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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第二章 神殿庁
25/66

市場へのエスコート

更新再開しました。

前回の更新から二年半以上あいてしまいました。

もし、待っていて下さった方がいらっしゃいましたら、ぜひまた一話目からザッと目を通して頂けますと有難いです!


 庭に戻って来た神官長は、ハイラスレシアの男たちが強風の為に街中に砂埃が舞う日に良くやる出で立ちーーー長い布を顔の周りに巻いて目だけを出した姿で現れた。

 レイヤルクと初めて出会った時、レイヤルクもこうしていたな、とふと思い出した。


「アバと顔を隠してしまえば誰にも神官長だなどとは分かりますまい。」

「あの、本当に良いんですか?」

「サヤ様をお守りするのは私にしか出来ません。貴方は私の巫女姫ですから。」


 不覚にも、胸がキュンと感激してしまった。今までこの世界であまりにぞんざいに扱われてきたものだから。この神官長のせいで私がこの世界にくる羽目になったのだから、それを考慮すれば当然の台詞なのかもしれないけど、それでもこんなセリフ、こちらへ来て以来初めて言われた。

 心ならずも頬が赤面しそうになる。私の巫女姫、というより、私だけが巫女姫だと思いこんでいる、というのが実際のところだと思うのだが………。私がたまらず恥ずかしさからもじもじしていると、神官長は何故か意表を突かれたのか、青い瞳を瞬きながら私をじっと見ていた。

 これは考えようによっては二人で話ができる数少ない、貴重なチャンスだった。

 又着替えて貰うわけにはいかないので、私はとっとと一緒に市場に行く事にした。






 神殿庁を出て暫くたつと神官長は見計らったのか小さな声で質問をしてきた。


「サヤ様。不躾な事を伺いますが、あの男ーーーレイヤルク=シャジャーンは、貴方に何か無体な真似を致しませんでしたでしょうか?」


 確か同じ質問を前にされた筈だ。その時と同じく私は首を左右に振り、否定した。

 だが顔に巻かれた布の隙間から覗く神官長の薄い青の瞳は、私の回答にこれっぽっちも納得はしていなかった。


「私は召喚に失敗した後、もう一人の巫女姫様を探そうと、既存の召喚神技を応用し、幾度かこの世界の中で巫女姫様の魂を探したのですが、手応えはありませんでした。貴方がいらしたのに。」


 通常異世界から来た人間は異質なオーラを持ち、神技によって彼等の身体からそれを感じられるのだという。その異質さは、こちらの世界にいる期間が長くなると、次第に薄れて行き、しまいには感じられなくなり、同化してしまう。こちらの世界の食物を口にしたり、呼吸したりする僅かな積み重ねによって。


「ですが貴方はたった一日でほぼ同化なさってしまわれた。」


 そうだったのか。

 同化なんて言われても、私は神官じゃないから分からないし、べつにドカ食いしたわけじゃない。普通に生きてきただけだ。

 神官長は立ち止まり、私の表情を伺いながら言った。


「大変な失礼を承知で伺います。サヤ様は、………あの男とは男女の間柄でしたか?」


 一瞬何を尋ねられたのか分からなかった。だが質問の意味が分かると、カッと身体中が熱くなった。

 同化のスピードを加速する物の一つに、きっと男女の夜の営みがあるのだろう。

 つまり、この神官長は私とレイヤルクの関係を最初から疑っていたのだ。しかも、私がハイラスレシア帝国に着いたその夜のうちに、レイヤルクとそういう事をしたと考えている、というワケか。

 私はそんな節操なしじゃない!!


「そんな失礼な質問に答える義務はありません!!」

「これは非常に重要な事なのです。」


 全然重要じゃない!!

 私は顔が真っ赤になっていくのを自覚しながら、神官長を睨んだ。この人はそんな妄想をしながら私を見ていたのだろうか。私をどんな女だと思っているんだろう!?怒りのあまり口をぱくぱくさせて握り拳を作ってしまう。だが神官長の顔は途方もなく真剣で、逸らし難いほどの一途な眼差しを私に向けていた。


