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タヌキ無双 生贄魔王と千変万化の獣  作者: みかか
国内平定編
40/147

城内に蠢く 5

「ネズミが減った」


 話し合いの途中思い出したようにぼそりといったのはマカールだった。

グラキエースという種族は、ヒトとしての実体においては性別を持つが、精霊体は女性のみ。

本来は北方に「籠っている」せいか、中央では珍しいらしく観察されている気配をたびたび感じていたという。

中央の住人たちはいわゆる人間に近い体と見目をしているため、それは四辺境伯領の住人達すべてに共通するものではあるのだが、西方東方の者たちは比較的中央に出ることも多いので珍しくはない。

南方の者たちにいたっては、違いすぎている、ということもあるだろうか。

自分たちと近い姿なのに自分たちと違う、というのがグラキエースたちを観察していた理由であろうと。

……別の、思い当たる下衆な理由については、マカールはおくびにもださなかった。


「手が回らなくなってきているのでしょうな」


 ウツギの執務室は、長の部屋だけあって二間続きになっている。

そのうち片方を解放しており、長だけが集まるときには利便性もあるためそこを使っている。

なにしろ場に『魔王』がいると、特に人払いをしない限りは非番の兵たちが集まってきてしまう。

そうなれば食堂を使うしかない。

たしかに人数がいれば守りやすくなるという点はあるだろうが……。

そして、こうやって『魔王』抜きで話をしていれば、以前はマカールのいうとおり天井裏にそこそこの腕前の密偵が潜んでいたものだが、今は気配も無い。

どうやら『魔王』を重点的に見張る、というよりも『魔王』しか負えなくなってしまったのだろう。


 三日おきの密偵の誘拐は結局五組で終わったのだが、諜報員の質を高く維持しようとすれば、一朝一夕で育つものではない十人はかなりのダメージ。

とりあえず、静かにできないネズミが来るまでのことかもしれないが、今はひとまず「悪だくらみし放題」ということだ。


「んじゃ、そろそろ動くかぁ」


 にやりと笑うレオンシオだが、実際に動くのはウツギ、もといウツギの綿毛。

一般のヘルバの使うものと比べて高性能かつ多機能なそれは、実際の所これ以上なく信頼できる密偵だ。


「ときどき、自分の非才が身に沁みますな」


 窓から飛んでいき、すぐに見えなくなった綿毛を見送りながら、コアがため息をついた。


「コア殿、そう悲観するものではない」


 こちらは白湯に息を吹きかけるマカール。

一息で湯気は消え、薄く表面が凍りつきさえする。


「そうそう……私はこういった裏方こそが仕事ですから。戦力としては他三家に及ばない。では事務方かといえば、あちらにもついていけません。後ろにいるばかりですよ」


 ふ、とウツギ自身も柔らかく微笑んだ。


「今は地固め、っつーか、俺たちがいざ動くって時に味方ヅラしたやつらが足引っ張らないようにする準備中……だったよな、マカール」

「確認するほどの事か? そんなものわかりきったことだろう」


 他のカップはまだ息を吹きかけねばならないほど熱いままのそれを、マカールは氷の音も涼やかに一口。


「数字は面倒くさいが、正面から相手どれば従い、騙してごまかせばそこが傷になり膿んでくる。我らが『魔王』様の事務方のみなは、総がかりでその騙しの包帯を剥がしている最中だ」


 膿が固まっていれば、剥がされた方は痛い、とマカールはたとえ話を続けた。


「そりゃ痛い方は抵抗しなきゃおかしいよなぁ」


 うんうんとうなずきながら、レオンシオは話の流れを見つめるコアにニィと笑いかけた。


「じたばたする手足を抑える出番があるかもしれねぇからな。俺たちはのんびりしてんじゃなくて、控えに入ってるだけって考え方もできるだろう? それでも気になるなら、外で動くか?」

「それはレオンシオ殿が動きたいだけなのでは……?」


 呆れながらもコアの表情は明るい。

それなりに、彼なりに、思い直せたようだった。


◇◇◇


 さて、その事務方である従者たち。

こつこつと彼らは仕事を進めていた。

傍目から見ていると、高揚も興奮も、鎮静も落ち込みも無い、淡々とした仕事ぶりである。

しかしそのやりとりが素早く激しく、しかし丁寧に交わされていることを、帳簿に挟まれている印が物語る。


 薄く細いリボンのようなものと、その端に付けられた羊皮紙の切れ端。

リボンのようなものは、本に付随する糸で編まれたような栞「スピン」を考えるとわかりやすい。

帳簿を分厚く膨らませにくい薄さのそれは、切れ端と合せて付箋のようなもの。

そこを集中的に見てほしいという合図。

実際にはそこばかりではなく全体を見るのだが、特にここ、とやる理由は数字を違えた場所の原因であると思われる数字や文言、品目があるから。

古い会計帳簿は破棄されているとはいえ、会計以外の帳簿の数字などから瑕疵となるものをあぶりだす。

数字の巧者はそれができるから「恐い」のだ……。

ましてやそれが五人総がかりの、監査にも等しいもの。

トバイアス・マーローがこの「事務室」には近寄ろうともしていないのも仕方ないかもしれない。

彼は自分が瑕疵を説明しきれないという自覚があったので。

……もっとも、それは反対側からしてみれば「そんなこともできないのか」なのだけれど。


 とん、とん、と冊子を揃える音がして、五人は揃って大きなため息をついた。

一通り、終わらせることができた、と。


「シリル、よくついてこれたね」


 疲労の滲む声でアーリーン=バーサが言うと、それ以上に疲れた顔でシリルがうなずく。

もはや声を出す元気も残っていない。

他の年長者たちに比べて、シリルは多少アーリーンの指導を受けたとはいえ、初心者に毛が生えたていど。

とても巧者とはいえない。

それでも他の面々にくらいついてきた。

回数を重ね、他の文書と見比べ、自力で理解し、その上で他の者からのそれとわかりにくい教授を聞き取り理解する……。

その努力を認めた一言だった。


「さぁて、そろそろ仕上げにかかろうかねぇ」


 まずはこの帳簿から、一角を切り崩していく。

その一言は、静かな開戦の合図であった。

読んでいただきありがとうございます。

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