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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第二章 神殿庁
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外出

「ちゃんと食べてるの!?ねえ、これ持って行って!」


 タアナは店の奥からたくさんのパンを紙袋に入れて、私にくれた。


「神殿庁でご馳走を出して貰っているから、大丈夫だよ。そんな事したら、タアナがダンナさんに怒られるでしょ。」

「形に問題があって売り物にならない分だから、平気よ。」


 馬車で私たち三人が術屋に到着すると、開店準備中のタアナがパン屋から飛び出して来て、私を捕まえた。私は巫女姫ヒナ様が同じ国から来ていた為に、神殿庁に雇って貰えた事、そしてレイヤルクが偽の登録証を所持していたかどでお尋ね者になっていると伝えると、彼女は暫し絶句した後で、いきなりパンを詰め始めたのだ。


「本当に大丈夫なの?ーーー何だか嘘みたいな話。神殿の人たちがあの日から連日来ては、レイヤルクさんの家を調べていたし、二人は帰って来ないから。何か凄くいけない術品でも売って、逮捕されたのかと……。」

「レイヤルクさんは似た様な状況だよ。あれからレイヤルクさんを見ていない?」


 タアナは被りを振った。

 隷民にはそれぞれ色々な事情があるのだ。タアナも親しくなってからも、自分や親が隷民になった経緯や、パン屋に来た成り行きについては話してくれた事が無かった。彼女は私が異世界から来ていたと知り、少なからず衝撃を受けた様ではあったが、それについてそれ以上彼女からは質問してこなかった。


「良かった。とにかく。サヤは危なっかしい所があったから、おかしいなとは思ってたんだけど。」


 私はパン屋の外で待つアーシードとクラウスをチラリと見てから、タアナに言った。


「お願い。もしレイヤルクさんをこれから見かけるような事があっても、神殿の人たちには絶対に言わないで。」


 タアナは無言で大きく頷いた。



 破壊神、ルディガー神官長によってあれほど荒らされていた術屋は、拍子抜けする程綺麗に片付けられていた。

 壊されていた筈のカウンターは、綺麗に撤去され、壊れた商品が散乱していた床は良く掃除されてチリ一つおちていなかった。格子戸は上げられたままになっていたが、いつかレイヤルクが帰ってきた時の為に、私はやはりそれをきちんと下ろしておく事にした。

 私は二階に上がり、普段以上に整頓された家の中の様子に、何だか知らない家に来た様な気分にさえなった。

 台所に置かれていた食材は全て無くなり、干したままだったであろう洗濯物も取り込まれて、居間のソファの上に丁寧に畳まれて重ね上げられていた。

 家宅捜索というのは、隅から隅まで調べても、きちんと元に戻すものらしい。現状復帰以上の仕上がりに、こちらが臆してしまう。

 私が使っていた部屋に入ると、やはりとても綺麗に整頓されていた。だがふと違和感を覚え、暫しその正体に気づくまで時間を要した。部屋の箪笥の上に、見覚えのない小さな額に入れられた絵が飾られていた。私は箪笥の上に小物入れや一度も使わなかった花瓶やら、雑多な物を置いていたが、この小さな絵は見た事もなかった。断じて私が置いた物ではない。私は心の中で首を傾げながらその絵を見た。片手ほどの大きさの小さな絵だが、青い空に突き刺さる様な険しい白い雪山が描かれていた。右下には、小さく掠れた絵の具で『故郷より』と記されていた。やはり見た事がない絵だ。神殿庁の人が家宅捜査した時に、他の所にあった物を間違えてここに置いたのだろうか。そう予想しながら、私は箪笥を開けた。家宅捜査できっと箪笥の中まで調べたのだろうから、下着まで見られたんだろう。今更な羞恥心を感じつつも、服や下着を幾つか選んで神殿庁に持ち帰る事にした。






「お前の主は、結局何をしたんだ?何故神官長からすら逃げる力を持っていたんだ?」


 クラウスとアーシードは徹底してお互いを嫌っている様で、二人は道中決して口をきかなかった。水と油とは、きっとこの二人の為にある表現だろう。だが帰路の馬車の中でついにクラウスが奇跡的に口を開いたのが、私へのレイヤルクに関する質問だった。


