8 親たち
8 親たち
リモート画面は6分割され、3つの枡には二人が入り、私を入れて合計9つの顔が並んでいた。私と山花夫妻以外は緊張した面持ちであった。
山花:みなさま、こんにちは。最初は、私が司会進行させていただきたいと存じます。よろしくお願いします。こちらにおられるのが、みなさまご存知の不朽の名作『麦川アパート物語』をお書きになった美祢林太郎先生です(全員から盛大な拍手)。先生、本日はよろしくお願い致します。
ぼく:みなさま、私が美祢です。本日はよろしくお願い致します。
山花:では、早速ですが、みなさま簡単に自己紹介していただけますか。まずは私たち夫婦からさせていただきます。私は舞の父で山花進と申します。隣におりますのが、私の妻で舞の母である圭子です。
山花の妻:山花圭子です。本日はよろしくお願い致します。
山花:では画面右上から隣に順番に行きます。では、お願いします。
優花の母:先生には娘が『麦川アパート物語』でたいそうお世話になっております。優花の母の伊集院園子でございます。娘の優花は父親の姓を名乗っておりますので、田畑優花でございます。私は3度結婚して、今は伊集院でございます。銀座の小さなクラブでママをやっております。本日はよろしくお願い致します。
(ぼく:ぼくがこんなことを言っていいのかどうかわからないが、優花に似て(?)相当な美人である。だが、優花のように痩せてはいなくて、どっしりとしている。見るからに銀座のクラブのママのようないでたちである。ぼくは銀座のクラブに行ったことはないが、テレビドラマに出てくるようなママということである)
葵の母:葵の母で、となりにいるのが父親です。立花と言います。
(なんて、つっけんどんな挨拶なんだ。葵ってどんな役だったっけ。まずい、準備してこなかった。ここではどういう役柄か知らないなんて言える雰囲気じゃないからね)
明日香の父:うちのバカな明日香がお世話になっています。お笑いタレントになるって言って家を出てから連絡がなくって、どうしてるかなと思っていたら、麦川アパートでお世話になっていることが分かり、みなさまには感謝申し上げる次第です。ああ、となりにいるのが母親です。申し遅れましたが、山田と申します。
亜美の母:ずっと家に籠っているかと思っていたら、いつの間にかいなくなって、気づいたら麦川アパートに住んでいるというじゃありませんか。ああ、白井亜美の母です。亭主は仕事があるので、今日は失礼させていただきました。亜美はラーメン屋でバイトして、少し太ったそうですね。あの子は太っているくらいが丁度いいんですよ。本日はよろしくお願いします。
山花:どうもありがとうございました。今日は美祢先生にご出席していただきましたので、折角ですから、美祢先生にお尋ねしたいことがありましたら、挙手をしていただいて、ご質問いただく、というかたちで進行していきたいと思います。
(ぼく:ぼくに何の質問があるんだよ)
山花:早速、亜美さんの、ここではお嬢さんの名前で呼ばせていただきたいと思います。では、亜美さんのお母様、どうぞ。
亜美の母:お母様というほどのものではないんですけど、先生、どうして小説の中にほとんど亜美は登場しなかったのですか? そりゃあ、優花さんのように美人ではありませんよ。それに幸子さんのような恵まれた体もありません。萌さんのような優れた頭脳もまったくありません。それはわかっていても、母親としてはですね、やっぱりもう少し登場場面を増やして欲しかったんです。
明日香の母:それは私も同じです。お笑いタレント志望なんですから、もう少し使い様はあったんじゃないですか? 希望を持たせただけじゃないですか。
葵の母:うちの娘なんて、同性愛者であることをカミングアウトしたんですよ。それなのに、話に何の進展もなかったじゃありませんか。葵が高校生になった時に、好きな女の子に告白して学校で問題になり、みんなからいじめにあったんですよ。それから娘は家に引きこもるようになりました。娘が誰かに迷惑をかけました? 誰にも迷惑をかけていませんよ。娘だって、男性に興味を持つために、無理して付き合ったこともあります。でも、やっぱり女性の方が好きだったんですね。そんな重大なことを、小説の中では同性愛者の一言で片づけて、少しデリカシーが足りないと思いませんか。どうして葵のことをぞんざいに扱ったのですか?
