すると、一般の蔵書と禁術の書を隔てるガラスの扉に手をかけた。

 扉はギィー、という金属音を立てて開いた。

 中に入ると私は本棚に手を伸ばした。タイトルが書かれていないので、とりあえず目に付いた一冊を手に取って開く。紙は大変綺麗な状態で保たれていて、折りジワや捲り跡一つ無く、殆ど誰も触れていないのだろうと推測された。パラパラと飛ばし読みをしてみた。『記憶を奪う術』『関節を折る術』等、どれも人に害を与えたり、摂理に反する様々な術とその方法が事細かに記載されていた。捲り切った最後のページには、見覚えのある絵が掲載されていた。前に神官長に見せられた、肩まで紫色に変色した『禁術をした男の絵』だ。苦悶の表情で口を開く男の、大きく開けた口から、悲鳴が聞こえてくる気がした。

 ………レイヤルクは、どんな禁術を行ったのだろう。いやそれ以上に、彼の変色した右手をどうにかする方法はないのだろうか。


「何をしているの?」


 唐突に声をかけられ、私は心臓が跳ね上がるほど驚いた。反射的に本を硬く胸に抱くように隠しながら、声がしたガラス扉の方を見た。

 そこには、私を剣呑な眼差しで見ているエバレッタがいた。先日会った時とは違い、特席の制服ではなく、花柄の綺麗な私服を着ていた。仕事ではないのにここで彼女こそ何をしていたのだろう。


「な、何でもありません。神官長と会う時間までまだ時間があるので、時間潰しを…」

「禁術なんて調べてどうするつもり?」


 私が答えるより早く、エバレッタは手をこちらに伸ばし、私が胸元に抱え込んでいた本を毟り取る勢いで奪った。その直後に、彼女は誰かに呼びかける様に声を張り上げた。


「早く出てきなさい。不届き者を捕えるのが聖騎士の仕事でしょう。」


 すると資料室の入り口近くの本棚の陰から、もう一人の人物がおもむろに姿を現した。濃い紫色の上下に黒色のマントを羽織るその聖騎士はクラウスだった。

 彼は精悍な黒い眉を寄せて険しい顔をしながら、向かい合う私とエバレッタの所までゆっくりと近づいて来た。


「クラウス。私の忠告した通りでしょう?サヤを信用するなと。」


 エバレッタの発言を無視してクラウスは私に向かって話してきた。


「お前が人目を気にしながらここに来るのを見ていた。何故神官長の所に行かないのかと思えば。」


 適当に誤魔化したかったが、そんな雰囲気ではなかった。二人が私を見る目には、もう親しみの欠片も感じさせない。不審者を見る顔つきそのものだ。

 この黒い本棚の前に立つという事実は、彼等の信用を一瞬にして奪う行為だったのだ。そこまでタブーなら鍵の一つや二つ、つけておけば良いものを。

 私は単純な興味でここに来てしまったのだ、と説明をしたが、張り詰めた空気はまるで緩まず、寧ろクラウスはより不機嫌そうな気配を纏い始めた。エバレッタは顎を逸らし、突き放す様な目付きで私を見ていた。

 でもレイヤルクの話をしたくはなかった。ーーー私の前の主が、禁術をした経験があると言っていたのでーーー。それを言えばレイヤルクとの約束を破ってしまうし、発言の内容的に二人から更に怪しまれるに違いないし、信じてはくれないだろう。

 私はこちらの生まれ育ちではないので、黒い本に触れるだけでそこまでハイラスレシアの人々を怒らせるとは思わず、本当に軽い気持ちだったと、そもそもの認識の違いを知って貰おうとした。するとエバレッタは勝ち誇った表情で言った。


「私は最初から貴方を怪しいと思っていたわ。本来なら神殿庁に入れる人間じゃないのよ。」

「そうは言っても、私を採用して下さったのは神官長です。」

「だからって図に乗らないで頂戴。貴方はヒナ様と言葉が通じるというだけで、神殿庁に来たのよ。ヒナ様と神官長に気に入って貰っているからって、勘違いしないで。」


 特席独特の選民思想を抱いているのは、エバレッタの方だ。エバレッタこそ、持って生まれた容姿の良さで今の職に就いているではないか。そう言いたいのはグッと堪えた。

 クラウス、早くサヤを捕えなさい、と続けてエバレッタが命じ、クラウスは私の腕を取った。彼の目は相変わらず不審そうに私を見てはいたが、決して乱雑なやり方ではなく、私の腕を捕える力は余り強くなかった。


