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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第二章 神殿庁
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護女官の天敵

「巫女姫様のお召し物はもう少し早く取りに来て頂戴。」

「新人だからっていつまでも甘えないでね。」


 神殿庁へ来て十日程がたち、最初は私を遠巻きにみていた事務員たちであったが時間の経過と共に、接触を試みてくるようになった。

 どこの組織にもその規模に比例して、大なり小なり派閥が存在するものだ。どうやらここ神殿庁も例に漏れず、派閥があった。

 護女官と他の神官の間にもある程度の摩擦はあったが、一番激しいのが護女官と一部の事務員の対立だった。事務員には神官のような神技を操る力は無いが、古参の者は神殿庁の中でもかなりの幅をきかせていた。また、事務員の中から特に優秀で容貌も良い者たちは、神官長専属の仕事をしていた。そういう事務員は全員で十名から成り、「特席」と呼ばれ、他の事務員に対してかなり尊大な態度を取るのが常だった。

 特席と護女官の対立は取り分け強く、前者が実力と自力で選ばれた存在であり、かなりのプライドの高さがある人たちばかりなのに比べ、護女官の中にはサイトウさんとの相性や家柄の良さで選ばれていて度々仕事のミスをする人もいた。そうなると特席の壮絶なお小言や嫌味の餌食になり、護女官たちの中には特席に相当な苦手意識を抱いている人も多かった。

 かく言う私も、実力で這い上がった特席たちからすれば、許してはおけない存在の一人なのは間違いなかった。何をするにも手際や段取り良くこなしてしまう特席の事務員からすれば、私や一部のテンポがゆったりとしたお嬢様育ちの護女官の仕事はハタから見ていて、どうしても看過出来ず指摘せざるを得ないのだろう。もっとも私からすれば、単に粗探しをされた気分になるのだった。

 特に特席でボスの様な存在ーーーいわば派閥のドンとして特席に君臨しているのが、エバレッタという若い女性で、スラリと背が高くいかにも頭がキレそうな知的な美人なのにどこか妖艶で、いつも自信に溢れた落ち着いた表情をしていた。彼女は艶のある茶色い髪をいつも一糸乱れず後頭部で綺麗にまとめ、いかに遅くまで残業しようとも疲れた顔を一切せず、化粧の崩れすら見せた事は無かった。どこの化粧品を使っているのか、聞いてみたいくらいだ。

 社交的な笑みを浮かべながら神官長と一緒に神殿庁の廊下をエバレッタが歩く様は、私にはまるで社長とお気に入りの秘書みたいに見えた。




 王立学院を訪ねる日、サイトウさんは朝からとても嬉しそうだった。いちいちクラウスに目配せをしては、「緊張するけれど楽しみね。」と弾ける笑顔を見せていた。それに応えるクラウスの控え目な笑みは、優しさが溢れてかつ落ち着きがあり、傍目には羨ましいほどだった。ーーーその欠片だけで良いから、私にももう少し親切にできないモノだろうか。

 巫女姫が神殿庁の建物から出て、建物の直ぐ近くに待機している豪奢な馬車の扉までの間には、巫女姫の靴を汚したりしない様に、真紅の長い絨毯を敷かねばならなかった。その日絨毯を準備しておくのは護女官の仕事だったのだが、準備すべき絨毯を間違えてしまい、長さが足りなかった。慌てて絨毯を巻き戻そうとした若い護女官が、焦りのあまり、神技を使って絨毯を巻き戻した。

 サイトウさんは出発の支度が整い、もう神殿庁の出口で立って待っていた。急ごうと焦った私たちは、重たい絨毯を手で運ぶ間を惜しみ、神技で絨毯を持ち上げ、建物の脇によけた。だが出発する巫女姫を見送る為にこちらへ歩いて来ていた神官長の目の前にその巻き戻した絨毯を放ってしまい、重たい絨毯はその場にいたエバレッタの華奢な足を直撃したのだ。


「痛っ……!また貴方たちですか!?」

「す、あ、すみません!」


 その場にいた護女官や聖騎士、特席たちが一気にざわつく。聖騎士の一人が素早くエバレッタに駆け寄り、絨毯を回収する。エバレッタは足を摩りながら神技を使った護女官を叱った。


「神殿庁内では神技を必要な時以外は使用してはならない規則を知らないのですか?護女官とはいえ、例外はありませんよ。」


 みれば衝撃でエバレッタの靴についていた布製の花の飾りが取れ、彼女は溜め息をつきながら地面に転がる花飾りを拾い上げた。


「貸してご覧、エバ。」


 すると後ろにいた神官長が花飾りをエバレッタの手から取り上げ、何やら花飾りに向かって詠唱を始めた。花飾りは神官長の手の中からフワリと浮き、エバレッタの靴の上に落ちると、そのまま固定でもされたみたいに動かなくなった。


「ありがとうございます。」


 手で触れても微動だにしないと確認すると、エバレッタは神官長に微笑んだ。この神技は許せるのか。不公平じゃないか。暫しエバレッタは神官長と笑みを交わしていたが、真顔に戻ると私たちに言った。