「であるならば、全て私の責任にございます。」


 あり得ない誤解を苦渋に満ちた厳しい顔つきで向けられても………。


「せ、責任ってなんですか。それに私をどんな人間だと思ってらっしゃるんです。そちらの方がよほど失礼ですから!」

「ーーーそのご様子ですと私の杞憂だった様ですね。重ね重ね申し訳ありませんでした。」


 深く低頭された上に謝られても、ちっとも気は収まらない。あからさまに安堵した様子がまた、腹立たしい。

 人の超デリケートなプライベートの部分に土足で上がられて、全部覗いて勝手に満足して消えられた気分だ。


「ですがやはり解せません。それともあの男は出会った日のうちに何か貴方に術でもかけていましたか?」


 仏頂面で否定しようとしたが、寸前で思い出した。あの、言葉を習得した妙な飲み物である。変わった物と言えば、あれくらいか。というか、その質問を先にするべきでしょ。聞く順序がおかしい。余程私とレイヤルクの仲を疑っていたのか。

 私が極めて雑にその飲み物の話をすると、神官長は目を見張った。


「それはどんな飲み物でしたか?」

「キンキラキンの金色と、血みたいに真っ赤な…」

「まさか…血の神技か!」


 話を遮って神官長が突然大きな声を上げたので、私の身体がびくりと震えた。


「似たものがかつてございました。今では行う者のいない、古の神技です。問題の多い神技ですから。何と不届きな真似を!あの男はサヤ様に自らの血液を飲ませたに違いありません。」


 や、やっぱり……血だったのか。

 私は今更ながら口元を押さえた。

 液体自体は無味無臭だったのだ。


「だ、だけど人の血液は食べ物より効果が高いんですかね?」


 だって鶏のレバーを食べてもそれなら同じじゃない?


「強い術者の血液ですから。おそらく巫女姫様の魂を隠す檻の役も担ったのでしょう。ーーー知恵の赤と檻の金。………あの男、実に許し難い。」


 ああ、言うんじゃなかった。というか、私も聞きたくなかった。出来れば確信は持ちたくなかった。知らぬが仏、というやつだ。レイヤルクは私が日本から来た時に着ていた衣服すら処分してしまっていた。それも、「あ、捨てちゃった。」の簡単な事後報告で。異世界に関する痕跡を徹底して隠したのだろう。

 隣をみれば神官長は白いこめかみに青筋を立てていた。怒りのあまり、眼球が血走っているじゃないの。この次彼がレイヤルクに会ったら、本当に容赦しないだろう。けれどあの時、私にはあの薬は必要だったのだ。神官長は私の視線をひたととらえて言った。


「今後はあの男を庇おうなどなさいませんように。」









 神殿庁から一番近くに立つ市場は、私がレイヤルクと暮らしていた頃に頻繁に行った市場よりも、大きな市場だった。さすが天下の神殿庁だ。

 市場に到着すると、ここにいる筈が無いのに私は無意識にキョロキョロとタアナの姿を探してしまった。市場にはいつもタアナがいる気がしてしまうのだ。


「菓子の店はあちらです。参りましょう。」


 神官長はそう言うと、ズンズンと人混みを突き進んで行った。自信みなぎるその風貌のせいか、市場の混雑もなんのその、神官長が進むと見事なまでに人々が避けていき、道が開いた。なんて便利なんだ、神官長。

 私はかりんとうに似たお菓子を数袋購入し、隣の屋台で飴も買った。夜に口寂しい時に、部屋で舐めるのに丁度良いのだ。神官長は上司としての血が騒ぐのか、お金を出してくれようとしたが、私はそれを固辞させて貰った。自分で買うからこそ、買いものは楽しいのだ。

 歩いていてちょっとした段差などがあると、神官長は私の手を取り、私がつまずかないように配慮をしてくれた。最初はびっくりして、それこそ固辞をしようかと思ったが、神官長の仕草があまりにナチュラルなので、いちいち騒ぐ方がおかしいだろうと判断した。

 市場の中を走っている子供がぶつかってきそうになると、神官長は私とその子の間の盾になる位置に身体を何気無く動かした。

 第一印象ではとても恐ろしい人だと思っていたが、二人きりでこうして歩いていると、仕草が時折物凄く紳士だった。たまにふと見せるその一面に、私はどきっとさせられ、そうしてあまりにも久しぶりに女性として扱われる事にフワフワと頼りなく高揚した気持ちになった。この地に来て隷民として過ごす毎日では、まず起こり得なかったのだ。ああ、私も女性なんだよな、などという事を久しぶりに思いだした。日頃この神官長は神殿庁の中では神官長としての、素っ気ない態度しか見せてくれないので、今のようにいつもとは違う側面を見せられると、こっちは穏やかではいられない。なんだか大変貴重で希少なものを見ている気がする。この人は一部下としてではなく、一人の女性に対して接する時は、こんなに優しいのだろうか。ーーーレイヤルクの術屋を壊した破壊魔の時の顔は、すっかりなりを潜めていた。