「神官長にお伝えして、貴方を辞めさせて貰うわ。」

「……護女官をまだ辞めるつもりはありません。」

「まだ?いつかはやめるつもりが大いにあるのね。」

「ずっと勤められるとは思っていません。」


サイトウさんと私では立場が違いすぎる。この先も同じ所で同じ方向を見ていられるとは思わない。

寧ろ、もしかしたらもう私たちは分岐点近くまできているのかもしれない。私たちは同じ国から来たけれど………。

サイトウさんがこの世界に馴染み、愛されていくほどに、私の出る幕はなくなっていくのだ。

それは寂しいけれど、同じ日本人として、誇らしくもあった。

しかし少なくともこんな形で辞めさせられるなんてとんでもない。ましてや皇祖祭での彼女の今の大役が終わるまでは、護女官をやめるつもりはない。


「この国の大切な巫女姫様に、禁術に興味がある様な女を近づける訳にはいかないわ。」

「ヒナ様とこれは関係ありません!ヒナ様には誠心誠意お仕えしてます。」

「それなら誰と禁術が関係あるの?もしや神官長に仇なすつもりかしら?」


 噛み付いてくるエバレッタを前に、ふとこれが彼女の本音なのだろう、と気づいた。彼女には、私が神官長に贔屓をされている様に見えるのだろう。要はそれが面白くないのだ。そもそも特席と護女官は仲があまり良くなかったけれど、エバレッタは私を神殿庁から追い出せる口実を虎視眈々と狙っていたほど、私を目の敵にしていたのだろうか。

そう思うと切なかった。

 

「サヤを神官長に突き出して頂戴。」


 こうして私は二人に連れられて、神官長の執務室まで来ることになった。エバレッタは私が見ていた黒い本を片手に持ち、きびきびと廊下を歩いた。その後ろをクラウスに引っ張られて歩く私は、まるでエバレッタというGメンに見つかった万引き犯の様だった。


 エバレッタは執務室につくと、神官長に経緯を話すために先に入室した。廊下に二人きりになると、クラウスが口を開いた。私の耳元に顔を寄せ、ちょっとした内緒話をする様な格好だった。


「まずいところを一番嫌な相手に見られたな。」

「えっ?」

「エバレッタは特席の中でも特に神官長の信頼があつい。コトによると、本当に首になるぞ。」


 複雑な心境でクラウスを見上げた。クラウスこそ、少し前まで私を信用せず、神殿庁から追い出したがっていたではないか。

 私の物言いたげな視線を受けて、クラウスはいかつい肩を竦めた。


「お前を本当に疑って資料室まで尾行したんじゃない。ヒナ様の手紙のお返事を渡そうとつけたんだ。」

「お返事、書いたんですか?」


 どちらの意味でも嬉しくなり、思わず顔が綻ぶ。


「だが無駄になりそうだ。」

 

 クラウスは私が神官長に解雇されると思っているのだろう。そこまであの本棚は禁忌だったのか、と今更ながらカルチャーショックを受けた。それに、エバレッタがそんなにも神官長から信頼されているのか、と改めて考えさせられると、すこし腹が立った。

 まさかこれで自分が首になるなんて思っていないが、それは楽観的過ぎただろうか。もしやエバレッタの催促に神官長が折れたりするのだろうか。ーーー私は神官長にとって、自分が少しは価値がある存在だと感じていたのは、妄想だったのだろうか。なんだか、神官長からの信用度をエバレッタと競っている様な気がした。なんとなく口を尖らせる。


「特席は人事にまで口を挟む権限があるんですか。」

「そうじゃないが、エバレッタは神官長と幼馴染なんだ。最初の配属の神殿から一緒だったらしい。」

「だからって…」

「別格なんだよ。」


 それこそ贔屓もいいとこじゃないか。



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