「いつまで神官長と巫女姫様をお待たせするんですか?はやく絨毯を取って来て下さい。」


 私は仲間と共に猛ダッシュで絨毯を取りに走り出した。だが走りながらも、胸の中に何かモヤモヤとしたものが渦巻いていた。絨毯をぶつけてしまったのは申し訳ない。でも、あの神官長に靴を直して貰ってーーーというくだりが妙に気に食わなかった。二人で満足気に笑みを交わすあたりが、何とも言えず取り分けムッとした。神官長も神官長だ。トップこそルールを守るべきじゃないか。靴に花を付ける神技なんて、わざわざあの場で必要だったのか。世の中には瞬間接着剤という便利な文具があるではないか。

 何だろうな、これは。

 ごにょごにょと考えながら、思い当たった。ーーーそうだ。

 何だか、あの神官長は私に巫女姫、だとか陰でだけは違う顔とひたすらへり下った言葉を吐く癖に、結局普段は私なんて眼中に入らない様子で自分の特席を大事にしているじゃないの。

 それは当然といえば当然だし、私だって特別扱いを公然とされたら逆に困る。こんな事を不満に思う私も、自分勝手だ。けれど、なんだか釈然としない。こんな二重扱いは、まるで嬉しくない。ーーーううん、なんだろうな、この釈然としない感情は。

 私は納得出来ない動揺を抱えながら、セレブの為の赤絨毯を敷き直した。







 サイトウさんが乗る馬車には私と、そして若い護女官がもう一人同乗した。

 馬車が動き出すと、私たち護女官は特席の悪口を言い、サイトウさんは少しおかしそうにそれを聞いていた。


「私はエバレッタが椅子に座る時の足の組み方がイヤです!こんな感じですよ?」


 若い護女官は馬車の座席の上で、優雅に足を組みかえて見せた。その動かし方と少し上を向いた首の角度がエバレッタに似過ぎていて、私たちは爆笑した。真似をした本人も自分で大笑いをし、皆でおかしさのあまり身体を曲げて笑った。


「でも神官長が怒らなくて良かったよ。そうなったら、どうなってたか。私たちも不注意だったよ。」


 笑いを収めて私がそう言うと、若い護女官も神妙な顔つきになった。


「ヒナ様。お待たせして申し訳ありませんでした。」

「いいの。気にしないで。それよりルディガーにぶつけなくて良かった。」


 ルディガーーーー神官長をそう呼ぶのはサイトウさんくらいだ。

 私たちは神官長に絨毯が当たっていたらどうなっていたか、と首を左右に振った。その怯えた様子にサイトウさんたちはふっ、と笑った。神官長が怒ったらーーー私は俄かに術屋に神官長がやってきた日の出来事を思い出した。眉一つ動かさず破壊神と化した神官長。それはまずい。決して怒らせてはなるまい。


「そう、サヤ。ルディガーは変わった地雷があるから、気をつけてね。」


 私が不思議な顔でサイトウさんを見ると、若い護女官が後に続けた。


「神官長が神官見習いとして神殿でお勤めをされ始めたのは、十三歳の時なのですって。」


 まだ幼さの残る彼が神殿に配属されると、まもなくトントン拍子に出世した。やがて彼は自分より年上の部下をたくさん持つようになった。だがまだ十代の若い神官などにあれこれ指図される事に反発する神官たちも少なくなく、じきに「顔で出世した」などの陰口が横行しだした。

 もっとも、神官としての経歴を重ねるうちに、その力を認める者たちは増えた。そうしてあっと言う間に位を上げて行き、神殿庁で働き始める頃には彼の異例の出世街道にケチをつける神官はいなくなっていた。


「だから神官長にとって、美しいという褒め言葉は最大の屈辱らしいわ。御前では、人の容姿や顔の話は禁句なの。」


 急に寒気が私を襲った。

 つい先日、神官長にまさに顔の話をしたばかりだ。その時に自分が言った言葉を思い出し、私は再度ゾッと震え上がった。

 彼が私を巫女姫だと思っていなければ、瞬殺されていたかもしれない。挙げ句に付き合わせたのがオヤツの買い出しだ。

 二度と顔の話をすまい、と自分に誓った。

 若い護女官は宙を見上げて何処か恍惚とした表情を浮かべて呟いた。


「でも神官長は本当にお綺麗ですよねぇ。こんなにお美しい巫女姫様にお仕えしながら、神官長も側で拝見出来て、友達に凄く羨ましがられます。」


 サイトウさんは顔を両手で隠しながら、首を左右に振って戯けてみせた。その後で、ふと思い出したかの様に私に言った。


「そうそう、あと神官長は雪が大層お嫌いなの。雪の日は本当にご機嫌が悪くなるから、下手に話しかけない方が身のためよ。」


 冗談だろうと思ったが、そう教えてくれる護女官の目つきは異様に真剣だった。きっと気圧の変化で体調が悪くなるのかも知れない。それだ。間違いない。美形の男性は神経質と相場が決まっている。あの神官長は神経質だから、色々敏感なんだろう。

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