 護女官である私には、神官長は普段は近寄り難い立ち位置にいるので、少し得をした不思議な気持ちになる。

 この人は本当はどんな人なのだろう……?どの一面が素顔なんだろう。単純にもっと知りたい、と思った。

 周囲の屋台から押し寄せるおいしい香りに根負けし、私は買ったばかりの菓子の袋を一つ開け、つまみ食いをした。こちらを見た神官長と目が合ったので、尋ねてみた。


「神官長はどんなお菓子がお好きですか?」

「難しい質問ですね。私は菓子を食べませんので…。」

「甘い物が苦手なんですか?」


 凄まじい力を持つ筈なのに、お菓子が苦手だなんて、なんだかおかしい。密かに笑うと、気づかれた。


「乾燥させた果物くらいは食べますが。」

「ああ、あの祝福の葡萄みたいなやつですね。」

「もしやあの日神殿庁にいらしてましたか?」

「はい。緑色の祝福を貰いました。」


 すると神官長は珍しく軽やかに笑った。何がおかしいのだろう。


「さすがは巫女姫様です。巫女姫は祝福を与える側であり、与えられる立場ではないという事を体現なさったのですね。」

「どういう意味ですか?」

「緑色の祝福はその時のサヤ様に一番遠い未来でしたでしょう?」


 返事に窮していると、神官長は笑いをおさめた。


「申し訳ありません。皮肉が過ぎました。」


 ハイラスレシアには残念ながら一番恋しくてたまらないお菓子、ポテトチップスが存在しなかった。あれには中毒性がある。かわりにおつまみに良さそうなナッツ類を手に入れると、私はまだ珍しい物はないか屋台を物色した。時間はまだあったが、日は傾いていた。一人ではないのだ。神官長が一緒なのでまだ大丈夫だろう。


「まだもう少しお付き合い頂けますか?」

「勿論でございます。巫女姫様の仰せのままに。」


 最後の一言が妙に引っかかる。なんだかからかわれている様な気がしてきた。神殿庁では私に見向きもしないのに、今だけ畏まって、私が浮かれるのを見て面白がっているんじゃないだろうか。

 そう思うと黙っていられなかった。


「あの……。神官長は本当に私が巫女姫だと思ってます?」

「疑う余地などありません。私が召喚致しましたから。」


 胸に手を当てて、頭を下げる様子がまた、妙にサマになっている。神殿庁では絶対に人前で私に腰なんて折らないのに。その変わりようがなんとも憎らしいではないか。モヤモヤとしていると、視界の端に広場の一角に設けられた噴水が飛び込んできた。


「じゃあ、例えば今あの噴水に足を突っ込んできてと言ったら、してくれます?」


 ふざけて半分笑いながら言ってみたのに、神官長の表情は少しも笑っていなかった。一瞬の沈黙の後、彼は恐ろしいまでの真顔で言った。


「致しましょう。」


 えっ………?あっ?

 いや、冗談ですって。というか、今あった一瞬の沈黙が怖い。何を考えていたのだろう?

 神官長は踵を返して噴水の方へ真っ直ぐに進んで行った。慌てて私は追いすがる。


「冗談ですから、待って下さい!」


 神官長はくるりと振り返った。


「造作もない事です。」


 私は神官長の進路を塞ぎ、前に立ちはだかって彼を止めた。私たちは少しの間そうして向かい合って棒立ちになっていた。


「兎に角今のは忘れて下さい。馬鹿な事を言いました。」


 話を逸らせようと辺りを見渡すと、行列のできている屋台が目に入った。私が見て来たところによると、ハイラスレシア帝国の人々はヌガーが好きだった。この市場でも木の実がギッシリ詰まった蜂蜜入りのヌガーを売る屋台が大人気で、行列が出来ていた。甘い蜜の香りが風に乗ってこちらまで漂って来る。


「あ、あれを買いましょう!私の大好物ですよ!」


 ヌガーは特段好きではなかったが、時間を気にしつつも、私は一目散に列に並んだ。

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