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17 ぼくの娘

17 ぼくの娘


ぼくは山形市の郊外に住む50歳の男で、隣町の役場に勤める公務員である。昨年から、趣味で小説を書いているが、別にプロの小説家を目指しているわけではない。

新型コロナが蔓延して、このところ仲間と酒を飲みに行くこともなく、仕事が終わったら、真っすぐに家に帰って閉じこもることを余儀なくされているので、暇な時間に任せていろいろなことが思い出されるようになってきた。

ある時、小学校の卒業文集の「将来なりたい職業」の欄に、「小説家」と書いたことが思い出されて、それを契機に小説を書き始めた。幸い小説を書くのにお金はかからない。共同作業ではないので、他人の都合も考えなくていい。特別の場所や時間も必要ない。時間さえあれば、いつどこででも考えて書くことができる。というわけで、ぼくはパソコンに小説を打ち始めた。いつものようにすぐに飽きるだろうと思っていたが、それが不思議と続いている。飽きっぽい性格が、この歳になって治ったのだろうか?

小説を書き始めると、思ったよりもペンが進む。実際はキーをたたくのが進むと表現した方が適切なのだが、それじゃあ味がないので、ペンが進むにしておこう。賞を狙うような野心も純文学を前面に出したような芸術的葛藤もない。書き出しが決まったら、乱暴にもいきなり書き始めるのだが、しばらくすると登場人物が勝手に動き出してくる。楽しく動いてくれると、ぼくのペンも軽やかに進むが、重苦しい方向に動き出すと、ぼくは憂鬱になってくる。なにより困っていることは、登場人物たちがなかなかエンディングに向かって行ってくれないことだ。そんなこともありながら、書き上げた時の爽快感は、何物にも代えがたい。だから、ぼくは最後まで耐えている。

自分の書いた小説を一人でも多くの人に読んでもらいたい、と思うのが人情ではなかろうか。ぼくも例外ではない。本を出版するのは何かの賞を取らなければ無理だろうし、自費出版するには金がかかる。積極的に声をかけて、周りの知り合いに読んでもらうのは、少し気恥ずかしい。それにぼくの知り合いで読んでくれそうな人はそんなに思いつかない。そこでネットの小説を無料で掲載してくれるサイトを見つけて、載せるようにしたのだ。知らない誰かの目にとまって、読んでくれるかもしれない。実際は、誰も読んでくれていない可能性の方が高いのだが。とりあえずそんなことは考えずに、一つ小説を書き終えると、すぐに次の小説の執筆にとりかかっている。日々、黙々と作業が進んでいる。

そんな淡々とした日々を過ごしている時に、あの山花さんからメールが入ったのだ。山花さんたちとは色々なことがあって、今はメールがストップしてしまったけれど、あれはあれで楽しい出来事だった。

山花さんはぼくが東京に住んでいると思い込んでいたが、本当はかれが住んでいる上山市の隣の山形市に住んでいる。もしかすると、山花さんとは山形市の駅前か七日町で知らないうちにすれ違ったことがあるかもしれない。あの頃は、山花さんを騙しているようにも感じて、少し後ろめたかった。それでも、もしぼくが山形に住んでいると知ったら、かれはすぐにでもぼくの家に訪ねてきそうな勢いだったので、ぼくが東京に住んでいるという山花さんの勘違いをそのままにしていたんだ。そのうち、ぼくが山形に住んでいることを明かして、驚かせてやろうとも思っていたんだ。山形に住んでいるんだから、サクランボやラ・フランスも毎年食べているし、寒河江だって正しく読むことができる。山形の話題をしらばっくれたのは、少し心苦しかったけどね。

山花さんはムカサリ絵馬やオナカマについて話を切り出した時は、ぼくは正直びっくりしたんだ。

実は、ぼくは江戸時代から続くオナカマの十四代目なんだ。母親が生きている時にこのことを聞いたが、十三代目の母が青森のイタコのように口寄せをしたのを見たことがないし、ぼくもイタコのようなことをしたことはない。そもそも同級生でぼくがオナカマであることを知っている者は一人もいないし、近所でも我家がオナカマの家柄であることを誰も知らないはずだ。ぼくや母親に、あの世と交信できる超能力はないし、変なオーラが出ているわけでもない。どこにでもいる、いたって平凡な人間なんだ。

でも、我家の仏壇の引き出しには、オナカマの修行の方法が描かれた秘伝の巻物が収められている。以前、家族のみんなで広げて見たことがあり、それがかなり古いものであることに間違いはないだろうが、くずした文字が並んでいて、誰も解読することができなかった。努力もしようとしなかったけどね。巻物には、滝に打たれたり、日本刀の刃の上を歩いたり、燃え盛る火の中をくぐったりする場面や、怪物と戦うところや、地獄の絵が墨で描かれていた。どうもこれが修行らしいが、どうしても私の先祖がこんな荒行をしたとは思えない。私にそんな忍耐強い遺伝子があるとは思えないからだ。

苦労するのが嫌いな母は、修行が嫌で、オナカマにならなかったのだろうか。母が言うには、祖母がオナカマをしたのを見たことがないという。私の家は本当に代々続くオナカマなのだろうか? ただ、巻物があるだけで、オナカマの家系だと言えるのだろうか、と小学校の高学年の頃から不思議に思い、誰にも打ち明けることはできなかった。

