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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第二章 神殿庁
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送迎車の乗り心地

 術屋の床に無残にも散乱する商品を踏み越えて、私たちは術屋の外へ出た。外では先ほどに比べて何倍にも膨れ上がった観衆たちが集まってしまっていて、黒塗りの馬車と聖騎士たちを取り囲む様にしてこちらを凝視していた。向けられる無数の瞳に我慢ならず、私は身体を縮こまらせてアーシードの陰に隠れながら歩いた。

 格子が中途半端に上がったままになっているので、下げようと手を伸ばすと、横からアーシードに止められた。


「これから中を捜索させますので、閉めないで下さい。」

「でも。商品が…。」


 言いかけて止まってしまった。術屋に散らばる商品を、格子戸を下げる事によって一体なんの為に私は守ろうとしているのだろう。

 レイヤルクは果たしてこの術屋にもう一度帰ってくるだろうか?この状況でここに戻るのは、罠に飛び込む様なものだ。

 私は窓越しに術屋の中を覗いた。

 レイヤルクが毎日立って接客していた筈の木製のカウンターは、消失している。私が拭き掃除を丁寧に行っていた棚からは商品が全て落ち、カラになっていた。

 日常が忽然と姿を消してしまった感慨に耽る間は殆どなく、私は馬車に乗るようアーシードに促された。


「この様な不審な者を、神殿庁に!?」


 聖騎士の一人がそう声を上げるのが聞こえた。

 聞き覚えがある声だなぁと思えば、クラウスだった。二十人ほどいる聖騎士たちの列から、一人だけ前に出て来てアーシードに話かけてきたのだ。聖騎士は皆詰襟の濃い紫色をした上衣を銀色のベルトでしばり、下には同じく濃い紫色のズボンをはいていた。しかし注視してみると、クラウスだけマントの長さが他の騎士たちより長く、また肩の部分の飾り付けが幾分豪華だった。この聖騎士たちの上司みたいな立場なんだろうか。意外と嫌な奴ほど出世したりするのは、どこの世界も変わらないらしい。

 アーシードは噛み付いてきたクラウスを宥める口調で言った。


「彼女もヒナ様がこちらへいらっしゃった少し前に、異世界から来たのです。」


 それを聞いたクラウスは宥められるどころか、精悍な眉をこれ以上は無いというほど顰めた。まるで害虫でも睨むみたいな険しい目が私に向けられる。


「そんな筈はありません。彼女自身が以前、東部地域のルーツェン村から来たと言っておりました。」


 たいした記憶力だ。でも今は何もありがたく無い。アーシードはクラウスにヒラヒラと手を振り、聞く耳を持たない仕草をした。


「何かの間違いでしょう。」


 クラウスの不服そうな目が術屋の隣のパン屋に向けられた。多分、以前彼と神殿庁で会った時に、私がパン屋で働いていると発言したのも覚えているのだろう。

 一旦押し黙り、引き下がったかと思えば、私が馬車に乗ろうとするとクラウスは又しても不満を呈した。私が神官長と同じ馬車に乗ることに異議を表明したのだ。即ち、この場の警護を統括する者として同乗は認められない、と。アーシードは私と馬車の入口手前に立ったまま、クラウスの説得を始めた。

 私とアーシードの二人くらいは、片手で捻り倒してしまえそうなほどの均整の取れた立派な体格をしたクラウスが肩を怒らせていると、線の細いアーシードの身が心配でたまらなくなる。


「サヤは巫女姫様と同じ世界の、それも同じ国から来たのです。容姿が巫女姫に近いでしょう。側近くに侍らせれば、ヒナ様も喜ばれるでしょう。」

「本当に同じ国から……?失礼ながら私にはヒナ様と似ているとは思えません。我らが巫女姫様はもっと鼻梁が良く通り、美しい大きな瞳をされています。これ程顔面が平たくなどありません。手足もこの者より長く、腰の位置が全く違います。頭の大きさも異なります。同じ国出身とは到底……。」


