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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第二章 神殿庁
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それぞれの歓迎

「ヒナ様と訳の分からない言葉で話すのはやめろ。」


 ひと気の無い廊下で壁に追いやられ、体格の優れた大の男に凄まれると、さっきまで湧いていた反骨心は急速に萎えそうになる。

 でもクラウスに怒られる筋合いはない。私だってサイトウさんが早くハイラスレシア語を覚えられるように、日本語は極力遠慮しているのだ。

 逃げようと身体をよじると、クラウスの大きな手が私の肩にかかり、力強く再び廊下の壁に押し付けられた。


「………どうしてですか?」

「お前にもヒナ様の為にもならない。周りは何を言われているか分からないし、お前は通訳の為にここにいるんじゃない。故郷の風習を分かった上で、ヒナ様がこちらに一日も早く馴染めるよう、お側に仕えてお慰めする為にいるんだ。」


 そうしている。だからクラウスにイチャモンつけられる覚えは全く無い。


「それにお前から我々の世界について間違った情報が伝わってしまっても、我々にはそれを阻止する術が無い。」


 ああ、そうか。それが本音なのだろう。

 私はこの時、前にレイヤルクが言っていた台詞を思い出した。神殿は無知な赤子に歪んだ知識を植え付ける、と。どちらが歪んでいるかは別として、真っさらな知識に一から手取り足取り何かを教える事によって、一人の人間に何かを信じさせるのだろう。それは産まれたばかりの雛鳥が初めて見た物を盲目的に親鳥だと思い込むのに似ていた。右も左も分からなかった今までの巫女姫たちは、こうして神殿への信仰を刷り込まれていったに違いない。

 クラウスの怒れる精悍な黒い瞳を私が睨み返すと、彼は吐息が伝わりそうな程に顔を私の右耳もとに寄せ、囁いた。


「神官たちは騙せても、俺はそうじゃない。何かを企んでいるなら、容赦しない。ヒナ様は太陽神の巫女姫様であって、お前とはたまたま同じ国に居ただけだ。バノックバーン家の養子になろうと、単なる隷民だ」


 これには心が震えた。

 自分が悔しかったのではなく、日々懸命に働き、正民になれる明日を夢見るタアナを侮辱された気がしたのだ。


「隷民だからってなんです?それが何か?」

「同郷であるだけの事実より、意味するものは多い。」


 サイトウさんが大事過ぎて、私がよほど怪しく見えるらしい。私たちは同じ国から来ただけじゃない。同じ「世界」から来たのだ。その大きさなんて、この男には想像も出来ないのだろう。


「貴方みたいな心の持ち主が隷民を蔑む資格はありませんよ。」

「何だと?」

「貴方が着ているマントも、履く靴も、隷民がいなければ作れないかも知れません。彼等なしには生活できない癖に、見下すのは都合が良すぎです。そんなに隷民が嫌いなら、貴方が敬愛するヒナ様に、私と口をきくのはやめろ、と言ってみたらどうですか?」


 クラウスはぐっと押し黙った。

 そんな発言をしたらサイトウさんに軽蔑される自覚はあるらしい。おとなしくなったクラウスを置いて、先に進もうとすると、数舗歩いた地点で腕を後ろから引かれた。


「待て。待ってくれ。………ヒナ様を裏切る様な真似は決してしないと誓えるか?」

「誓えますってば。」

「ではお前がいた術屋の主は何者なんだ?神官が連日家宅捜査をしているじゃないか。バノックバーン神官が動くのは、公に出来ない事情が絡む時ばかりなんだ。」


 答えに詰まってしまった。


「そこで何をしているんです?!」


 唐突に甲高い声が廊下の先から上がった。そこには目を丸くした護女官長が、私たちを見つめていた。

 クラウスは直ぐに振り向くと、敏捷に大きく一歩退いて私から距離を取った。


「少し話し合っていただけです。今、意義ある和解と友情の確認をしたところです。」


 友情!?

