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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第一章 術屋
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対決②

「あなたたちこそ、何ですか!……こ、これ、弁償して下さいよ!」


 いつまでも黙っている他の三人による沈黙が我慢ならず、気がつくと私は震える声で虚勢をはり、神官長に向かって地団駄を踏んでいた。


「四ヶ月前、私の巫女姫召喚術を妨害したのはお前だな?」


 神官長は私を無視してレイヤルクに尋ねた。レイヤルクは蔑みすら感じさせる笑みを披露した。


「ようやく気付いたのかい?自らが手に入れた巫女姫が、補欠でしかなかったと。」


 神官長の表情は変わらなかったが、レイヤルクを睨む瞳は更に冷たいものになっていた。

 少しの沈黙の後で神官長は顎で私を指した。


「お前が私から横取りをしたのは、彼女か?」

「どこかの神官長が狭間の世界に彼女を落とした癖に速やかに救助しないから、代わりに助けたまでさ。」


 神官長は青い瞳を動かし、その視線は私に向けられた。どんな顔でそれを受け止めれば良いのかわからず、私は弾かれる様に目を逸らした。目線を動かしたその先に、窓ガラスの向こうの表通りを捉えた。

 そこにはいつの間に集まったのか、神殿庁で見た聖騎士たちが綺麗に横列をなしてこちらの様子を伺っていた。二十人ほどいるだろうか。

 その後ろには、朝の身仕度も済ませていない野次馬たちが顔を覗かせていた。普段神殿庁でしか見かけない聖騎士がこんなに集まっていたら、それは人目を引くに決まっている。

 私と時を同じく表の厄介な人々の存在に気づいたのか、レイヤルクが、多勢に無勢か、と呟いたのが聞こえた。

 視線を戻すと神官長はまだ私を見ていた。私はずっと聞いてみたいと思っていた質問を思い切ってした。


「神官長さんなら、私を元の世界に戻せますか?」


 その時初めて神官長の冷たい眉目に、動揺が走るのを見た気がした。私に向けられていた涼やかな青い色の奥に、苦々しい感情が浮かぶのが垣間見える。

 この瞬間、私はやはりレイヤルクが言っていた通り、この世界の誰にも私を地球に帰す事は出来ないのだ、と理解した。

 分かっていた筈なのに、緩やかに失望感が私の胸中に溢れる。立ち尽くしていると、レイヤルクの声がした。


「サヤ。その男から離れるんだ。こちらにおいで。」


 その男とは神官長を指しているのだろう。神官長に面と向かってそんな言い方ができるのは、ハイラスレシアの中でもレイヤルクくらいなのかもしれない。

 主の命令に反射的に応じて、レイヤルクのいるカウンター近くまで下がろうとしたその時、やにわに神官長が腕を伸ばして私の手首を掴んだ。驚きのあまり、まるで電流が走ったみたいにびくりと腕全体が震えた。


「私の巫女姫だ。返却して貰おう。」

「落とした癖に頭が高いねえ。今は拾い主である私が所有者さ。」

「落とさせたのは、お前の妨害術ではないか。」


 私は物じゃない……!!

 と反論したい衝動に駆られたが、正民と物の中間なのかもしれない。そう思うと舌が動かなかった。隷民という立場に嫌気がさしながらも、その仕組みにハマり洗脳されかけている自分がいた。

 神官長に強く引き寄せられ、彼にぶつかりそうになる。真近でその長身を見上げると、神官長の肌は白い石像かと見まごうほどに色が白く、髪はまるで純金をどこまでも繊細にさいて流した様な輝きを誇り、どこか人間離れして近寄り難い容貌にさせていた。

 神官長は私を捕まえたまま、レイヤルクに言い放った。


「お前の身柄を拘束し、異端審問にかける。」

「どういう名目で私を捕らえるのかい?自分の召喚術が一度はたかが民間人の妨害で失敗していたと認めて、ヒナ=サイトウを廃する覚悟が?それとも二人とも巫女姫とするのかい?」

