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16 別れ

16 別れ


山花:ところで、私の娘は5歳の時に交通事故で亡くなりました。


ぼく:舞さんの妹さんですか? それともお姉さん?


山花:舞ですよ。舞です。私に娘は一人しかいません。


ぼく:ちょっと待ってください。舞さんは、最近まで麦川アパートに住んでいたんじゃないのですか?


山花:それは先生の小説の中の話でしょう。


ぼく:確か最初に言い出したのは山花さんですよね。


山花:そうですけど、現実の中に小説の人物が登場することはありえないでしょう? あの小説にモデルはいなかったんでしょう?


ぼく:そうですけど。それはぼくが初めに言ったことで・・・。すると、山花さんはずっと私をからかって遊んでいたのですか? あのリモートでお会いした舞さんは、あなたの娘さんじゃなかったのですね。


山花:アルバイトで雇った女の子ですよ。急場しのぎに雇ったものだから、大根役者でしたね。あれほど言っておいたのに、小説をきちんと読んでこないし、アドリブがまったくきかないし。途中で大阪弁でしゃべり出した時には、私も唖然としましたよ。先生だって、舞の偽物だってわかっていたんでしょ。


ぼく:そうですが・・・。だけど、ストレートに舞さんの偽物だって言っては、ゲームを台無しにするようで、遠慮していたんです。


山花:気をつかっていただいてありがとうございます。先生のその奥ゆかしさが好きですよ。


ぼく:それでは、優花さんのお母さんたちも、山花さんがお雇いになったのですか?


山花:優花さんのお母さんは、正真正銘優花さんのお母さんです。葵さん、明日香さん、亜美さんのお母さんであることも間違いありません。私が雇ったわけではありません。


ぼく:今更、小説に登場した優花の母だと言うんじゃないでしょうね。


山花:そんなことは言いませんよ。でも、私だって舞の父親であることに違いはないんですけどね。それと同じですよ。幼くして亡くなられたお嬢様方の名前が、それぞれ優花、葵、明日香、亜美というのです。


ぼく:みなさん、小説の登場人物と同じ名前の娘さんを亡くされた方々なのですか・・・。どうしてぼくの小説の中の登場人物と同じ名前の女の子の親が一堂にそろったのですか?


山花:それは以前お話ししたように、ネットの尋ね人の欄に載せたからです。「ネット小説『麦川アパート物語』の登場人物と同じ名前を持つ子供さんを亡くされた親御さんを探しています。ご連絡は××××までお願いします。子供たちの成長について、一緒にお話ししませんか。」と載せたのです。いい加減な連中からたくさんメールが来ました。でも、真面目に『麦川アパート物語』を読んで、返信してくださったのが、あの4人の方々です。


ぼく:山花さんはいったい何を目論んでいるんですか?


山花:目論むなんて、そんな仰々しいことではありません。たまたま読んだ先生の小説の中で、私の舞が生き生きと描かれているではないですか。私のというのは、私の身勝手な言い分だというのはわかっています。私の舞をモデルにしたのではないことも、重々承知しております。ですが、先生の小説に深く感情移入をして幸せを味わったのです。おじいさんの「幸せになります」という言葉が、どれほど私の胸に沁みたことでしょう。

私の舞は生きていれば、今年で28歳になります。そろそろ結婚相手を探して、結婚させてやりたいと考えました。そうです。山形に昔から伝わるムカサリ絵馬を山寺に奉納したい、と願ったのです。私の世代ですと、女が28歳で結婚するのは遅すぎるくらいです。私は相手探しを急がないといけないと思いましたが、周りを見渡すと、30歳を超しても結婚しない女の子は多いことがわかりました。都会の話かと思っていましたが、山形も同じです。確かに十代でできちゃった結婚をする女の子も多いのですが、バツイチというのですか、離婚して子供を連れて実家に帰ってくる娘も多いんです。それはそれで娘を亡くした私たちにしたら、とても幸せなことです。