ぼく:ぞんざいということはありませんが・・・。
葵の母:あれを世間ではネグレクトと言うんじゃありませんか? 一種のDVですよ。
優花の母:うちの優花ちゃんも、きれいなうえにリストカットまでしているのに、萌ちゃんや幸子ちゃん、いえいえ、彩乃ちゃんや美咲ちゃんほども大事にしてもらえませんでしたからね。
亜美の母:それでも、優花さんは結構出ていますよ。フラダンスの衣装を一人で縫って活躍したじゃありませんか。何といっても、海で一人でクロールをして泳ぐところなんか、読んでいてほれぼれしましたわ。
葵の母:そうですとも。優花さんは芸術的な才能があって、かっこよかったですわ。なんか神秘的な陰を感じましたものね。クロールのシーンなんか、クライマックスの地震の後でおじいさんが一人でクロールを泳ぐシーンを予見していたように描かれていたじゃありませんか。
明日香の母:ああ、うらやましい。優花さんは本当にいい味を出していましたよ。
(ぼく:みんなよく小説を読み込んでいるな。ぼくも忘れているようなことをしっかり覚えているし。作者は忘れました、なんてこの場では言い出せないよ)
山花:まあ、いろいろと先生に言いたいこともおありでしょうが、すでに『麦川アパート物語』は完成しているので、今から変更するわけにはいきませんので、先生には我々の意見を参考にして次回作に生かしてもらうということにしましょう。
明日香の母:次回はうちの明日香をよろしくお願いします。
亜美の母:うちもです。
葵の母:うちもです。もし葵ちゃんがやせ過ぎでしたら、もう少し太るように言っておきますので。先生はグラマーな方が好みなんじゃありませんか?
ぼく:いえ、決してそんなことはありません。
亜美の母:確かに萌さんは太ってはいませんね。
明日香の母:そう言えば、グラマーな女性は出てきませんね。
山花:先生は女性の外見をとやかく言うような下卑た作家ではないのです。
明日香の父:話が違うんですが、優花さんのお母様はあのカルト教団騒動の時にも、麦川アパートにいるお嬢様に会いに行かれなかったそうですね。しっかりと名指しで小説に書かれているじゃありませんか。優花さん小説の中で泣いていましたよ。
優花の母:仕事に忙しかったもので、会いに行けなかったんです。
葵の母:噂によると、優花さんはずっとお母様からネグレクトを受けていたそうですけど。
亜美の母:なんですか、その何度も出てくるネコレクトというのは?
葵の母:ネコレクトではなく、ネグレクトです。無視することですよ。子供の世話もせずに放っておくことです。それがずっとだったらしいですよ。それが理由だそうですよ、優花さんのリストカットは。
明日香の母:そうだったんですか。
優花の母:誰がそんなことを言ったんですか? おたくのお嬢さんじゃないですか?
葵の母:みんな知っていることじゃないんですか。
優花の母:そりゃあ、優花には寂しい思いをさせてきたと思いますよ。でも、母親一人で子供を育てていかなければならない苦労は、みなさまも容易に想像できると思いますけど。仕事、仕事の毎日でした。仕事の関係で嫌な殿方にも媚びを売らなければならない商売ですからね。でも、優花には何不自由させた覚えはありません。子供の頃からピアノ習わせ、絵画教室に行きたいと言えば行かせ、友達が水泳教室に言っているから行きたいと言えば、行かせてやりました。あの海水浴場でのクロールはあの水泳教室で身に着けたものです。見事なものでしょう。葵さんのお母様が私のことを非難なさっていますが、あなたの背中をここで見せていただけますか? 背中がお嫌でしたら、二の腕でもいいんですよ。お背中には、見事な緋牡丹が咲いているとか・・・。
葵の母:・・・・・
優花の母:麦川アパートに住むお嬢様がたは、うちの優花も含めて家出したものばかりじゃないですか。何の問題もない幸せな家の娘が家出なんかしませんよ。わたしだけを責めるのはお門違いなんじゃありませんか。毎日、体罰を与えた人はどなたかしら・・・。
全員、沈黙している。
優花の母:ごめんなさい。湿っぽくなりましたね。ところで、葵さんのお母さん、そんなことをおっしゃいますが、あなたは麦川アパートを訪問されたんですか?
葵の母:私はあの頃、丁度忙しくて、行きたくても行けなかったのよ。代わりに息子が行ったわ。
優花の母:その息子さん、つとむ君という名前だったかしら。今どこに住んでいらっしゃるの?