「巫女姫はこちらの世界に一歩踏み入れた時より、巫女姫として扱われねばならない。」


 都合の良い事で、とレイヤルクが鼻で笑った。術屋で働く隷民サヤとして四ヶ月も馴染んだ人間を、神聖な巫女姫として認めて公表するには抵抗があるのだろう。もっとも私としてもその方が有難い。でもレイヤルクを拘束されたら困る。


「だが正民としての登録証を持たないお前は、これ以上この術屋を営んではならない。不動産の所有も没収される。」


 焦りから嫌な汗が出てきた。正民でなければ隷民を所有する事も出来ない。つまりは、レイヤルクが私の面倒を老後まで見てくれる計画が、水泡に帰したというわけだ。四ヶ月かけてようやく慣れかけたこの生活を、神殿庁が台無しにしようとしている。それも、私が太陽の神様の巫女姫の生まれ変わりだ、とかいう妄想のせいで。

 私は神官長を威厳を持って睨み据えーーーようとして挫け、代わりにアーシードを睨んだ。


「全部皆さんの勘違いです。私は巫女姫の魂の欠片なんて持っていません。これは何かの間違いです。」

「レイヤルク=シャジャーン。抵抗をやめ神妙に連行されれば、極刑だけは許そう。」

「私をお前たちが連行する事など、不可能だよ。」


 神官長は私の発言には全く耳を貸さなかった。彼は微かに腕を前方に振った。それとほとんど時を同じくして、レイヤルクが横に飛び退いたのが目に映る。

 ドン!!という衝撃音の後、レイヤルクがさっきまで立っていた背後にあるカウンターの一部が、円形に窪んでいた。

 驚愕のあまり、ギャーっ!!という叫び声が口から飛び出して止まらない。もしレイヤルクが避けられなかったら、どうなっていたか。カウンターにクレーターを開けた当の本人は、至極静かに青い視線をレイヤルクに向けていた。


「やはりこれも避けるか。これほど近くにいるのに、お前の力は測れそうでいて、全く測れない。こんなに奇妙な感覚は初めてだ。」


 神官長とはなんて恐ろしい存在なのだ。指先の小さな動き一つで、顔色も変えずにこんな事が出来るのか。

 そう思うと自然と神官長と距離を取りたくなり、私はどさくさに紛れて腕を振り、神官長の手を払おうとした。だがその手は頑丈に私の手首を掴んでおり、私は結果的に神官長の腕を幾度も激しくシェイクしているだけだった。


「離して下さい!私は太陽神の巫女姫とは何の関係もないと言っているでしょう!」


 すると神官長の代わりにアーシードが答えた。


「召喚術に反応するのは太陽神の巫女姫だけです。神官長はあの日、極めて強い反応を異界で感知しました。」


 そう言うと彼は熱心に丁寧な口調で私に話し始めた。まるで小さな子どもに言って聞かせる様に。

 神官長は召喚神技を行ったあの日、狭間の界渡しの段で妨害にあい、神技をまとめ切れず失敗をした。どうにか無事に一人は召喚出来たものの、力が回復した翌日に落とした私を探そうとしたのだという。

 だがもう召喚に応える魂は無かった。

 だとすれば狭間の世界での空白の時間に何かあったのでは、との考えも捨て切れなかった。召喚神技は門外不出の奥義であるから、例え妨害者であろうと奪う事は不可能な筈だった。けれど妨害者の力量を思えば過信は出来なかった。若しくは、狭間の世界から穴に吸い込まれ、ハイラスレシアに落ちていたのかもしれない。


「巫女姫の魂は召喚神技でしか探せません。私は神官長の命を秘密裏に受け、異界からの人間を、特に登録証を持たない隷民を中心にずっと探していたのです。」


 アーシードは己の胸を指しながら、そう告白した。

 アーシードの言った事は俄かには信じられなかったが、彼と隷民が売られている市場で鉢合わせしたあの日を思い出した。彼は偶然そこにいたのではない。毛色の変わった隷民を裏で探していたのだ。

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