「危険思想を持つ異端者の疑いが濃厚な上に、虚偽の神殿登録証を所持していたんですよ。」


 私の代わりに簡潔に淀み無く答えたアーシードに対して、クラウスはその精悍な眉をひそめた。その顔は、「お前に聞いていない」と言葉より明瞭に語っていた。しかしながら一応回答内容に納得はしたのか、それ以上尋ねては来なかった。





 神殿に戻ると私はその足で自室に戻る暇なく、神官長室に向かった。

 もうじき朝のお祈りの時刻であったので迷惑千万も良いとこだろうし、大きな会社であれば社員が社長のデスクがある部屋にアポなし訪問すること自体、非常識ではあるだろうけど、私と神官長には対話が必要だという強い信念に突き動かされて私は扉を叩いた。

 中から現れて私の応対をしたエバレッタの顔にも、「非常識」と書かれていたが、私は気にせず神官長に会いたい、と彼女に主張をした。


「こんな時間にどういう了見なの?幾ら神官長に選抜された護女官だからって、もう少し立場をわきまえなくては。」

「すみません。ですが、大事なお話があるんです。今回だけにしますから。」


 エバレッタはどうやら私を追い払いたいらしい。無理もない。しかも彼女は胡散臭そうに私が抱えている荷物ーーー取ってきた身の回り品や購入した菓子ーーーを一瞥した。

 でも今引き下がって、祈りの間でサイトウさんの後ろに控えておとなしくしているのは、嫌だ。私の前では良い顔をしておきながら、実際には都合良く囮扱いだなんて。私が大事だなどと、露ほども思っていないに違いない。こんな嘘は、たくさんだ。

 しかも、またエバレッタか。こんな朝早くから、神官長と一緒にいるのか。

 押し問答を続けていると奥の扉が開いた。白い神官服に真紅のショールを垂らした神官長だった。窓から射し込む朝日を浴びて、金色の髪が眩しく輝いている。まるで後光がさしているみたいだ。

 エバレッタは神官長に気付くと直ぐに詫びた。


「騒がしくて申し訳ありません。今引き取らせますから…」

「その必要はない。少し外してくれ。」

「ーーーはい?」


 神官長の発言の真意が分からず、エバレッタばかりか私も目を白黒させて神官長を見ていた。


「サヤと話がある。エバ、悪いが外してくれ。」


 神官長の予想外な注文に、エバレッタはさも不服そうに私を見た。


「エバ。」

「ーーー了解しました。………ですが、もう間も無く朝のお祈りの時間ですから、どうかお急ぎ下さいませ。」


 一礼すると彼女はキビキビとした足取りで私を招き入れ、代わりに自分が扉から出て行った。

 扉が閉まるや否や私は口を開いた。


「こんな時間にすみません。まずは術屋へ行く手はずを整えて頂きましてどうもありがとうございました。……ですが。」


 私は一転して怒った表情を見せ、語気を強めた。


「アーシードさんから聞きました。神官長はレイヤルクさんを捕まえる為に私を囮にしていたんですね。」

「何という誤解をなさるのです。」


 神官長は神妙な顔つきになると、数歩私に近付き、そのまま膝をついた。驚いて私が後ずさる。彼はまるで胸の内を明かそうとするかの様に、己の胸に片手を当てた。


「サヤ様をあの男からお守りする為にございます。」

「た、立って下さい。」

「私が巫女姫様にあらせられるサヤ様を、危険な目に合わせるなど、神官長の名誉にかけてあり得ません。」


 だから低頭するな。

 私を巫女姫扱いするな。どう反応したら良いものやら、こちらを困らせるだけだと分かって貰いたい。

 そもそもこんな風に二人きりの時だけ畏まられても、ちっともうれしくない。寧ろ都合よく振り回されているみたいで、自分に苛々する。神官長に跪かれても、反応に困るだけだ。それにもし誰か他の人に見られでもしたら、私が叱られるではないか。ーーーああ、もう。この人は私の事を本当はどう思っているんだろう。全くもって、イライラする。