 言葉に物理的な攻撃力があったなら、私は今死んでいるだろう。

 アーシードがクラウス、と咎める様な声色で彼を呼んでも、彼は悪びれたりはしなかった。神官長はと言えば、彼は既に馬車に乗り込み、野次馬がたかる反対側の窓へ向けて視線を投げ、片手を自分の前に掲げて何やら詠唱していた。何かのお祈りをしているみたいだ。集まった野次馬たちはそれを受けて、次々に胸に手を当てて頭を下げ、お辞儀をし始めた。神官長のお祈りを尊重している事を表明しているのだろう。神官長はいつの間にか、あの長い帽子をまた頭に乗せていた。


「クラウス。サヤは私の養女にするのです。神官長御自ら足を運ばれ選ばれた護女官です。これ以上不審だと言い張るのはやめなさい。話は以上です。」


 アーシードがきっぱりとした口調でそう言うと、クラウスは渋面で引き下がり、私はようやく馬車に乗り込んだ。

 雑踏の中から、サヤ!と私の名を呼ぶ声がした。窓の外を眺めると、タアナが心配そうな顔で私を見ていた。野次馬の中から背伸びをして必死にこちらを見ているのが分かった。半壊状態の術屋と聖職者たちの来襲に困惑し、私に何があったのか、とその顔は聞いていた。タアナを心配させないように、私は何とか弱々しい笑みを作り、小さく頷いた。

 私に続いてアーシードが馬車の中に身を滑り込ませると、いまだ鬼の形相をしたクラウスがこちらを睨みながら馬車の扉を閉めた。

 クラウスが野次馬たちを追い払い聖騎士たちに指示を出し、騎士たちが綺麗に列を整え馬車の前後につくと馬車が動きだした。

 やがてアーシードが遠慮気味に私に質問をしてきた。


「サヤ様はハイラスレシアの字もお分かりになりますか?」

「はい、こちらの字も読み書き出来ます。」


 それでは何の心配もありませんね、とアーシードは心から安堵した様子で大きく頷いた。タアナはあまり字を読むのが得意ではなかった。隷民は字を習う機会がないのだろう。ハイラスレシアの字が書ける事を見せ、二人を安心させようと、窓に指を滑らせて自分の名前を書いて見せた。サヤ、と。アーシードは満足気に大きく首を縦に振ってくれた。その隣に座る神官長は目が合うなり、全く別の話をしてきた。


「レイヤルク=シャジャーンについて、サヤ様がご存知の事を全て教えて下さい。」


 馬車の中で私はレイヤルクとの出会いから今日に至るまでの話を掻い摘んで話した。即ち、ハイラスレシアでの私の日常を。

 ただし、以前レイヤルクに言ってはいけない、と釘を刺された出来事についてだけは、あえて話さなかった。彼が持病でたまに寝込む事や、あの奇妙な右手の色のことだ。自然とレイヤルクがいかに家の中では無能力だったか、というテーマばかりになってしまったのだが、神官長とアーシードは恐ろしく静かにその愚痴を聞いた。私がひとしきり話終えると、神官長は一ミリも表情筋を動かさずに言った。


「あの男はサヤ様を無給で術屋で働かせた上、家事労働をさせていたのですか。太陽神の巫女姫と知りながら。」

「ええ、まあ…」


 冷たい海の色をした神官長の瞳の中に、燃える様な怒りを感じた気がした。車内の空気の変化に、私はそれ以上言葉を継げなかった。

 窓の外を見ると、馬車はひしめく家並みの間を走っていた。

 そうこうするうちに、私たちはだだっ広い神殿庁の敷地に差し掛かった。

 長い列柱に支えられた一際大きな建物の脇には、建物に挟まれた巨大な木の扉があり、私たちを載せた馬車が近付くと扉が左右に大きく開いた。聖騎士たちに前後を挟まれた馬車が速度を落として中に入ると、そこには建物に囲まれているとは思えない、開放的な空間が広がっていた。

 緑豊かな木々が生い茂り、帝都の真ん中なのだと忘れてしまいそうになるほどだ。


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