 耳を疑ってしまう。

 少しも悪びれずにそう言うと、クラウスは護女官長に丁寧に会釈をして、その場を去って行った。

 彼の姿が廊下の向こうに消えてしまうと、護女官長は何を言われたのか、と尋ねてきた。


「総括しますと、私が出過ぎた真似をしていてそれが気に食わなかったみたいです。」


 すると護女官長は頭を左右に振った。クラウスが消えた廊下の先を見つめながら、顔をしかめる。


「出過ぎているのはあの聖騎士の方ですね。名門ファルーカ家の出で、ヒナ様お気に入りの聖騎士だからといって、護女官をないがしろにするなど。」


 護女官長は軽い溜め息をついてから、少し声を落として言った。


「貴方がバノックバーン家の養子だというのも、面白くないのでしょう。ファルーカ家とバノックバーン家は昔から犬猿の仲なのですよ。」


 そうなのか。

 アーシードの養子だという事実が、余計にクラウスを怒らせていたらしい。

 私は護女官長が一部の上流貴族たちの扱いにくさを愚痴るのを聞きながら、巫女姫がいる祈りの間に向かった。






 その日の夕方、神殿庁へ来て以来初めて自由時間が確保出来た。私は神殿に缶詰め同然になっていた生活で溜まったストレスを発散させる為に、街に出る事にした。

 護女官服の上に神殿から支給されている外套を羽織り、前借りした給金を握り締めて。サイトウさんが普段過ごす建物は神殿庁の中でも奥の方にあるので、敷地の外に出るまでは割と距離があった。休憩時間内に行って帰って来なければならないので、私は速足に神殿の廊下や建物と建物の間にある庭を歩いた。初めて一人で外に出る機会を得たので、レイヤルクの家にまで足を伸ばし、様子を見て来たかった。タアナも私を心配しているだろう。だがじっくり話をする時間はあるだろうか?

 庭の一つを歩いていると、不意に声をかけられた。


「サヤ様。」


 ギョッとして振り向くと、木立の間に神官長が佇んでいた。

 曇り空の下でも輝きを放つ金の髪に真紅のショールが良くはえ、緑の木々の間にいるだけで一つの絵画の出来だった。額縁に入れてとっておきたいくらいだ。

 彼と直接会話をするのは、レイヤルクと別れたあの日以来であった。同じ敷地内にいても、神官長が来ると私たち護女官たちは巫女姫と神官長が話すのを膝をついて見ているだけなので、機会がなかったのだ。

 丁度私たち以外には今この場に誰もいなかった。こんなチャンスは滅多にない。私はずっと気になっていた質問を神官長にした。


「あの、レイヤルクさんは見つかりましたか?」


 神官長は途端にその涼しげな青い瞳を曇らせた。


「まだ捜索中です。サヤ様がお気になさる事ではありません。」


 それなら見つからなければ良い、と私は思った。レイヤルクには又会いたいけれど、秘密裏に抹殺されてしまうくらいなら、その方がマシだ。

 そう考え込んでいると、神官長は歩を進めて私の正面までやって来た。


「その様な格好をされて、どちらかへお出かけなさるのですか?」


 思わず苦笑してしまった。


「その話し方、やめて下さい。護女官に神官長が敬語を使うなんて…」

「もう日も暮れます。外出は危険です。」

「大丈夫ですよ!………市場に買い物に行くだけですから。お菓子なんかを。」


 レイヤルクの家に行きたい、とは言えなかった。だが神官長は不可解な話を聞きでもしたかのように、眉根を寄せた。

 ………成人女性が菓子を買いに出かけるのは可笑しいんだろうか?いやでも、日本ならやるでしょ。多分。ストレスには買い物と甘い物が一番効くもの。

 ややあって返されたのは予想外の言葉だった。


「それならばお供致します。」


 はい!?

 お供?神官長のお供なんて、それこそおかしい。

 私は全力でかぶりを振った。


「そんな。神官長のお仕事をお邪魔するなんてとんでもないです。まだ明るいですし慣れてますんで…」

「今日はもう仕事がありません。着替えて参りますのでお待ち下さい。」

「へ、いや、あの。」


 貴方のお供、マジでいりませんから!

 誰かにバレたら大変な事になるでしょう。クラウスに今度こそ殺される。

 着替えるためか、さっさと庭を後にしようと歩き出した神官長の後に縋る。


「人目についたら厄介ですから、結構です。」

「神官服で行かなければ問題ございません。」


 違う、そういう問題でもない。貴方は何を着たって、その美貌が人目を引くんだってば。

 私は彼を止めようと早口にまくし立てた。


「服を変えたくらいでは、神殿庁の皆さんにはバレてしまいます。そんなお顔をされているのですから!!」


 神官長はくるりと振り返った。


「私の顔が?」


 げっ、ヤバイ。

 焦って失礼な発言をしてしまった。

 失言を取り繕おうとしどろもどろになっていると、神官長は言った。


「では顔を隠して参ります。それで宜しいか。こちらで暫しお待ち下さい。」


 顔を隠すーーーーー?

 呆気にとられて返事に窮しているうちに、神官長は踵を返して建物の中に入っていってしまった。仮面でも被って来るつもりじゃないだろうな………。

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