ある時、父が巻物をテレビ番組の『お宝鑑定団』に出そうと言い出し、私も乗り気になって二人で盛り上がったが、母が罰が当たるとすごい剣幕で怒りだし、その剣幕に押されて、父と私は黙ってしまった。これは両親が生きていた頃の話である。

父がぽろっと言ったことがあるが、この巻物は母方の先祖が昔、骨董屋で手に入れたものではないか、と言うのだ。父は母が怖くて直接言えないが、母の家系がオナカマには思えないと言うのだ。父が言うのが当たっているのかもしれない、とその時思った。

ぼくは娘の萌と二人で暮らしている。妻は萌が生まれてすぐに亡くなった。妻が亡くなってからは、しばらくじいさんとの3人暮らしだったが、そのじいさんも、最後は認知症になって、施設に入ってからしばらくして亡くなった。

じいさんが元気な頃は、ぼくとじいさんが分担して萌の世話や家事をした。当時のぼくは仕事に忙しかったので、萌はじいさんの後をついて歩く、おじいさん子だった。じいさんがぼけてからは、小学校の高学年になっていた萌がじいさんの世話をし、家事一切を取り仕切ってくれるようになった。萌にはすまないと思っているが、萌の口からこれまで不平不満を聞いたことがない。親が言うのもなんだが、良い子に育った。じいさんのしつけが良かったのだろう。

現在、萌は高校一年生である。いたって普通の高校生で、目立つ子ではない。小説の中で萌の名前を使ったのは、登場人物の名前を思いつかなかったので、安直に娘の名前を使っただけだ。娘がこのことを知ったら、さぞかしむくれるだろう。

萌は美術部に入っているが、家で絵を描くことはない。時々、学校帰りの萌から油絵の具の匂いがするので、学校で描いているのだろう。

萌は少しおとなしいが、それでもどこにでもいる女子高生であることに間違いない。不思議と萌はこれまでぼくの前で、母親がいないことを寂しがったことがない。気丈な女なんだと思う。そこは小説の中の萌と似ている。

ある日、二人で夕食を食べている時に、唐突に、高校二年生の夏の自由研究にオナカマの修行をしたい、と言い出した。彼女もじいさんからオナカマの巻物を見せてもらったことがあるそうだ。だが、今日になるまで、ぼくとオナカマについて話をしたことはなかった。萌は自分が十五代目のオナカマであることを知っているという。だから、一度修行をしてみたいと言うのだ。一人で修行するのはつまらないので、友達の幸子ちゃんを誘って、二人で一緒にする計画だという。幸子ちゃんにもすでに了解を得て、彼女も楽しみにしているという。確かに、高校の自由研究のテーマとしては、面白いかもしれない。臆病な萌のことだから、巻物に描かれているような危険な修行はしないだろう。苦しい修行もすぐにやめるはずだ。そこは父親譲りである。

幸子ちゃんは萌の幼馴染で、幼稚園から高校まで同じ学校に通っている親友だ。まん丸い顔をした娘で、明るくてかわいい。幸子ちゃんは中学校から陸上部に入って、投擲を行っている。背が高いわけではないが、頑丈な体をし、中学3年生の時は、県の大会で砲丸投げで優勝をしている。高校に入学して、ハンマー投げにもチャレンジしているそうだ。体育会系の幸子ちゃんと文科系の萌は対照的なように思えるが、馬が合うようだ。親としてはいつまでも幸子ちゃんと友達でいて欲しいと思っている。大げさに聞こえるかもしれないが、幸子ちゃんが萌の守護聖人のように思っているのだ。幸子ちゃんが一緒ならば、オナカマの修行も不安ではない。

ぼくが小説を書き始めたことは、萌も薄々感づいているようだ。しかし、萌がぼくの小説を読んでくれているかどうかはわからない。ぼくの小説が二人の話題になったことはない。もちろん、山花さんたちとのやりとりを萌は知らないはずだ。

コロナが一旦収まったので、去年中止になった高校の秋の文化祭が、今年は開催されるという。普段は学校の行事など何も教えてくれない萌が、珍しく、美術部で作品展示し私の作品も出すから観に来て欲しい、と言った。萌がぼくにこんなことを頼むのは小学校以来なので、ぼくはすごく嬉しくなった。小学校のいつからか、仕事が忙しくて参加日をすっぽかしてしまった。それから舞は学校の行事を教えてくれなくなっていたのだ。ぼくは何が何でも文化祭に行くことに決めた。

美術部の展示のある教室に行くと、萌が一人で入口の椅子に座って受付をしていた。ぼくは一つ一つの作品を順番にゆっくりと観て回った。後ろの壁にたどり着くと、そこには一枚の巨大な絵馬がかけられていた。古びた木造の二階建ての建物が描かれていた。よく見ると、建物の入口の看板には「麦川アパート」と書かれてあった。それはぼくがイメージした麦川アパートそのものだった。絵のタイトルは『ムカサリ絵馬:麦川アパート物語』だった。

描かれた建物の窓から13人、いや、数えてみると、14人の顔がのぞいていた。いつのまにか、ぼくの傍に萌が立っていた。萌が指をさしながら「これが私で、これが幸子ちゃん。そしてこのおっさんがお父さんで、おじいちゃん。そして、隣にいるのがお母さん。他に舞ちゃんたちもみんないるんだよ」と嬉しそうに教えてくれた。絵の中のみんなは、楽しそうに笑っていた。


       完

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