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黄金の中庭  作者: 岡達 英茉
第一章 術屋
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祝福日

 術屋を出ると表通りは先ほどよりも人口密度が増していた。

 神殿庁に向けて更に行くと、人の流れが進まなくなってしまった。往来の妨げにならない程度に真ん中だけをあけ、道の両側には人々でいっぱいになっていた。

 まだ神殿庁の敷地内にすら入っていない。

 通りの先にある神殿庁の正面中央に聳える建物を見やると、三階から突き出たバルコニーが色とりどりの花々で装飾されていた。

 あのバルコニーからレーズンが投げられるのだろう。この位置からそれをキャッチできるとしたら、奇跡だ。


「う〜ん、これ以上前にはいけそうにないわね。こんなに遠いと、巫女姫様の御尊顔を拝見出来そうにないわ。豆粒になっちゃう。」

「ごめんね。寄り道しちゃって…」

「してもしなくてもどの道この人出じゃ難しかったわよ。それに神官たちが馬車でこっちの方まで来て、祝福の干し葡萄を配ってくれるから大丈夫よ。」


 この人混みだからサイトウさんは馬車でこっちまで来たりはしないだろう。楽しみにしていたタアナに申し訳ない。

 それでも私はサイトウさんがバルコニーに出て来て、レーズンを投げる姿を見られるのなら満足かもしれない。元気そうにしているのがわかれば、充分だ。

 あまりの人混みに警戒心が働き、私はポケットに入っている財布を服の上から押さえた。スリがいてもおかしくはない。


 私とタアナはイベントが始まるまでの暫くの間、二人でお喋りをして待っていた。

 タアナは新作のパンや、最近店に来る面白い客の話をしてくれた。

 私は主にレイヤルクの生活力の無さを話した。今まで一人で暮らして良く生きてこれたものだと思う。例えば彼は私が風邪をひいた時に何度か食事を作ってくれた事があるのだが、人智を超越した味だった。肉や魚といったタンパク質は炭と化し、スープは頭痛がする程塩辛かった。私がレイヤルクをそう非難すると、タアナはレイヤルクの肩を持った。


「でもうちのおかみさんが言っていたけど、レイヤルクさんの術屋の商品は本当に良いわよ。術光石もレイヤルクさんに光を入れて貰うと、明るさと持ちが全然違うの。」


 自分の勤める術屋の主を褒められるのは、何故かこそばゆい物があった。


「十年前にレイヤルクさんがあの術屋を開店した時は、今よりもっと小さな術屋だったんですって。それが今ではお得意様だらけじゃないの。とても立派だわ。」


 前方の喧騒が一段と激しくなり、唐突にそれが止んだ。神殿庁の周囲に集まった人々が異様に静まり返る。様子の変化に促されてタアナとはっと顔を見合わせ、神殿庁のバルコニーを確認する。

 閉まったままだったバルコニーの扉が開き、ゆっくりと三人の人物が外に姿を現した。長い神官服を着ていて、顔まではよく見えないがその肩からかけるショールの色は認識出来た。


「赤のアバよ!真ん中にいらっしゃるのは神官長だわ!」


 誰かがそう絶叫し、途端に詰めかける群衆の興奮が最高潮に達した。

 神官長が広場にいる人々に何か話し掛けていたが、私のいる位置までは声は全く聞こえない。先日広場で絡んで来た人物が、今集まった人々から大興奮で歓待されているのが信じられない。


「ああ、遠くて残念。すっごくお美しい方なのよ!」


 タアナが歯痒そうに数回、地団駄を踏む。

 だからなのか、バルコニーの方からは女性の黄色い悲鳴じみたものまで聞こえて来た。

 神官長が後ろを振り返り長い手を伸ばすと、開いたままになっていた扉から一人の女性が出て来た。

 金色の衣装を纏い、黒髪の上には輝く黄金の冠を乗せ、バルコニーの前面に立ち上品な仕草で群衆に向かって白い手を振る。

 巫女姫様だ!!

 彼方此方で人々が口々にそう叫び、どよめきは辺り一帯に波の様に広がり、その熱気と歓喜に地すら揺れた。

 ーーーあれが………。

 あの女性がサイトウさん………。

 それは不思議な感覚だった。

 同じ日本人としての親近感が熱く確かに胸中に沸き起こる一方で、けれど群衆の熱狂の渦の中心にいる彼女の立ち位置に、途方もなく埋め難い距離を感じる。

 平均的な日本人女性よりは身長があるのだろう。スラリとしていておまけに頭が小さく、とてもスタイルが良く見えた。

 でも良かった。

 バルコニーの端から端へ移動しながらヒラヒラと手を振るサイトウさんは、心配していたほど体調が悪そうには見えなかった。彼女もこちらの生活に少しは慣れてきたのかもしれない。尤も、神官長も私が会った聖騎士も、思いやり溢れる人物とは到底思えなかったから、彼女がいくら崇め奉られていようと、色んなストレスがあるのではないかと、余計な心配は消えない。だって相手はまだ十六の女子高校生だ。

 私があの年だった頃であれば、あんな注目を浴びてバルコニーにいるだけで、大変なストレスを感じたと思う。

 サイトウさんは神官が捧げ持つ大籠に両手を突っ込み、それをバルコニーの下へまく様に投げた。赤や黄、青などの色とりどりの色の小さなそれは、散りながら群衆の上へと落ち、彼等は競ってそれを奪い合った。


「巫女姫様の御手から頂ける祝福の干し葡萄だわ!!良いなあ…」


 タアナが溜め息と共に呟いた。

 どうやらレーズンをそのままバラマくのではなくて、ちゃんと飴みたいに包み紙に包んであるらしい。ついこの瞬間まで、配られるのは単なるレーズン、と馬鹿にしていた。しかしながらレーズンを受け取れる位置、つまりバルコニーの近くにいる群衆を、余りに周囲の人々が羨望の眼差しで見ているので、私まで何だかあのレーズンが欲しくて堪らなくなってきたではないか。

 サイトウさんがバルコニーの外に向かって幾度目かのバラマキをした時、横にいた神官長がおもむろに右手を上げた。すると突然バルコニーから広がる様に強い風が吹いた。宙に投げ出され、今しも重力に従って落下するところだったカラフルな包み紙たちは、その風に乗って舞いながら飛んだ。次々とサイトウさんがレーズンを大籠から投げ、色んな色の包み紙が神殿庁広場いっぱいに広がるその光景は、風に美しい花々の花弁が舞っている様だった。

 強風に弄ばれる髪を押さえながら、タアナが叫ぶ。


「なんて綺麗なの!こんなの初めて!………見て、こっちまで飛んでくるわ!」


 広がる風に運ばれて広場の中心に、そして広場に続く沿道にまでレーズンは運ばれて来た。パラパラと頭上から落下する包み紙を、私も皆と一緒になって興奮して叫びながら、両手を振り回してキャッチした。

 私が取れたのは緑色の包み紙だった。

 キャンディ仕様に閉じられた両はしを引いて開くと、中にはレーズンが十粒ほど詰められていた。


「緑色の祝福ね。これから一年、穏やかで安寧に過ごせるという祝福よ。」


 どうやら包み紙の色にはお神籤的な意味があるらしい。タアナの祝福は黄色だった。

 彼女はウィンクを寄越しながら教えてくれた。


「これで金運がついたわ。………悪いけど、交換には応じないから。」


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