ぼく:そういう時代になりましたね。


山花:そういうのを見ていると、うちの舞も、生きていたら28歳でおとなしく結婚したかどうか疑わしいと思ったんです。リアルじゃないと思えてきたんです。


ぼく:リアルという言葉を使ったら、死んだ娘さんが結婚すること自体が、リアルなことじゃないんではないですか。


山花:そんなことわかっています。話の腰を折らないでください。


ぼく:すみません。


山花:私は娘の舞に、舞と同じ年頃の娘と同じように、この時代の中に生きていて欲しいと考えるようになったのです。品行方正に育って、結婚して、子供を2人もうけて、幸せな老後を暮らすことだけが、リアルじゃないと思うんです。確かに親心としては幸せな人生を歩んで欲しいですよ。でも、それは親の身勝手というもので、子供には子供の人生があるというもので・・・。子供には子供の人生を歩んで行ってほしいのです。


ぼく:人生を歩むといっても、口に出しにくいんですが、すでに亡くなられているので、人生を歩めないんじゃありませんか。


山花:山形には、ムカサリ絵馬のように豊かな精神世界があることはお話ししましたよね。先生もこの伝統文化が廃れるのは忍びない、とおっしゃられたじゃあありませんか。


ぼく:よくわからなくなりましたが、ムカサリ絵馬を奉納したいのですか?


山花:ですから、ムカサリ絵馬ではリアルじゃないんです。そう悩んでいる時に、先生の小説に出会えたんです。これも神のお導きだと思いました。いえ、私どもは無宗教ですので、ただの言葉の綾だと思って、真面目に受け取らないでください。


ぼく:ぼくの小説の中に同じ名前の舞さんが登場するのを見て、何を考えられたんですか? ここまで話されたのですから、正直にお答えください。


山花:先生に舞の物語を書いていただくことはできないだろうか、と考えたのです。失礼ですが、これまではどんな先生か探りを入れておりました。先生はついに作家魂を発揮されて、麦川アパートのその後を熱心に考えてくださるようになりました。私はここだと思ったので、いま正直にお話をしています。

先生には自由に書いていただいて結構です。舞が立派な人間にならなくても結構です。小説の主人公になる必要はありません。この時代に生きている舞がいたならば、それで十分なのです。


ぼく:もう『麦川アパート物語』の続編を書く気はありません。


山花:そこをなんとかしていただけないでしょうか。


ぼく:どうして優花さんたちの母親も巻き込んだのですか?


山花:人間は人間関係の中で成長していくと思ったのです。世の中、自分の思い通りになりません。それぞれの人間が刺激し合いながら生きているじゃありませんか。確かに引きこもりはいます。小説の中の亜美さんたちも過去はそうでした。ですが、麦川アパートに来て、他の方々と接して明るくなったじゃありませんか。私は、この人との交わりを大切にした人生を舞にも歩んで行ってもらいたいと思ったのです。このことはみなさまに説明して、賛同を得ています。

決して舞を主人公にした小説ではなくていいんです。それは優花さんの母親たちも同じです。小説の主人公なんて大それたことは望んでいないのです。ですが、市井の人間として小説の中でいきいきと生きて行って欲しいのです。


ぼく:おっしゃられていることが、少し飲み込めてきましたが、でも、書く気が起こりません。


山花:先生、先ほど麦川アパートから彼女たちが出て行かざるを得なかった理由を、さも本当に起こったかのように説明してくれたじゃありませんか。あれこそ我々が望む『麦川アパート物語』の続編ですよ。


ぼく:いや、あれはですね、山花さんたちに刺激されて、ちょっと考えてみただけですよ。


山花:私は『麦川アパート物語』を読んで、現代のオナカマは小説家ではないかと思ったのです。いえ、小説家全員とは言いません。でも、先生のような小説家は死者をこの世に蘇らせて、その上、成長までさせてくれるのです。


ぼく:ぼくの小説の中の登場人物とたまたまお嬢さんのお名前が一致しただけであって、そこまで話を飛躍させなくてもいいのではないですか。想像力を働かせすぎですよ。そうだ。山花さんの方が私よりもずっと小説家に向いていますよ。山花さんご本人が、舞さんを主人公にした小説を書かれてはどうですか。


山花:まだおわかりにならないようですね。私が書いたら、どうしても娘可愛さに荒唐無稽なシンデレラ物語になってしまいます。それじゃあ、駄目なんですよ。他人の冷静な手で書いてもらわないと。


ぼく:ぼく、人間の成長物語を書く気はないのですけど。


山花:今すぐにとは言いません。これからも定期的に優花さんのお母さんたちと会合を持ちますので、先生もご参加いただければ、小説のインスピレーションも湧いてこられるのではないかと思います。まだ、みなさんの子供さんが亡くなられた原因をお知りになっていませんよね。


ぼく:いや、生きているのが前提でしたから。


山花:先生には、裏の事情も全部お知りになっていただきたいのです。


ぼく:裏の事情とは何ですか?