「私は護女官の一人に過ぎません。何度もお願いしていますが、その畏まった言葉遣いはやめて下さい。部下の一人として普通に扱って下さい。」

「その様な無礼な振る舞いがどうして出来ましょう。太陽神への暴挙にも等しい行為です。」


 人を囮にしておいて都合が良過ぎやしないか。


「ですから、そこですよ。私は巫女姫ではないんですってば。一般人です!確信してますから!」

「巫女姫ではない隷民をあの男が探し回り、匿ったと?」


 私はこくこくと頷いた。そうだ。私は巫女姫の魂を持つサイトウさんの召喚に、不運にも巻き込まれてしまっただけだ。

 私を見上げる神官長の青い瞳が、少し細くなる。


「では私の召喚神技にあやまりがあり、太陽神の巫女姫の魂を持たぬ者を呼び寄せてしまった、と?」

「そうです、きっと。申し訳ないですけれど。………私には巫女姫の記憶もないですし、伝説みたいな美女ではないですし。」

「サヤ様………。ご自身や他の者が何と言おうと、召喚した私にだけはわかっています。貴女様は間違い無く巫女姫様だと。」


 神官長はそう言い放つと、私の手を取り、手の甲に素早く唇を押し当てた。予期せぬ行動に全身が火を吹き泣けるほどはずかしくなる。そして同時に凄くムッとする。

 私は焦りながら、彼にお願いをした。


「だったら………、それなら私のお願いをきいて下さい。レイヤルクさんを殺さないで…。少なくとも、彼を見つけたら抹殺なんてする前に私に会わせて下さい。私を巫女姫だと思っているなら。」


 私も随分都合の良い事を言っている。双方が完全に違う方向から、高い塀を叩き合っている様ではないか。

 神官長はいまだ私の手をその手に取ったまま、下からこちらを見上げていた。その澄んだ色の瞳が緩慢に私の手まで落ちると、一度その手に力がこめられた。


「それがサヤ様のお望みとあらば。」


 かすれた声ではあったが、ハッキリと聞こえた。私たちをつなげていた手はするりと離されると、彼は視線を下に投げたまま呟いた。


「サヤ様を見つけ出すのが、遅過ぎました。サヤ様のお心の中では、恐らく誰もあの術者より信頼できる位置には最早行けないのでしょう。」

「私は、彼をただ単にこの世界での恩人のように感じているのですけれど。単純に。」


 すると神官長は音もなく立ち上がった。その距離の近さに微かに私は後退った。


「ですがサヤ様、貴方はーーー術屋の二階に与えられたご自分の部屋に少々卑猥な薬をお持ちだったそうではありませんか。」


 なに何、何!?

 それなんの事!?

 何の話かさっぱり理解出来ません。ヒワイな薬?

 ーーーまさか、惚れ薬の事だろうか?家宅捜索で見つかってそんな報告が、神官長に?


「あれは、ちょっと出来心で……、他店偵察でなんとなく、買っただけです……!」

「私はこう疑いましたーーーあの色男の主に使うおつもりだったのか、と。」


 色男が色男言うなーーー!


「ち、ちが…」

「本当は何をお考えですか?ヒナ様が大事ですか?それともあの男が迎えに来るのを実は待っていらっしゃる………?」


 誤解を解くどころか、どんどん深みにハマってしまったようだ。神官長は首を傾けて私を見ていた。その青い目は、私の心中を探るようにすがめられていた。

 私は残された最後の力を振り絞って反論した。


「わ、私は受けた恩を大切にしてるだけです。神官長こそ、なんのおつもりですか……?」

「血を吐く思いで召喚したのに、これでは理不尽ではありませんか。私を跪かせてなお、あの男の側に立たれるのですか?」


 神官長は己の手の甲を摩った。


「まさか、巫女姫様に噛み付かれようとは。」


 苦々しい顔付きに、私もやっと思い出した。今までうまいこと忘れていたが、レイヤルクを逃がしたあの時、神官長の手を力一杯噛んだのだった。

 焦った私は超特急で話を逸らした。


「あの、もうじきお祈りのお時間になります!」


 とにかく、言うべきことは言ったーーーというか、言わなくてもいい事まで言った。だからもう用事は済んだのだ。


「あともう一つ、お願いがあります。」


 部屋を出て行く前に、私は言い捨てるつもりで口を開いた。神官長はなんでしょう、と静かな声で言った。


「私に尊敬語を使うのは止めて下さい。どこでも、普通のサヤとして扱って欲しいのです。……私が巫女姫だという認識はどうか、もう捨てて頂いて結構です。」

「出来かねます。」

「ああっ、ですから、巫女姫として命じます!」


 って言えば良いんでしょ。


「………本当に宜しいのですか?」


 もちろんだ。私は大きく頷き、肯定の意を表した。

 私は後ろ手で素早く扉のノブを探し当てると、逃げる様に神官長室を出て行った。

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