番外編:タヌキ、害虫退治を考える。
帳簿のチェックが終わった、そのことを聞きつけてか、久しぶりにタヌキがシリルの部屋を訪れた。
「よう、お疲れ!」
「はい、タヌキ様」
終わった仕事の興奮から、疲れ切っているのに目がさえている様子のシリルが出迎える。
いつものようにベッドの上によじのぼり、腰を下ろす小さな体の前に、シリルが菓子鉢を差し出した。
「今日は貰いに行くのを忘れたんですが、終わったからなのか食堂からって届けてくれたヒトがいたんです」
「へぇ……」
だが、タヌキは小首をかしげた。
「届けてくれたの、知ってるヤツ? 仕事の区切り、わかるくらいの」
問いかけに、シリルがはっとする。
「……何度か、食堂で見かけたことはありますが。まさか」
こくりと目立たないようにタヌキはうなずいた。
ギィ、と天井が鳴ったのは、上にいるネズミが「へたくそ」だからか。
それからタヌキはそっと、声を潜めた。
「『魔王』やシリルや俺、飯はみんなで食ってるから手はだせねぇ。だけどこのお菓子は」
そこから急にタヌキは転調する。
「うまそうだよな、これ。全部もらっていいか?」
「ええ、どうぞ」
明るい声に、シリルはこれが演技とさとる。
つまり腹芸をしろということなのだと。
ざらざらと音を立てて、タヌキの口中に菓子が落ちていく。
「そんな風に食べちゃって、だいじょうぶですか?」
「だいじょぶだいじょぶ。頭使うから、補給しねぇと」
だから彼も、二重の意味を込めた言い方で会話をするように努めた。
「んで、だ」
天井裏がまた軋み、気配が遠ざかったのを確かめてからタヌキは話を切り出した。
「帳簿、中身どうだった?」
「みんなで糸をほどきましたが、丁寧な仕事と雑な仕事の落差が大きいですね」
五人がかり、何冊もの別の帳簿と照らし合わせてやっと見つけられたほころびと、シリルでさえ一目でわかってしまったもの。
だがやはり、苦心したものは重要なものが多かったという。
戦死者の遺族への見舞金。
これは実は出費の大きな割合をしめる。
窮したものが最後の望みとして、死兵となってなんとか家族に金を遺そうとする。
だが中には身寄りも無い者もいる。
そういった者たちは事前に自分が受け取ることができるようになっている。
……その数が合わない、その分の金がどこかに消えている。
また、食費などでも合わない数字がある。
こちらは些少な金額なのだが、回数が多かった。
そうやって細々したモノを見つけていくと、膨大な額になる。
「よしよし、これでオーリョーとかハイシンとかいけるな」
シリルのそんな説明に、タヌキは大きくうなずく。
タヌキの世界においても、自分のものではないものを損ねるのは犯罪なのだなとシリルは考えた。
獣の世界の財というものがどうにも彼には考えにくかったのだが、横領や背信などという言葉を知っている以上、「有る」のだろうと得心する。
「シリル、この国だとオーリョーやハイシンコウイはどれくらいイケる?」
「いける、とは?」
「権力追放までもってける?」
「そうですね……」
今度は量刑の話ときた。
獣の世界ではどれほど重いのだろうかと考えながら、彼は記憶をたどる。
法といっても、初代魔王が基礎を制定したこの国の法は、あまりに簡単にねじまげられてもきた。
要領と力のある者ならば、ある程度手順を踏めば罪を逃れることもできた。
上位五貴族などまさにそれ、だろう。
―――もっとも、今代の『魔王』はそれを逆手にとって、帳簿の調査までもっていったのだが。
「確実にこれほど、とは申せません。その上でさらに五貴族を平らげるには足りません。彼らはある意味、盤石なところにいます」
たとえば、いくつかの村をまとめる領主の代官の不正程度ならば、横領背信で致命傷までもっていけるが、上位五貴族は身代わりを用意してさっさと逃れることができるだろう、と。
「ただ、この帳簿を担当していたマーロー家はこれでもげます。資材管理の面においてはサングスターも削げるところまでもっていけるのではないかとアーリーン様が」
「んじゃ、これも証拠でいける?」
ぱか、と開いたタヌキの口の中、その舌が透き通っている事より、さっき噛み砕かれて飲まれたはずの焼き菓子が、損なわれることなくそこに載っていることにシリルは驚く。
だが、毒が入っているということをタヌキの言動からわかったのだろう彼はうなずいた。
それを見て、タヌキが再び口を閉じる。
「国内において、魔法薬を扱えるのはナイセル家だけです。もしそれが植物毒ではなく、魔法毒であればナイセル家を落とせます」
「アンカーソンは?」
「……」
シリルは養家のことを思い出そうとした。
くじびきの前に半年だけ滞在した家だ。
だが、その気の無い十歳の子どもには、残念ながらあの家の産業や仕事がわからない。
しいていえば、四家の仕切りをしている所を見たくらい。
そのときは……すごい家が後見となってくれたのだと安堵していたのだけれど。
「残念ながら」
「そうだよな、黒幕は見えねぇから黒幕だもんな」
「申し訳ありません……あ」
小さな声が漏れた。
「どした?」
「くじびきの時、養父、いえ、アンカーソン当主が、少し動いたことがあって」
「くじびきって、役を割り振るあれのことだよな? それ以外無かったよな?」
「はい。私が引く直前がマーロー家の番で、それでしくじるまいとじっと見ていたのです。くじの箱に手を入れた時、アンカーソン当主が咳払いをしたのを見て、マーロー家のトバイアスが焦った様子を見せたのを思い出したんです」
「ふむ」
「あのくじびきは……ある意味生贄を決めるものです。不正が絶対許されないもののはず」
タヌキは腕を組んで考える。
「そのくじびきの箱、ずっと毎回同じなのか? くじも?」
「はい。十年に一度しか使いませんから」
シリルは自分も引いたくじびきの、その様子を思い出しながら話した。
構造は簡単で、腕が通るほどの穴を上に開けた木箱に、十個のコイン状の駒を入れる。
そのうち五個は黒、五個は赤。
赤を引けば従者ならびに魔王役となり、うちひとつに黒点が打たれていて、これを引いた者が魔王となる。
この十個を入れてから、穴に二枚の布を少し重なるようにして被せ、穴から中身を見えないようにした上で、箱を大きく振って中身をかきまぜる。
引く番は毎回直前に決める。
「じゃんけんみてえなもんはここにもあるんだなぁ……その箱、城にあるのか?」
「たしか……ええ、備品の帳簿には、第一倉庫にあると」
「じゃ、調べてくる。と、そうそう。耳貸してくれ」
ごにょごにょと囁いた後、じゃあよろしく、とタヌキはシリルの体にそのまま倒れ込んだ。
そしてシリルは、すぅと息を吸って……
「タヌキ様!」
せっぱつまったような声で叫んでみせた。
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