山花:子供さんが亡くなられた原因もそうですが、みなさまの本当のご職業や家庭の状況についても、知っていただきたいのです。


ぼく:えっ、優花さんのお母さんは銀座のママじゃないんですか?


山花:正しい職業は次回に本人の口から話していただきますが、銀座のママというのは、先生の小説を読んで、本人が解釈された職業です。なりきっていらっしゃったでしょう。あの日に着ていらっしゃったのは、貸衣装屋から借りた高い着物だそうですよ。みなさん、真剣ですから。


ぼく:ちょっと尋常じゃない、倒錯したゲームのように思えてきたのですが。


山花:亜美さんのお母様は言動がおかしいと思われて、お父様が家から出て行かれたそうです。


ぼく:ちょっと、度を越しているんじゃないですか。ムカサリ絵馬を奉納して終わりにした方が良いんじゃないでしょうか。


山花:それじゃあ、駄目なんです。それじゃあ、舞は人形のように動かなくなってしまうんです。本当に死んでしまうんです。


ぼく:冷静になってください。やっぱりいつかは未練を断ち切らなければいけないんじゃないでしょうか。


山花:先生、それはそんなことができますか?


ぼく:できなくても、そうするように努めないといけないのではありませんか。


山花:未練を断ち切ろうと覚悟を決めた時に、先生の小説に出会ったのです。先生、責任を取ってください。


ぼく:やっぱり、ぼくに責任はないでしょう。いつまでも小説の中で生き続けるとして、そのことを死者は喜ぶでしょうか? ある種、死者への冒涜のように思えるのですが。


山花:そのことを私が考えなかった、とでも思っているのですか。私だって、死者への冒涜ではないかと思う時があるのです。私も娘への思いを断ち切ろうと思ったのです。その時に、先生の小説が現れたのです。先生、酷ですよ。


ぼく:偶然の一致でしょ。


山花:人生はこうした偶然の積み重なりじゃないでしょうか。好むと好まざるとに関わらず、偶然の出会いから逃れることはできないでしょう。これは運命です。


ぼく:もしかすると、お嬢さんは小説の中で死ぬかもしれませんよ。


山花:なんと恐ろしいことを。


ぼく:小説の中ですから、現実以上に何があっても不思議ではないのです。実際、私の小説ではおじいさんが亡くなっていますよね。そして、今はおっさんも死のうとしている。次に誰が死んでも不思議ではないのではありませんか。


山花:私の娘を二度までも殺すのですか。私を不幸のどん底に落とすのですか?


ぼく:舞さんが死ぬとは決まっていません。しかし、生きている誰しもが、いつ死ぬかわからない闇の中に生きているのです。あなただって、ぼくだって。そこは虚構の小説だって、リアルな現実だって変わりありません。


山花:小説は先生の胸先三寸でしょう。なんとか舞を殺さないでください。お願いします。


ぼく:山花さんはさっき言ったじゃないですか。娘さんをリアルな世界の中で生かしてやりたいと。確率は低くても、病気になったり、通り魔にあったり、交通事故に遭ったりするかは誰もわからないんですよ。


山花:それじゃあ、先生は舞が死ぬかもしれないと言っているんですね。


ぼく:それは舞さんか、優花さんか、葵さんか、明日香さんか、亜美さんか、ぼくだってわかりません。もしかしたら、全員天寿を全うするかもしれないんですから。天寿を全うする確率の方が高いでしょうけどね。しかし、生あるものはいつか絶対に死ぬんですよ。これだけは真理です。


山花:小説はあきらめろと。


ぼく:そうです。今のままだったら、全員生きているじゃあありませんか。舞さんも元気に麦川アパートで生活しているじゃあありませんか。これは小説の中の人々の特権です。彼女たちは永遠に年も取らなければ、死にもしないのです。それでいいじゃありませんか。


山花:わかりました。


ぼく:わかっていただけましたか。


山花:他の小説家をあたってみます。舞たちが成長することを書いてくれる小説家を探してみます。


ぼく:舞さんたちのご冥福をお祈りいたします。


 山花さんとのチャットは終わった。


           つづく

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