第十二話 関係のほころび
「わかる。そのあとの半年、ノイトレッドで剣を習ってたんだけど……別に魔王が国に何かしたとかいうわけでもないんだって」
「なにそれ、変なの。やっぱ人間ってろくでもないんだね」
「それ莉希ちゃんがいつも言ってる奴ね」
苦笑いする春樹に梅子はバレた? と舌を出す。莉希は常日頃そんなことを口走っては笑ってごまかしていた。その仕草に闇を感じると怜がよく話していたのを覚えている。
「でも茉奈と春樹は友達なんだから争う必要ないよ」
「むしろ争ったら莉希ちゃんの拳が飛んでくるでしょ」
「そして始まる大乱闘クインテットブラザーズ」
「うまく言ったつもり?」
某ゲームを捩ってみたタイトルは春樹には好評だったようだ。辛辣な評価をしてくる茉奈と対照的に春樹は子供っぽい笑みを浮かべている。ふと茉奈が不安そうな表情を見せた。
「それはそうとどうしよう。魔王を倒さなかったなんて言ったら茉奈さんボコボコにされちゃうかも」
「流石にボコボコにはされないと思うけど……でもそうか、茉奈が僕を倒さずに国に帰ったら不味いね」
神妙な顔をする二人に梅子は怪訝な顔をした。単純なことなのに。
「難しいこと考えないで、友達だって宣言すればいいんじゃないの?」
「いや、それは難易度が高いでしょ。勇者と魔王が友達ってありえないよ」
ばっさりと否定された。梅子は両腕を上げて精いっぱい抗議の姿勢を見せる。
「二人とも仲悪いふりしなきゃいけないとか面倒だってー!」
子どものように両腕を動かし不満を全面に訴える梅子に春樹と茉奈は苦笑するしかない。二人に呆れられていることに気が付いた梅子は頬を膨らませ春樹にぐいと顔を近づけた。
「ねえ、莉希がいつも言ってたこと忘れたの?」
「莉希ちゃん?」
春樹は考え込む。梅子の頭の片隅でずっと残る「あの言葉」は、クインテットに欠かせないものだ。それは梅子が一番よく知っていた。
「『私たちは____』」
「……ああ。『五人で一つ』だね」
「そうでしょ!?」
「……でも、だから何? それとこれとは違うんじゃない?」
茉奈が少しの苛立ちを見せた。菜の花色の瞳が煩わしさを孕んで梅子を睨む。
「勇者と魔王の体裁を保つなら、友達だって話すのは得策じゃない。梅さん、それくらいわかるでしょ」
「わからない! 立場とか関係で友達じゃなくなるとか理不尽だし、茉奈も春樹も嫌じゃないの」
「それは……嫌だけど。でも、セオリー通りなら『勇者と魔王は友達になれない』」
茉奈の冷たい発言に梅子の何かが切れる感覚があった。反論のために思い切り息を吸った。
「セオリーってどのセオリー!? そういうお約束があるとでも!?」
「現代日本で作られてきた勇者と魔王ってのは敵対関係にあるのが普通で」
「でもここは異世界!」
「ああもう、屁理屈! 現代で作られた異世界のことだよ!」
茉奈は苛立ちで髪を乱す。菜の花色の瞳は優しい暖色のはずなのに、烈火のような怒りがありありと滲んでいる。
「そもそも前後関係が違うでしょ。勇者と魔王が友達になったんじゃなくて、友達が勇者と魔王になった」
「確かにそうだけど、外野はそんなこと気にしないよ」
「意味わかんないって! 私たちはこの世界に望んできたわけでも、今の立場に望んでなったわけでもないじゃん! なのになんで、なんで隠さなきゃいけないの!?」
怒りのあまり目尻に涙がにじんでくる。茉奈はさらに苛立ちをあらわにして梅子に嚙みついた。
「任された以上、その責任は果たすべきだよ。梅さん昨日こっちに来たばっかりなんでしょ!? 私は半年こっちにいるんだけど!? 半年と一日じゃ重みが違う!」
「違わない!」
「違う!」
「違わない!」
こんなに大きい声を出したのは久々だった。梅子の脳内は怒りに占められて冷静な判断ができない。
「梅さんはノイトレッドを見たことがないからわからないよ! あの国がどれだけ魔王を憎んでるか」
「だからって受け入れてくれないとは限らないよ! 魔王が春樹に代替わりしてまだ数か月だから、みんな春樹をわかってないだけかも」
「~~~~~っ、梅さんはいつもそう! そうやって机上の空論ばっかり」
「はいはい、二人とも落ち着いて。争っても答えは出ないよ」
水掛け論でヒートアップした喧嘩に春樹は割り込んで二人を諌めた。茉奈と梅子は互いににらみ合い、そっぽを向く。
「どうして再会して数分で喧嘩するの」
「だって茉奈が!」「梅さんが!」
互いに譲らない梅子と茉奈にその場の雰囲気はどんどん険悪になっていくばかりだ。春樹は部屋中に響くほど大きなため息をつく。ふと扉を叩くノックの音。春樹が入室を促すとぼろぼろになったシャドーがよろめきながら現れた。梅子と茉奈がにらみ合っている異様な光景に目を丸くする。
「ま、魔王様……これはいったい?」
「っ……!」
梅子は涙を乱暴に拭うとシャドーの横を通り過ぎて最上階を飛び出す。
「ウメコ様?」
「梅子ちゃん!」
春樹とシャドーの静止を振り切り梅子は走る。階段を駆け下りるたび瞳から涙がこぼれ落ちそうになった。