葵の母:それはちょっと。
優花の母:確か刑務所の中よね。覚せい剤で警察に捕まったそうですね。これで前科3犯になるのかしら。
葵の母:どこで、そんなことを。
優花の母:銀座のお店には警察のお偉いさんもいらっしゃるんです。つとむさんは麦川アパートで葵さんに会わせろと言って、大暴れして警察沙汰になったこともあるそうですね。やくざの金貸しに追われていたので、妹さんを頼ってアパートに行ったそうじゃないですか。先生もご存じでしょう?
ぼく:(彼女たちの殺伐とした話に体が硬直している)いえ、私も今日が初耳で。
優花の母:私が何にも知らないとでも思っているのですか。葵さんのお母様だけでなく、ここにいる方々は誰も麦川アパートに行っていないでしょう。
明日香の父:うちはじいさんが会いに行きました。
優花の母:おじいさまは明日香さんにお会いになったとおっしゃっていましたか?
明日香の父:会ったとは言っていたのですが・・・。
優花の母:会ってはいませんよ。一人で電車に乗れないような痴呆老人が、どうして麦川アパートまでいけましょうか。警察に保護されて、家に戻ったんでしょう。
明日香の両親:・・・・・
優花の母:亜美さんのお母さまはどうなんですか?
亜美の母:うちは親戚のものが麦川アパートまで行って亜美に会い、テレビにも出演して、カルト教団からの脱退を訴えました。
優花の母:あなたはそれをここで言いますか? あなたの言う親戚の方は偽者だということが後で判明し、テレビ局の関係者が左遷させられたでしょう。あなたが金で雇ったこともわかっているんですよ。
(優花のお母さんは銀座のクラブのママだけあって、情報通だな。ぼくが知らないことまで知っている。それにしても、麦川アパートの親たちには色々なことがあったんだな)
山花:まあ、まあ、ここでそんなに言い争ってもしかたないことですし。仲良く行きましょうよ。
亜美の母:そうですよね。折角みんなで集まったんですから。そう言えば、他の親御さんには声をかけられたんですか?
山花:私がネットの尋ね人の欄に載せて、様々な問い合わせが来たのですが、本当の親御さんだと思われたのは、ここにいらっしゃる4名の方々だけです。他には、美咲さんと未来さん、怜奈さん、七海さんと彩乃さんの親御さんと名乗る5名の方々から連絡が入ったのですが、怜奈さんと七海さん、彩乃さんのご両親からはすぐに音信が途絶えてしまって、美咲さんと未来さんのご両親は今日ご参加なさる予定だったんですが、どうしたのでしょうね?
明日香の母:娘も娘だから、親も親なのよ。いえ、これは私のことを言ってるんですけどね。
亜美の母:美咲さんのおうちは群馬で農家をされているんでしょう。我々の中ではもっとも具体的に親の居場所と職業が書かれていたんじゃないの? 先生、もっと詳しいことを教えてくださいよ。
ぼく:いえ、小説に書いた以上のことはぼくもわからないんですよ。お役に立てなくてすみません。
葵の父:それなら、優花さんのお母様に、調べていただいてはいかがでしょうか? 凄い情報網をお持ちなようだから。
優花の母:お高くつきますわよ。葵さんのお母様がお店で背中のお美しい緋牡丹をお客様にお見せいただけるのならば、できないことはないかもしれませんが。
葵の母:あまりふざけたことを言っていると、痛い目に合うわよ。
山花:まあ、まあ。子供さんたちは麦川アパートでみんな仲良くやっているんですから、私たちも仲良くしましょう。
葵の母:売られた喧嘩は買うからね。
(ぼく:どうしてこんなに男勝りの母親から同性愛者の葵が育つんだ? 母親が反面教師だったのかな? こればっかりはわからないな)
優花の母:そろそろ、お仕事に行かなければなりませんので、今日は引き上げさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか。
山花:予定をしていた時間をだいぶ過ぎましたね。進行の不手際ですみません。次回の予定は追って私の方からお知らせしたいと存じます。本日はありがとうございました。先生、最後に一言いただけますでしょうか。
ぼく:本日はみなさまからいろいろなことを教わり勉強になりました。ありがとうございました。
山花:先生、次回もよろしくお願い致します。
つづく